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箱入娘面屋人魚②~人間と結婚した人魚の運命やいかにの江戸黄表紙

     浦島太郎と鯉こいの間に生まれた人魚は、平次へいじの船に飛び込み、押しかけ女房となる。

     黄表紙きびょうし「箱入娘はこいりむすめ面屋めんや人魚にんぎょう」は、山東京伝さんとうきょうでん作、北尾きたお重政しげまさ画(?)、寛政三年1791年、蔦屋つたや重三郎じゅうざぶろう版。

     ちなみに、ここに出てくる人魚は、ヨーロッパの人魚のように胸があるのではなく、首から下がもう魚になっている。人魚姫のイメージとは違うので、挿絵さしえを見ながら注意してほしい。文字だけではわかりにくいところを、絵があることによって、よりイメージを膨ふくらませることもあるのがマンガ絵本。

     三巻三冊の現代語訳(かなり意訳)を三回に分けて紹介する二回目。

     


    中巻
    六

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    一ひとつ犬虚けんきょを吠ほえて万犬ばんけん実じつを伝つたう
    (一つのまちがいを言うと、それが真実として世間に広まる)
    と仏教にも言えるごとく、われもわれもと人々がおしかけ、疫病やくびょう除よけの札ふだを求めければ、平次へいじも、「人魚を女房にした」と打ち明けるのもばかばかしく、しかたなくも疫病神やくびょうがみのせいにしてしまうのもおかしかりき。
     
     さて平次へいじは、人魚を女房にしての寝物語ねものがたりに、両親に捨すてられたわけを聞き、だんだん不憫ふびんになり、見世物みせものに出す相談も来れども平次は承知しょうちせず、人魚をいたわる。
     
     平次は、人魚は何を食うのか知らないので、ようよう思い出し、赤いぼうふらを取ってきて食わせる。おいおい、それは金魚のエサだ。人魚と金魚のまちがいなり。
    人魚「わっちは、そんなものはいや。お菓子がいいよ」
     さすが母親ゆずりの好みなり。

     


    七

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     平次へいじはもとより貧乏びんぼうで、借金しゃっきんと家賃やちんの催促さいそくで難儀なんぎしていれば、女房の人魚、気の毒に思い、恩返おんがえしにこの金を用意しようと思えども、人間でさえ五文もんの金の工面くめんもむずかしいが、龍宮りゅうぐう生まれの人魚には、見世物みせものがあるとは思いもつかず、いろいろ思案しあんし、
    「おお、それよ。梅うめが枝えは手水鉢ちょうずばちを打って三百両の金が降ってきたそうな。われはいやしき人魚なれども、夫を思う念力ねんりきは、どうして梅が枝におとるものか。三百両どころか、こっちはたったの七八両、おりふし、手水鉢はないけれど、メダカの鉢はちがあるのでこれを使おう」
    と思い込んだ人魚の一念いちねん、われを忘れてひしゃくを取ろうとすれども、おっとっと、かんじんの手がない。ためらうときに、思いがけなくも後ろから、だれかは知らぬが、「その手はここに」と、ひしゃくを持ちそえ振ふり上げる。
     
    ♪二×八にはち=十六日は借金の支払日、二×九にく=十八日は質屋が流れる、四×五しご=二十日目はつかめで家賃やちんの支払い、わたしゃ帯おびも質屋から出せないわ。

     


    八

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     さて、ひしゃくをふりあげると同時に、ばらばらばらと小判こばん、小粒銀こつぶぎんがふってきたけれども、人魚は、「あら、ありがたや」と口では言えども手がないので、金をひろうことができずにこまっていると、これまたうしろから手を出した男は、大磯おおいその女郎屋じょろうや、舞鶴屋まいづるやの亭主ていしゅ、伝三でんぞうという者なり。さいぜんより物陰ものかげでこの様子を見ていたが、それは、珍めずらしい人魚を女郎にしようと思って、さてこそここまでやって来たのである。
     女郎に雇やとうとはいうものの、体は魚で、役に立つのは首ばかり。年季奉公ねんきぼうこうの契約金けいやくきんは、浮気の首代と同じ七両二分となる。
     女房が浮気をしたら相手ともども切り捨すててよかったが、七両二分の慰謝料いしゃりょうをはらうと命を助けてもらえた。法律には今も昔も抜ぬけ穴あながある。
     
     人魚は、亭主ていしゅの留守るすのうちに相談し、金にそえて書置かきおきを残そうとするが、これまた手がないので、口に筆をくわえ、さらさらとは書かず、ぼったりぼったりと書置きを書く。
    伝三「いやいや、うまく書くもんだ。こいつはおそれ有馬ありまの人魚にんぎょう筆ふでだぜ」

     


    九

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     舞鶴屋まいづるやの伝三でんぞうは、七両二分で人魚を雇やとい、かねて考えていた計画を実行したがり、自分ではよく考えた気になって、人魚の名前を魚人うおんどとして、近々ちかぢか花魁おいらんとして披露ひろうするつもりなり。
     
    髪結かみゆい「旦那だんなさんは、びっくりするような計画をたてなさる。まあ、じきに失敗するだろうがね」
    と、口の中で言う。
    伝三「ほかの者には聞かされねえが、なんとまあ、人魚一匹七両二分とは安いじゃねえか。初鰹はつがつおだって三両はするぜ。さあ、こいつをはかせるんだ」

     


    十

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     舞鶴屋まいづるやの計画、いよいよできあがり、今まで聞いたこともない人魚の花魁おいらんを、夕暮ゆうぐれの少し薄暗うすぐらくなったころを見すまし、中なかの丁ちょうへ出せば、その日はどうにかこうにか化ばけの皮をあらわさず、うまくごまかしける。
     黒子くろこが、うしろから手を使う。人魚にんぎょう遣つかい(人形遣つかい)というものは、このときよりぞはじまりける。
    これこれ、作者、そんなこじつけは古い古い。
     
    男「あれが新しい遊女だそうな。なるほど、顔は美しいが歩き方がなんかへんだぜ」

     


    十一

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     ある客、魚人うおんどの初日しょにちに来て、いよいよ床入とこいりとなると、部屋を真っ暗にし、黒子くろこがやってきて、うしろから手を出し、タバコをすいつけて出し、いろいろごまかしけるが、とかく生なまぐさいのにたえかねて客が逃げ出すのを、黒子は帰さじと袖そでを引っ張り、一緒いっしょに駆かけ出すが、かんじんの人魚は、今日の道中どうちゅうの疲つかれからたわいなく寝込ねこんでいれば、手は廊下ろうかにあり、頭は床とこの中、これにて正体をあらわす。
     
    客「なんだなんだ、この女郎はばけものだ。あの床とこからここまで手がのびるとは、さてさてゴム人間のように長い手だ」

     


     遊女の名前を魚人うおんどとしたが、当時の有名女郎に、松葉屋の松人、扇屋の花人がいたので、読者は「ほうほう」と見ていたのだろう。
     客をびっくりさせながら次回につづく、
     

     


     
     
    神戸からの風。 歓怒の文字は「歓喜」「怒り」「喜怒哀楽」を示し、「かんど」は漢字では「神戸」とも書ける。「感動」とも書ける。 毎週、日曜日、木曜日更新。

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