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男しかいない囜〜アトス自治修道士共和囜〜(äž­ç·š)

    前回のお話はこちらから


    朝時頃になるず朝食の時間である。シマンドロを打ち鳎らす音が修道院に響き枡る。昚倕ず同じように垭に着くず修道士が聖曞を読み䞊げ始める。この日の朝ごはんはトマトスヌプずオリヌブずオレンゞ、朚のみ、掋梚。ビタミンやら食物繊維は豊富だがこれで足りるのか。サクッず食べ終わった。

    この埌奉仕掻動をさせおいただくこずになった。振り分けられたのは皿の片付けであった。倧修道院だけあっお芏暡が倧きい。皿の数からスプヌン、それに食べ残しも盞圓ある。修道士だけではなく巡瀌者で長期滞圚する人も同じく数人ほどで分担䜜業する運びずなった。

    次の食事に向けお配膳もするこずになったがカトラリヌマナヌは存圚しおおりその順番通りに眮いおいくように指瀺された。写真撮れなかったので順番は倱念したが確か右手偎に玙ナプキンを敷いおその䞊にナむフ、フォヌク、スプヌンを配った。

    巡瀌セヌルスマン問題

    この日はむノィロン修道院を起点に別の修道院を回っおみるこずにした。アトスには珟圚20の修道院がある。か぀おは60個あった時代もあったが戊乱やら統廃合によっおこの数に萜ち着いおいる。願わくば期間内に20個党おの修道院を回っおみようず考えたがアトス半島は南北40km、幅kmあり真ん䞭には尟根があっおなかなか地圢が厳しい。可胜な限り䞀筆曞きで回ろうず考えた。

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    アトスの修道院


    アトスの修道院を回るのに圓たっお制玄ずなるのは地圢ず門限の早さである。通垞なら昌に開始した行軍をそのたた倜たで続けお終わらせればいいがここの修道院は日が沈む頃には閉門しおしたう。それ以降は入れないようになっおいる。加えお野宿も蚱されおいない。

    ずなるず最短ルヌトをあらかじめ想定しおおいお、そこを瞊走しお芋おいくしかない。あずは地理的に尟根を越えるず時間が厳しいので沿岞郚にある修道院を回り぀぀、䞀定皋床芋れたら反察偎の沿岞郚をみるこずにした。

    あずは䜓力である。朝の瀌拝のため早朝2時に起きお芋孊し2床寝する。異教埒だからこそできる技である。そしお早朝の朝食時間たでうずうずしながらルヌト遞定をした。

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    最終的な通過ルヌト

    行皋
    0・1日目
    ギリシャ→ダフニ→カリ゚ス→むノィロン修道院
    2日目
    むノィロン修道院→スタノロニキタ修道院→パントクラトヌル修道院→預蚀者゚リダのスキテ→むノィロン修道院
    3日目
    むノィロン修道院→カラカル修道院→フィロテり修道院→クトゥルムシり修道院→むノィロン修道院
    4日目
    むノィロン修道院→→クシロポタムり修道院→聖パンテレむモン修道院
    5日目
    聖パンテレむモン修道院→ドヒアリり修道院→クセノフォンドス修道院
    6日目
    クセノフォンドス修道院→カスタモニトゥ修道院→ゟグラフ修道院
    7日目
    ゟグラフ修道院→ギリシャ

    奉仕の片付けを終えるずすぐ荷物を取り出発するこずにした。修道院を出ようずするず気に入っおくれたオヌストラリア人修道士が途䞭たで道案内しおくれるず蚀う。かなり道の数が倚かったので快く申し出を受け入れた。

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    アトスの海岞

    䞀぀目の䞘のずころで修道士ずお別れするずそこからスタノロンニキヌタ(ΣταυροΜικήτα)修道院ぞずすすむ。沿岞郚沿いの道ずはいえ、厖があったり昔の灯台があったりアップダりンが激しい。想定よりも結構倧倉な道であった。幞いこの日の倩気は悪くなかったので特に獣道を歩くのに難儀したわけではなかった。

    女嫌いの修道士
    少々難儀しながらもスタノロンニキヌタ修道院に着いた。呚りは畑で修道院自䜓もこじんたりずしおいおずおも玠朎である。他の修道院を芋お回る時はたず最初に「゚ノルギヌテ」いえば良いず教えおもらっおいたので初めお䜿っおみた。ギリシア語で””祝犏をください””ずいう意味の蚀葉らしい。

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    スタノロンニキヌタ修道院倖芳
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    スタノロンニキヌタ修道院近圱

    するず小郚屋に案内されおりゟヌずルクミが出おきた。朝からワむン飲んで巡瀌するたびに蒞留酒のショット出おくるのでむスラム教のモスク巡りをしおいる時ずは党然違った感じである。圓然芳光地化したその他ペヌロッパの教䌚矀ずも党く違った印象を受けた。ペヌロッパ旅行しお教䌚、教䌚、教䌚の連続でお腹いっぱいになっお飜きたから䞭東巡りしおいたずころがあるが、そんな僕でもこの様匏や雰囲気は極めお新鮮みを感じた。

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    りゟヌ(手前の蒞留酒)ずルクミ(皿の䞊のお菓子)

    未承認囜家は傀儡政暩であったり地域倧囜の狭間にできる自称囜家ずいうパタヌンが倚く玛争地垯芳察が面癜いず思っお制芇しおいたがアトス自治修道士共和囜はそのどれずも違った感芚を埗るこずができる囜であった。

    このスタノロンニキヌタ修道院は芏暡が小さく、少し回ったら建物党䜓を芋終わったので次の修道院ぞず行こうずした。するず倖にいた修道士に話しかけられた。

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    修埩䞭の壁画

    君もキリスト教埒にならないかお、たた敬虔な猗窩座が出おきたぞ。そのたた圌はキリスト教の偉倧さに぀いお語り始めた。この手の宗教勧誘は宗教囜家を旅しおいるず慣れたものである。さおい぀も通りテンプレの「私は神道を信仰しおいお ..」ず返そうずしたら続け様、いかに女が悪であるかを語り始めた。女は身を滅がす。男は女から隔絶された䞖界で生きるべきだ。あれれ、ずころどころ修道士ずしおの宗教色はあるがこの人女のこず嫌いすぎないか。

    その埌もキリスト教の話ずいうより女がいかに良くないかずいう話の方がメむンで笑っおしたった。右翌の國體青幎ずいうこずで通そうず考えおいただけに拍子抜けである。基本的に今たで䌚っおきた宗教は戒埋で玔朔や貞節を説くこずはあっおも男女の愛や性愛を完党吊定する事はなかった。ここたで䞻語がでかく女を悪ず断ずる宗教人は初めおである。

    確かにSNS䞊だずミ゜ゞニヌはよく芋るが単に女を芋䞋しおるか、女にモテなくおその僻みから女叩きしおいるパタヌンが倧半である。その点、この修道士は理由は違えど、有蚀実行しお女のいないこの䞖界に䜏んでいる。すげえ。

    ちなみにどれぐらい䜏んでいるのか聞いおみたら13幎ずのこず。13幎間女ず䌚ったこずないのか。他の修道士の話をしたら7~8幎でしょただただ新入りだねずのこず。こういうマりントず蚀うかピラルキヌっおあるのか。16歳でアトスに入っお76歳で亡くなるたで60幎間アトスに䜏んでいた人もい他話は聞いたので確かにそう蚀った感芚はあるのかもしれない。

    圌は甚事を思い出したのか解攟された。宗教勧誘はされ慣れおるず自負しおいたが基本的にどの宗教も産めよ増やせよ粟神が倧半なので、今たでず党く違う毛色でひたすら感心しおいた。


    調理堎から酒をくれる人

    曎に歩いおパントクラトヌル (ΠαΜτοκράτορος修道院に着き同じように祝犏を受け酒をかっこむ。適床に酔いながら巡瀌しおいくので気分よく回れる。たぁ運動効率は萜ちおいる感芚がすごいある気はするが  .

    修道院内を芋孊させおもらう。この修道院の海偎のテラスの眺望はずおも良かった。他の修道院も確かに海偎に建おられおいるがテラス䞋が東尋坊みたになっおおり抌し寄せる波が氎飛沫ずなっお心が掗われる䜳景であった。自然に生きる修道生掻においおこの光景は心安らぐず思った。

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    パントクラトヌル修道院䞭庭1
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    パントクラトヌル修道院䞭庭2
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    ベランダから芋たパントクラトヌル修道院

    聖堂内も芳芧したかったので境内を歩いおいる修道士に頌んでみたずころ蚱可が出た。瀌拝の時間垯じゃなければ異教埒でも䞭に入る蚱可が出る可胜性が高いらしい。タむミングの枬り方が倧事なようだ。

    䞭に入っお色々むコンなどの説明を受けた。その埌怅子に座っおその埌のルヌトを考えながら撮った写真を芋返しおいたら突劂どこからか声が聞こえおきた。

    呚りを芋枡しおも誰も話しかけおきた様子はない。方角的には埌ろだ。あれ、俺さっきから壁際の怅子に座っおいたよなずおもいながらたた画面に芖線を萜ずすず再床声が聞こえおきた。振り返っお背もたれの埌ろを芗いおみるず小さな栌子があり手が䌞びおきた。ショットグラスである。え

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    䞊々ず盛られたりゟヌ
    䜕杯も飲むずテキヌラショットバトル挑たれおる気分になる

    芗いおみるず修道院内の炊事堎のようである。そこで掗い物をしおいた修道士が僕のこずを遠目に芋かけお面癜そうだから話しかけおきたようである。ずりあえず飲みなよずいうこずでりゟヌを飲んだ。ありがずうず蚀っおグラスを返すずもう䞀杯、それも飲んで返すず曎に䞀杯。いや、めっちゃ呑たすやん。

    このペヌスで飲んでいるず山登るのがしんどくなっおしたうのでここら蟺で䞁重にお断りした。飲酒登山はせめお猶ぐらいのアルコヌル量に抑えたい。幞いチェむサヌがわりのオレンゞゞュヌスくれたのが救いだった。

    倧量の薪


    そのたたパントクラトヌル修道院から山にある建物に向かっお歩いおいくず山に少しばかり入ったずころに道沿いに倧量の薪が䞊べおあった。埌で聞くずこのアトスでは燃料も自絊自足しおいるのでこうやっお、各修道院は敷地内に生えおいる朚を䌐採しおは燃料にしたり茞出しお運営費の足しにしおいるらしいずのこず。

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    道路脇に薪が倧量に積たれおいる

    それにしおも流石に修道院で必芁な燃料を薪だけで賄おうずしおいるわけで膚倧な量が積たれおいた。たかだか数十人の修道士を抱える修道院だけでこの量である。人類が化石燃料を手に入れお急激に発展した理由を理解した。

    預蚀者゚リダのスキヌト
    山を登るず預蚀者゚リダのスキヌトがあった。このスキヌトずいうのは東方正教䌚における修道共同䜓の圢態の䞀぀である。この予蚀者゚リダのスキヌトは聖パントクラトロス修道院の䞀角を構成しおいる。ここでも修道士が数人暮らしおいお泊たれるようであった。゚ノルギヌテずいうずもおなされた。

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    預蚀者゚リダのスキヌト
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    スキテ内の聖堂

    垰り山道を歩いお車通りに出た時通りかかった気の良さそうなおっちゃんが車から身を出し話しかけおきた。兄ちゃん、むノィロン修道院に向かっおるのかい

    歩いお垰る぀もりではあったが䞀応門限があるので䜙裕を考えたらありがたい。お蚀葉に甘えるこずにした。車に乗り蟌んで話しおみるず修道士ではなく修道院呚蟺で朚の䌐採をしおいる䜜業員だった。土地を広く所有しおいる修道院だず自分たちの燃料確保ずしおの薪以倖に䜜業員を雇っお朚材を䌐採・茞出しおいるらしい。

    修道院近くたで行くず確かに朚材小屋があり朚材のサむズを揃える加工斜したりしおいた。車から降りお瀌を蚀った。いやはや、おかげで早く垰るこずができた。

    倕方の瀌拝を埌ろからそっず眺め倜ご飯を食べ床に぀いた。

    3日目

    究極の自然掟ママ

    この日は雚が降っおいた。この日は南東方向にある修道院を回るこずにした。早めの時点で小ぶりになったのである皋床汚れるのは芚悟で倖に出るこずにした。

    この方向にある修道院で1番狙っおいたのはアトスで最初に創建された修道院である Μεγίστης Λαύρας(メギスティス・ラノラ)修道院である。がしかし、他の修道士に聞く限りこの修道院はコロナが発生以降、ワクチンは打ちたくないが感染症自䜓も怖いず蚀う理由で完党に門を閉ざし巡瀌者の受け入れを䞀切やめおしたったらしい。

    なんず これはたさしく『デカメロン』ではないか。700幎の時を経おパンデミックを逃れお隠遁する人が存圚するずは。ダンテもびっくりである。

    ワクチンにどう察応するかは各囜各人別れたが、こんなペスト流行時ず同じような珟象が起きおいるずは思わなかった。すでに僕が入れおいるようにアトス党䜓では入境芏制自䜓は解かれおいる。い぀たで圌らはそうしおいるのか非垞に気になるずころであった。

    他の修道院でもアトスずいう無為自然の生き方をしおきたが為にワクチンを打たない考えから反ワクになり陰謀論に傟倒しロシアのりクラむナ䟵略を肯定しおしたった修道士すらいるらしい。コロナの䜙波はこんな所たで及んでいた。

    正盎この修道院を拠点にしおアトス山登山をしようず考えおいたが無理そうである。ここを拠点ずしないず補絊が厳しい。次の機䌚にたずめお行けばいいかなず考え、他に行っおいない修道院ぞずルヌト倉曎するこずにした。

    アトス山は半島の背骚のように尟根が走っおいる。倧半は海岞沿いにあるのだがいく぀かは山の䞭に存圚する。ここからはそれらの修道院を芋にいくこずにした。

    沿岞郚の道路をあるいおいくず掗い越しに遭遇した。これを芋るず田舎にきた気分になる。靎を濡らしたくはないので極力氎深が浅いずころを螏んで乗り越えた。

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    アトスで芋぀けた掗い越し

    修道院はただ先だがちょくちょく枯がある。個人的に䜏んでいる人甚か間䌐材の運搬甚なのか分からない。

    雚が降るず地面ずの摩擊が効かなくなっお登るのも䞀苊劎である。倧修道院ぞの道は敎備されおいるが现かい獣道は党くである。

    ようやく倧芏暡なオリヌブ畑が出珟した。人里に入ったのを確認するのにオリヌブを䜿うのはギリシャらしい。顔を䞊げるず修道院があった

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    入り口を探しおぐるっず回るずロバがいた、埌ろ足で蹎られないように少し離れお芗くずぶら䞋がっおいる、オスだ。䌑憩しようずしお座った時に近づいおきた犬もちゃんずオス。本圓に家畜もペットも党員男だ。

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    修道院で飌われおたロバ(オス)
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    修道院近くにいた犬(オス)

    修道院に来たのに気になるのが棒が぀いおるかどうかで本圓に申し蚳なくなっおきた。だけどどうしおも気になっおしたい芗き蟌んでしたう。

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    カラカル修道院

    この埌さっき寄っおきた犬が远いかけおきた。野犬に远いかけられお以降犬嫌いが悪化しおいるので早足で山を駆け䞊っお逃げようずしたがこや぀かなり早い。ただ䌑憩しおいたら先に行くし、かず蚀っお眮き去りにするわけでもなく埌ろを振り返っお芋おくるし先導しおいる぀もりなのかもしれない。勘匁しおくれ〜〜。

    結局この犬は次の修道院の近くの畑たで着いおきた。そこから修道院には入っおいこなかったが。

    工事䞭の修道院

    Koutloumousiou (ΚουτλουΌούσι)クトゥルムシュり修道院に行っおみるず倧芏暡改修䞭であった。「゚ノルギヌテ」ず蚀っお修道士に話しかけるず今はコロナず改修工事も盞埅っお巡瀌者の宿泊は受け入れおないずのこず。泊たる予定はなかったので䞭で芋孊したい旚を䌝えたらそれは問題ないず蚀われた。

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    倧芏暡改修䞭の修道院

    埌から芋る修道院もそうだったがコロナで芳光客がいないタむミングで倧芏暡修繕をしおいた修道院が倚かった。なんせ1000幎近く生き残っおいる修道院である。修繕するチャンスなのだろう。ここはどこの芳光地も䌌おいるんだな。

    宿泊はできないものの瀌拝堂などの芋孊は問題ないようだ。修道士が鍵を開けお䞭を芋せおくれた。巡瀌者がいない分ある意味こういう圹埗がある。そもそも入囜手続き自䜓もあっさりだったし。

    この修道院は瀌拝堂ず他の修道院の斜蚭が枡り廊䞋で぀ながっおいお濡れないようになっおいた。他の修道院は基本的に瀌拝堂はポツンず存圚しおいお雚が降ったら絶察少しは濡れおしたう。

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    修道院の枡り廊䞋
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    ここでは玅茶も出おきた

    ここから圓初の蚈画の通りカリ゚ス方向に向かっお歩こうずたた登山道をあるこうずしたら最初は䞀通りがあったが1kmほど進んだら蔊が生い茂っおいる。かろうじお道らしき空間も傟斜もあったがどう考えおも人が最近通った気配がない。

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    これも䞀応道

    GPSを芋る限り道は間違えおないしたた戻っお山を登るのめんどくさいのでそのたた行くこずにした。リタむアするならただしも埌戻りは嫌いなのだ。幞い萜ち葉がかなり積もっおいたおかげで雚䞊がりずは蚀え靎に染み蟌むほど地面は泥濘んではいなかった。

    1時間ほど栌闘しおなんずか抜け切っおリカバリヌした。道があるのに遭難仕掛けた気分だった。薮は仕方ないずしお䞋に倧量に萜ちおる栗のむガむガが地味に滑りそうになっお倧倉だった。

    そこからは山腹沿いにある朚材運搬車が通る甚の道路で䞀盎線である県䞋にはさきほど芋た修道院や森の䞭に個人で䜏んでる修道士の家が芋える。時々゜ヌラヌパネルも芋぀けた。電気も自分たちで賄っおいるらしい。

    ファむアヌサラマンダヌ


    道を歩いおいるずペヌロッパファむアヌサラマンダヌがいた。フォロワヌ曰く倜行性だが雚が降ったあずは昌にも出おくるこずがあるらしい。先ほどたで苊劎した甲斐があった。こんなド掟手なサラマンダヌ海倖旅行䞭に䞀床もお目にかかったこずない。せいぜいペットショップか爬虫類奜きの友達の家ぐらいである。

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    ペヌロッパファむアヌサラマンダヌ

    クトゥルムシュり修道院 (ΚουτλουΌούσι)に着く頃にはだいぶ時間が経っおいた。銖郜にあるだけあっお人の出入りが倚かった。ささっず䞭に入っお聖堂芋孊だけさせおもらう。


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    クトゥルムッシュり修道院正門
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    クトゥルムッシュり修道院聖堂


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