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本地垂迹こそ日本仏教のカタチ!奈良博「神秘の山 吉野・大峯」~東大寺とその近傍をめぐる⑳

    昨年から約一年間にわたって探求してきたシリーズ「東大寺とその近傍をめぐる」もいよいよ最終回です。

    東大寺のすぐ南にあるこの奈良国立博物館の特別展で締めくくりたいと思います。
    あっという間だったような、でも密度が濃すぎて、とても長い旅だったようにも感じます。

    さてこの記念すべき最終回のお供はnoteでの変態●●仲間(笑)、岡埜 由木古さんです。

    彼女は一週間も前にすでに投稿済です。

    二人ともある意味●●●●の変態なので、それぞれ見たいものを見たいだけ鑑賞できるように、定期的に待ち合わせ場所を決めて、マイペースで巡りました。


    私は今回、柄本祐さんがメインナビゲーターの音声ガイダンスを利用しました。
    大河「光る君へ」の道長役の好演ぶりがまだ記憶に新しく、大峰山の御岳詣でのシーンが蘇り、ぜひその道長の声で案内してほしかったからです。

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    その平安貴族の代表格・藤原道長の声●に導かれながらの山岳信仰の世界…。
    その中で私の目線で印象に残ったところを報告します。


    マスター・エンノ役行者は名プロデューサー

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    日本の寺院を訪ねると、必ずと言っていいほど祀られている像があります。

    調べてみると、1番多いのはなんと聖徳太子像!
    日本に仏教を広めた”日本仏教の父”というだけでなく、様々な年齢の像があるため多いのかもしれません。

    2位は弘法大師空海像。
    密教だけかとおもいきや、彼もまた宗派を超えて”日本仏教の父”という位置付けで、どの宗派でも崇拝されたためでしょう。

    そして、今回の特別展で最も関係の深い役行者えんのぎょうじゃは3位。

    いやいや、私はてっきり役行者ことマスター・エンノが1位という印象だったので意外です。
    ※私は勝手に「マスター・エンノ」と呼んでいます。

    言ってみれば上記の3名すべて、「マスター」の称号に相応しいのですが、
    聖徳太子が国造りの“エキスパート”なら、空海は圧倒的な“カリスマ”。
    そして役行者こそ、私には「マスター」という呼び名がしっくり来るのです。

    その理由は、彼が修験道の開祖というだけでなく、山岳信仰の象徴そのものなのが一つ。
    そして日本古来の神道における八百万やおろずの神々と仏教の仏様を上手く融合させた名プロデューサーだと思うからです。

    釘付け!「役行者と二鬼座像」

    いきなり展示のトップに現れた、15世紀の役行者像に胸を鷲掴みにされました。

    中央の椅子に座す役行者像はもちろん素晴らしいのですが、私が特に着目したのは、その両脇の2体の鬼たちです。

    向かって右には斧を持つ前鬼ぜんき、左には水瓶すいびょうを持つ後鬼ごき。
    どちらも水晶を埋め込んだ「玉眼」がなまめかしくて、まるで今にも動き出しそうで、命が宿っているようだったのです。

    やっぱり、「鬼」は良い!
    その表情のリアルさは興福寺の天燈鬼てんとうき・龍燈鬼りゅうとうきにも通じる愛らしさです。

    どの寺院を訪ねても鬼たちは、時には下僕のように控え、あるいは四天王たちに踏み付けられたり、どの状況でも自分の役目を演じ切っています。

    その”空気を読む”様子が健気で愛さずにはいられません。

    道長の紺紙金字経こんしきんじきょう

    その名の通り、紺色の紙に金の塗料で書かれたお経です。
    金泥きんでいとは金粉を膠にかわに混ぜた絵の具で、陶芸や漆品などの金継ぎなどにも用いられるものです。

    これらは41歳の藤原道長が金峯山詣でで、自筆の写経を経筒に入れて埋納したもの。
    さすがに紺色の紙はかなり傷んでいたため、修復は3年にも及びましたが、金字はまだまだ鮮やかで、金泥の威力を思い知りました。

    こんなことができるのも藤原氏の財力があってこそですね。
    一般人には千年も後世に残せるほどの材料は調達できません。

    この修復も動画で公開されていましたが、千切れた紙をその紙目や字に合わせて慎重にのり付けする工程は、見ているだけで息が止まるほど細かいものでした。

    「光る君へ」では、主に娘・彰子あきこの懐妊祈願として描かれていましたが、平安時代になると大峯は、弥勒みろくが出現するまでの間、金の山という意味の「金峯山きんぷせん」と呼ばれるようになります。

    当時の権力者・道長はここに直筆の紺紙金字経こんしきんじきょうを埋納することで、弥勒が現れる未来まで仏法を守り伝えたいと願ったのです。その意思を引き継いだ、ひ孫の師通もろみちも同じように埋納し、こちらも展示されていました。

    両者の紺紙金字経は国宝指定され、今回は修復後の初公開です。

    眺めていると彼らが金峯山の頂上に託した、強い祈りを感じずにはいられませんでした。

    勝手神社の狛犬と獅子が良き~

    初公開の狛犬たちも素晴らしい!
    ここでもしばらく動けませんでした。

    水分みくまり神社と勝手かって神社のそれぞれの狛犬と獅子の2対がありました。

    特に勝手神社の一対は格別でした。彼らの中央には、武装した「勝手明神坐像」があったのですが、従者の獅子・狛犬の方に、完全にハートを射抜かれ、特に獅子の、やや首を傾けているポーズに惹かれました。

    いずれも13世紀・鎌倉時代の作。
    姿勢、ポーズ、毛並みなど、どれを取っても当時の職人が技量だけではなく、表現者としての卓越したセンスを感じました。

    狛犬や紺紙金字経はこちらでどうぞ↓↓↓


    蔵王権現ざおうごんげんが一挙降臨!

    とにかく蔵王権現だらけで、見比べるにも疲れるほど。

    中には片腕、片足のない破損したものも展示され、見ても見てもまだあるという感じで、こんなにも蔵王権現を一堂に鑑賞したのは初めてです。

    蔵王権現とは、修験道開祖のマスター・エンノ(役行者)が厳しい修行の末に会得した日本独自の仏です。
    金峯山寺のご本尊であり、人々の迷いを断ち切る強い力を持つとされています。

    そもそも、
    「蔵王」とは、大自然と一体となって人々を救済する“最強の王”とも言える存在。
    「権現」とは「仮の姿」という意味。
    究極の真理が仏様として具現化されたということでしょう。

    マスター・エンノが修行中の深い祈りの際、釈迦如来・観音菩薩・弥勒菩薩のそれぞれのの徳を備えたのが「蔵王権現」だと悟りました。
    仮の姿とは言え、仏の世界では隙のないサラブレッドと言えそうです。

    やっぱり慶派はピカイチ

    ひときわ目を引いた蔵王権現は運慶の高弟・源慶作。
    ダントツの魅力を放っていました。

    ポーズや表情は同じでありながらバランスがよく、特に後ろの火焔光かえんこうが素晴らしい。
    メラメラと空気になびく様を表現できているのは、さすが慶派!としか言いようがありません。

    鎌倉時代1226年作で、800年も経っているというのに色落ちは少なく、ほぼ当時の迫力そのままではないでしょうか。

    お姿はこちらで↓↓↓


    ”ラスボス”はアメリカからの里帰り権現

    今回の展示のラストは、米国のロサンゼルス・カウンティ美術館所蔵の「蔵王権現立像」で、わざわざこの展覧会のために里帰りを果たしました。

    文楽「義経千本桜」の舞台イメージの小部屋にこの1体のみが効果的に展示され、いかにも”ラスボス”感いっぱいでした。

    部屋全体を桜のイラスト壁にしたのは、蔵王権現の冠に象られた桜に合わせた演出なのでしょう。

    こちらも鎌倉時代の作で、右足を上げて憤怒の表情ながら、どこか可愛く感じてしまうのは、この時代特有の特色なのかもしれません。

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    今回の展示で唯一の撮影可能作品。
    大勢の人が取り囲んでいたので、陣取りが難しい💦

    本地垂迹ほんじすいじゃくこそ日本仏教のカタチ

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    「本地ほんじ垂迹すいじゃく」という考え方があります。
    本地とは仏の本来の姿、垂迹とは衆生しゅじょうを救うために現れた仮の姿、というものです。

    言い換えれば神仏習合の思想で、平安時代中期から後期に自然的に発生しました。

    例えば、
    天照大神 は 大日如来、八幡神 は 阿弥陀如来、熊野権現は千手観音菩薩、市杵島姫いちきしまひめ は 弁才天など。

    そう、日本神道の神々を仏教の仏たちに置き換えたのです。

    神と仏は一体であるとし、各神社に「本地仏ほんじぶつ」が祀らました。 

    エンノはやっぱりマスター

    本地垂迹は平安時代に自然発生したと前述しましたが、飛鳥時代に活躍したこの「エンノ」こそ、最初の体現者ではなったかと思うのです。

    修験道自体が日本の山岳信仰。
    まさしく自然の中で神や仏と対話する修行でした。

    人間が本能的に持つ自然への「畏敬の念」から、苦しい修行を乗り越えることで霊験を得、仏教、道教、陰陽道などを合わせて日本独自の宗教として生まれました。
    そして、「神仏習合」というカタチで衆生を救済し悟りへと導く宗教となったのです。

    その萌芽はすでにマスター・エンノの山岳信仰の中にあったはずです。

    その後、中世の日本宗教の基盤となりながら、明治の「神仏分離令」により神と仏は引き裂かれて衰退したことは、あらためて残念で仕方がありません。 

    さて、大峯山は女人禁制の地です。
    なので、今回の展示は女性にとって極めて貴重な機会であり、実際に鑑賞してみると、その希少性が非常に感慨深く、有意義な時間を過ごすことができました。

    会いに行けない仏様たちが、わざわざ来てくださったことに感謝します。
    そして、この一年間「東大寺とその近傍を巡る」を共に歩いてくださった皆さまにも御礼申し上げます。


    記しておきたいことがありすぎて、このシリーズの総評までは書けませんでした。
    それはまた別の機会に。


    【東大寺とその近傍をめぐる】
    ①冬の「浄瑠璃寺」
    ②下見の春日大社
    ③今期初!東大寺散策「南大門と大仏殿」
    ④今期初!東大寺散策「西伽藍と東伽藍」
    ⑤noteオフ会!氷室神社と不空院
    ⑥noteオフ会!ミュージアムと依水園
    ⑦奈良博「超 国宝展」
    ⑧ならまち十輪院
    ⑨ならまち元興寺
    ⑩奈良の遠景と「俊乗堂」
    ⑪ミュージアムと吉城園
    ⑫五劫院と空海寺
    ⑬奈良博「世界探検の旅」
    ⑭転害会と勧進所の特別公開
    ⑮観音院に集った人々
    ⑯奈良博「正倉院展」
    ⑰春日大社・萬葉雅楽会
    ⑱4ヶ月間のレポート一挙公開!
    ⑲おかっぱ桜の現状と奈良春の散策記



     
     
    エッセイスト (主に読書、歴史に関して書いています。 1961年生まれ大阪府出身。読書好き。歴史好き。ハンドメイド好き。妄想好き。 著書「レキジョークル奥の枝道」シリーズ7冊目をただいま執筆中。<https://amzn.to/3vgIGz9>

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