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レンブラントは「光の画家」で終わらなかった-西洋美術館「版画家レンブラント挑戦、継承、インパクト」-

    数あるnoteの中から
    おいでいただきありがとうございます。

    今回は
    西洋美術館(東京・上野)で
    9月23日まで開催中の
    企画展
    「版画家レンブラント
    挑戦、継承、インパクト」の
    レビューを
    今まで鑑賞してきたレンブラントの
    絵と併せて
    ご紹介したいと思います。
    レンブラントは
    私が勝手ながら
    「美術史における
    数々の天才の中でも
    さらに段違いでうまい画家」
    だと思っています。

    大好きな画家なので
    少し長い記事になりますが
    私がみてきたレンブラントの油絵も
    織り交ぜてご紹介したいと思います。
    最後までお楽しみいただけたら嬉しいです。


    「版画家レンブラント
    挑戦、継承、インパクト」


    レンブラントは
    知名度の割に
    日本ではほとんど見ることのできない
    とてもレアな画家さんだと思います。
    (このタイプのレア度は
    ほかには
    ルーベンスやカラバッジョ
    あとはラファエロ、ダヴィンチ、
    ボッティチェリなどのルネサンスの画家など
    でしょうか。)

    そのような中で
    版画とはいえ
    今回のように
    まとめて鑑賞できる機会は
    非常に貴重だと思います。
    作品リストを見ると134点展示がされていますが
    そのほとんどがレンブラントです。
    (一部他の画家の関連作品あり)

    https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/pdf/2026rembrandt_list.pdf
    (作品リスト)


    版画系の展覧会は
    版画が小さかったり細かかったりするので
    混雑すると1枚の絵に複数人が寄ることが増え
    鑑賞がちょっぴり辛かったりしますが
    今回は良い時代の作品も
    たくさんきておりますので
    どなたもきっと楽しめる展示だと思います。

    私は
    7月25日に西洋美術館主催の
    オンライン講習会も聴講し
    レンブラントの版画への挑戦や意欲
    技術や表現についても
    学ばせていただきました。

    レンブラントのオンラインセミナーは
    8月22日にも開催予定ですので
    ご興味のある方はぜひお申し込みを。
    https://www.nmwa.go.jp/jp/experience-learn/detail/event_152.html

    さらに、日蘭協会様の方でも開催予定とのことです。
    あまり情報の露出が少ないので
    こちらは穴場かも・・・!

    https://www.j-nls.org/data_files/view/11344/mode:inline/RembrandtHouseLectureJPN.pdf

    ご興味のあるかたは、ぜひどうぞ。

    レンブラントの技法や版画については
    たくさんのnoter様も
    レビューで書かれておりますので
    今回私からは
    レンブラントの表現
    レンブラントの絵から受け取れること
    「レンブラントの受容」を
    テーマにお伝えしたいと思います。


    レンブラントは年代で見ると面白い
    「1642年説」

    子供の頃から
    若くして頭角を現したレンブラント。
    今回展示されている版画からは
    割と初期の1630年代で
    すでに卓越された技術力を持っていると
    感じとれました。

    ただ、私がレンブラントを
    好きな理由は
    表側の卓越した技術力ではなく
    絵からただようテーマについて。

    テーマは「受容」

    私は
    レンブラントの絵から
    「受容」という
    テーマが聴こえてきます。

    ここで大切になってくるのは
    年代で鑑賞する、という
    鑑賞方法です。

    私はレンブラントで
    「年代で鑑賞する」視点を
    教えてもらい
    その後、他さまざまな画家で
    この鑑賞を愉しませて
    いただいています。

    年代で鑑賞する愉しみとは
    どういったことなのでしょうか。

    1642年

    レンブラントに
    とっての転換点
    それは1642年であると考えています。

    1642年は「夜警」完成した年。
    裕福な家の出身だった妻サスキア
    亡くなった年でもあります。

    名画「夜警」は超大作で
    アムステルダム国立美術館の
    一番大切な部分に大仰に
    展示されています。
    (2025年末は修復中でした。)

    画像
    レンブラント「夜警(『フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ライテンブルフ副隊長の市民隊』)」1642年
    天井の高い中央の大広間の突き当たりに展示されていることから
    アムステルダム国立美術館も目玉にしている作品なのでしょう。
    修復中。

    夜警の説明は
    Wikipediaが詳しいです。

    1642年前後から
    彼の人生の状況は
    大きく変化していきます。

    もちろん
    1642年のある日突然
    作風が変わったと
    断定するわけではないのですが
    鑑賞上の補助線として
    1642年以前 と 以降
    に分けると
    とても鑑賞しやすくなると考えています。

    前半のレンブラントは、
    天才、神童、成功者。

    光も構図も人物も
    ものすごい技術で支配できている感じ。

    これは今回の版画の展示からも
    見ることができ
    特に1630年代の版画は
    光の描写など
    卓越した技術で描写できています。

    ところが1642年以降の後半となると
    その「支配」は
    だんだん抜けていきます。

    でも光を描くことへの執着は
    むしろ1642年以前の方が
    強いのかもしれません。

    1642年前は
    まさに「光の画家」
    というイメージなのですが

    1642年以降の後期レンブラントを
    「光の画家」
    で説明し続けると
    何かが足りないように感じてしまいます。

    彼の絵は
    光より先へ行ってしまっている


    後期レンブラントの版画は
    なぜこんなに優しいのか

    画像
    レンブラント「百グルデン版画」 1648年頃
    エッチング、ドライポイント、ビュラン/和紙 国立西洋美術館所蔵 より引用

    こちらは
    今回の展示でも目玉になっている
    百グルデン版画です。

    百グルデンはお金で
    年収の半分くらいだとか
    言われています。
    制作当時から
    そのくらい高値がついた絵
    なのだそうです。

    1648年
    後期レンブラントへ向かう時期の作品。

    光の描写も大変上手なのですが
    率直な感想は
    「なんか泣けてきちゃう。優しすぎて」

    後期のレンブラントから感じる
    この異様な優しさは何でしょう。

    最初は「赦し(ゆるし)」
    という言葉をあてはめてみたのですが
    ちょっと違う

    これは
    赦しというより、受容。

    そう、感じます。

    「受容」とは何なのか
    世界の法則を受け入れる

    画像
    レンブラント「復活したキリスト」1661年
    アルテピナコテーク(ドイツ・ミュンヘン)

    レンブラントの絵の中で
    一番好きな絵です。
    晩年の作品で
    「受容」が最も表れている一枚でしょう。

    しかしながら
    2024年、最初にこの絵をみた時は
    「にへら笑の力無いキリスト」
    だと思いました。
    作者を見たらレンブラント。

    レンブラントが「巨匠」だとは
    知っていましたが
    絵もほとんど見たこともなく
    この人ってこういう絵の人だったかな?
    なんて疑問に思いました。
    やはり一般的には
    自画像や上手な光の表現が
    上手な人、
    というイメージだったからです。

    その後に訪れた
    オランダの
    アムステルダム国立美術館には
    レンブラントの良い絵がいくつかあり
    その中でもレンブラントを理解するために
    とても良い名画がありました。

    画像
    レンブラント「修道士の衣をまとった息子ティトゥス』 1660年 
    キャンバスに油彩 アムステルダム国立美術館

    レンブラントは、フランシスコ会の修道士の衣をまとい、伏し目がちの表情をした息子ティトゥスを描き出しています。この修道会は、清貧と謙譲の生活を旨としていました。粗末な修道服や、少年の痩せた顔に浮かぶ内省的な眼差し――レンブラントが全神経を注いで描いたその表情――は、そうした精神性を物語っています。 岩や茂みからなる周囲の情景は、あくまで簡潔に示されるにとどまっています。

    アムステルダム美術館 解説より

    この絵を見たとき
    衝撃を受けました。

    その時は
    それがなぜだか
    わからなかったのですが

    レンブラントが
    忘れられなくなったのです。


    子供を立て続けに失い
    残った一人息子に
    修道士を重ね合わせた絵。

    その眼差しは何を写しているのか
    何を描いているのか
    とても気になりました。

    極め付けがこちらで。

    画像
    レンブラント「鞭打ちの柱に繋がれたキリストとしての裸体習作」1646年頃
    ヴァルラフ・リヒャルツ美術館(ドイツ・ケルン)
    最晩年の作品ではないですが、1642年以降らしい受容が滲み出る作品
    余談ですが、今まさにヴァルラフ・リヒャルツ美術館の収蔵品展が
    アルルの跳ね橋(ゴッホ)展として開催中ですが、こちらの美術館は
    印象派だけでなく、ルーベンスやレンブラントなどもたくさん所蔵している
    素晴らしい美術館です。

    1646年の作品なので
    レンブラント前期に得意とした
    の光の表現も残っていて
    光も受容も
    どちらも楽しめる良作ですね。

    ただ、いまや私には
    光の表現などよりも
    「やさしさ」のようなものが
    ダイレクトに届いてきて
    そちらの方が気になってしまいます。

    うつむいたキリストは
    苦難と謙虚さが鮮烈に表現され
    そこから「受容」を感じたのです。

    このような鑑賞をへて
    2026年に「復活したキリスト」を
    再度鑑賞し
    これほどまでに素晴らしい作品だと
    気づくことができました。

    レンブラントは「土」だった


    レンブラントの1642年以降の絵を
    鑑賞して感じたこと。

    レンブラントは
    すべてを受容します。
    その受容は大きく、
    どこまでも広い

    いうならば
    土。

    雨が降り、水を含む。
    時には大雨で崩落する。
    流れたり、乾いたり。
    すべて自然のなすがまま。
    それでも
    すべての命を支え
    見届ける
    豊かな土壌。

    レンブラントの受容は
    土のよう。

    レンブラントは
    不幸を克服したのでも
    不幸に対して戦ったのでもないし
    不平不満を武器にしたわけでもなく。
    降ってきたものを、そのまま受け入れる。

    神よりもっと上の
    この世における「ルール」
    のようなものを受け入れている
    と感じるのです。

    人は老いる。
    人は死ぬ。
    愛する人もいなくなる。
    成功も失敗もある。
    身体には重力がある。
    それを「なぜ自分だけ」と拒絶するのではなく、
    そういうものとして世界を受け入れる。

    だから後期レンブラントの絵は
    土のよう、なのです。

    ところが本人は全然「聖人」ではない(笑)


    面白いことに
    レンブラントの人生自体は、
    絵の「受容」とは
    正反対のような
    エピソードが多いようです。

    家政婦ヘールトと
    愛人関係だったのですが
    若い家政婦にのりかえたことで
    ヘールトに訴訟を起こされ
    逆にヘールトを
    精神病院(更生施設)
    送りにしていたり・・・
    (ひどい・・・)

    絵を描くために
    高級な調度品などを
    借金まみれで
    買い集めていたり。

    いやこの人
    めちゃくちゃ煩悩まみれじゃん・・・

    なのです。

    浪費、借金、
    破産、女性関係……。

    仏僧のように
    人間離れした
    厳しい修行の上で
    超越した絵が描けるようになった

    というのとは少し、
    いや、だいぶ、違うようです。

    苦難を経て人格者になったから
    優しい絵を描けるようになった

    というより

    私生活のレンブラントと
    絵を描いている
    レンブラントの到達点が
    異常なほど乖離している
    点は、
    なかなか興味深いです。

    ただわかるのは
    レンブラントは
    絵に関してだけは
    「降りない人」だった。

    はしごの一番高いところから
    降りない人だった、と言う意味です。

    生活では失敗する。
    煩悩もある。

    でも
    絵の前だけでは絶対に誤魔化さなかった。

    だから
    絵筆だけが
    本人の人格を追い越して
    とんでもないところまで行ってしまった

    そのように感じるのです。


    人間という箱のカードを全部持っていた


    彼が人生において
    得たカード。

    天才。
    成功。
    名声。
    金。
    浪費。
    物欲。
    性愛。
    家庭。
    死別。
    悪評。
    破産。
    裏切り。
    老い。
    孤独。

    出せば、もっとありそうです。
    まさに人生の「カードコンプリート」。

    人生としては相当きついでしょう。

    子供や奥さんの死、
    訴訟、借金まみれ・・・

    天才で名声を得て
    お金持ちの奥様をめとり
    最高の人生からの転落。

    絵筆を折っても
    おかしくないと思いました。
    なぜ、彼は描き続けたのだろう、と。

    でも、「降りない画家」としては
    最高の環境だったのかもしれません。

    人間が経験できるものを大量に経験し
    それでも絵筆を置かなかった。

    彼は絵における受容の器が
    どんどん大きくなっていったのです。

    キリスト「神なのに重力がある」


    画像
    再度こちらの絵を。
    レンブラント「復活したキリスト」
    1661年アルテピナコテーク(ドイツ・ミュンヘン)

    レンブラントはこの晩年の作品において、復活したキリストを極めて深く心に響く、感動的な姿で描き出しました。受難や十字架刑の痕跡は一切なく、かろうじて見て取れる光輪を背にしたキリストは、等身大の姿で見る者と対峙しています。しかし、彼は勝利に沸く征服者のようには描かれていません。むしろ、慈愛と理解に満ちた眼差しをこちらに向けており、見る者は、救いの約束である「復活」という喜ばしいメッセージを直接受け取る存在となるのです。

    アルテピナコテーク 解説より

    改めてこちらの絵。
    一緒にここまで
    レンブラントの旅を
    ともにしてくださった
    みなさまなら
    「ああ、そうか」と
    共感していただけるかもしれません。

    この絵の前にたつと、
    キリストは神なのに
    重力を感じるのです。
    人と同じ、重力。

    彼の描く神は
    いつだって、すぐ隣にいる

    神々しくて
    近づきがたい存在ではなく
    ただあがめるだけの存在でもなく
    まさに解説のとおり
    「等身大のキリスト」

    こんなに近くにいてくれる
    神がいるでしょうか。

    どこまでも優しく、あたたかい。

    暁斎展でも書いた
    「筆を抜く技術」も巧みです。
    (参考:湿度0%の筆 河鍋暁斎はなぜこんなにも上手いのか-サントリー美術館-
    https://note.com/killamaru/n/n198b6dd95e28)

    筆から「おのれ」を消しているので
    キャンバスに
    キリストそのものが立ち上がってくる。

    ただ、となりで
    すべてを受容してくれる存在。

    神と同じ高さの視点

    余談ですが
    この
    「復活したキリスト」

    聖☆おにいさん
    を思い出しました。

    東京・立川で
    人と同じ暮らしをする
    キリストとブッダを描いた
    日常漫画です。

    たとえばそのブッダが
    キリストを描いたら
    こんな感じなのかな
    と思いました。

    (実際はブッダは
    シルクスクリーンの達人であって
    油絵は描かないですが)

    つまり
    キリストと同じ位置に立つ人が
    描いたキリスト
    ということです。

    レンブラントが神の位置だった
    とはとても言えません。
    煩悩カードコンプ、
    みたいな方だったので。

    でも、絵筆を持った時だけは
    彼はその位置から
    描くことができたのかもしれない。

    もしかしたら
    絵筆を持っている時は
    「この世の理(ことわり)」にまで
    接続できていたのかも
    しれませんね。

    レンブラントは、最後に何を描いていたのか

    レンブラントが
    晩年に向かって
    描いていったものは
    人間でも
    光でも
    キリストでもなく、

    すべてをそのままに受け入れていく
    この世界の理そのもの
    だったのかもしれません。

    今回の版画展では
    そんなレンブラントの変化を
    年代を追いながら
    一度に見ることができます。

    ぜひ作品の制作年代も
    小さな補助線として
    ご覧になってみてください。

    同じレンブラントなのに
    年代によって聴こえてくる声が
    少しずつ変わっていく。
    そんな鑑賞も楽しんでいただけたら嬉しいです。




    記事をまとめてみました。
    ご興味のある記事がありましたらぜひお読みください!
    はじめに01 -絵の声を聴く、アート鑑賞について- 好きな画家さん一覧
    https://note.com/killamaru/n/n0cb504116a87
    書き始めた経緯やこのNoteの説明など
    はじめに02 -アートの声を聴く鑑賞について-
    https://note.com/killamaru/n/n3b42879699f8
    「はじめに」の続きですが、私のNoteの中では、♡率が高くて、ありがたいです。
    はじめに03 -審美眼は何年で身につくもの?
    https://note.com/killamaru/n/ne9792bc439fe
    <ドイツ旅2026>
    ドイツから戻ってきました -2026.01.13 近況報告-
    https://note.com/killamaru/n/nce677f79afbc
    デューラーと話したくて家に2回おしかけた話 - デューラーズハウス -
    https://note.com/killamaru/n/n681100d72660
    フェルメール報告会 - ドイツ旅で鑑賞した絵のレポート -
    https://note.com/killamaru/n/n9509726b7b11
    フェルメールに隠された法則 - 嫌いだったフェルメールが好きになれた秘密 - [ディープ]
    https://note.com/killamaru/n/nab3fbbd02386
    <若冲>
    若冲からはじめて呼ばれた話 -泉屋博古館東京-
    https://note.com/killamaru/n/n79a61287feed
    若冲は、今日も私を呼ぶかしら - 三井記念美術館「円山応挙」展 -
    https://note.com/killamaru/n/na07051e46676
    若冲は、もう1人の天才にためらう、の話 - 東京藝大美術館 -相国寺展
    https://note.com/killamaru/n/n85b940e93ef9
    <ゴッホ>
    [ディープ]ゴッホのひまわりって、おいしいの? - 西洋美術館 ロンドン・ナショナル・ギャラリー展
    https://note.com/killamaru/n/n69330619f156
    「あなたはどんな鑑賞タイプ?」と「ゴッホの死相」について ゴッホ展 -東京都美術館-
    https://note.com/killamaru/n/na3e315c32ca0
    ゴッホ美術館(アムステルダム)に行ってきた -美術館レビュー(絵多め)-
    https://note.com/killamaru/n/n4e65dea66a63
    おいしそうな絵はここにも(ピエール・ボナール) -「ひまわり」異変の後日談-
    https://note.com/killamaru/n/n32920ae6c2de
    <美術展>
    ブラックホールを作りだせる画家 -仙厓展@出光美術館- [ディープ]
    https://note.com/killamaru/n/n576fe4a903b7
    絵から音がしない理由 -ユトリロ展(SOMPO美術館)-
    https://note.com/killamaru/n/nd086f4b57077
    定家にきゅんきゅん -国宝熊野御幸記と藤原定家展レポート(三井記念美術館)-
    https://note.com/killamaru/n/ne15a8591b9e4
    伊勢物語展 -根津美術館- 岩佐又兵衛に感じるもの
    https://note.com/killamaru/n/n522358cdf891
    僧侶の背中には、実は何があったのか -特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」-
    https://note.com/killamaru/n/nb87fb034c08e
    マチュピチュの展示じゃない?!けど、興味深い -マチュピチュ展-
    https://note.com/killamaru/n/n5dd9d6de4666

    <岡本太郎とウォーホル>
    岡本太郎の絵をめくってバックヤードをのぞいた話[ディープ] - ウォーホルの続き -
    https://note.com/killamaru/n/ndd21dc5e0255
    アンディ・ウォーホル「SERIAL PORTRAITS」展(ルイヴィトン) - 岡本太郎のために力をお借りします -
    https://note.com/killamaru/n/ndd1a969b04ba
    <ランキング>
    [異変の起こった美術展ランキング]2025年行った美術展の中から)
    https://note.com/killamaru/n/n853c88ce272c

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