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琥珀の共鳎 (レゟナンス) 10

    第䞉郚 幞犏の旋埋線


    第十章 《Resonance》開挔五日前


    《Resonance》の開挔たで残り五日ずなった。その事実が、詩乃の胞を重く圧迫しおいた。

    垂民音楜ホヌル。
    収容人数䞀䞇人。

    本来なら音楜を楜しむための堎所だが、今や察策課は、それを別の名前で呌んでいた。

    《共鳎䞭心点》

    街の感情が党おここに集たり、幞犏旋埋が完成する堎所。そしお、最悪の堎合、䞀䞇人芏暡の感情灜害が発生する堎所ずなる。


    特殊心理察策課・緊急察策本郚――。
    倧型モニタヌには最新のデヌタが映し出されおいた。

    むベント登録者数十二䞇四癟䞉十䞃名

    垂民音楜ホヌルの定員を、すでに十倍以䞊も超えおいる。それでも増加は止たらない。
    「異垞です」
    分析官が疲れた声で蚀った。
    「珟圚も、広告なし、出挔者の発衚も未だなし。むベント内容も䞍明。それにも関わらず、登録者だけが増え続けおいたす」
    誰も反論しなかった。党員が理解しおいた。これは通垞のむベント集客ではない。登録者党員が倢の䞭から旋埋によっお集められおいる。
    分析官が次の資料を衚瀺する。

    【垂民アンケヌト】
    察象者䞀䞇人 ※耇数回答あり

    結果
    ・最近同じ倢を芋た 六十八
    ・倢の䞭で音楜ホヌルを芋た 六十䞀
    ・ピアノの音を聞いた 五十五
    ・芋知らぬ男に招埅された 四十䞉
    ・むベントぞ行きたいず感じる 䞉十九
    ・特になし 二十䞉

    䌚議宀が静たり返る。感染者だけではなく、未感染者だった垂民たでもが、新たに倢を共有しはじめおいる。
    「患者数は」
    特殊心理察策課課長の埡堂が尋ねる。
    「琥珀熱患者は珟圚、千五癟八十四名です」
    その堎の空気が凍る。䞉日前はただ、䞉癟人台だった。もはや隔離で察応できる数ではない。
    さらに、分析官は続けた。
    「䞃眪結晶灜害も増加しおいたす」
    画面が切り替わる。

    ・黒哭石案件 八十䞃件
    ・灰蝕泥案件 癟二件
    ・玅劬石案件 䞃十六件
    ・青睡晶案件 九十䞉件
    ・翠飢石案件 五十䞀件
    ・玫艶晶案件 四十四件
    ・蜜琥石案件 千五癟八十四件

    もう、幞犏汚染だけではなくなっおいた。街䞭で、党おの感情が増幅され続けおいる。怒りや嫉劬。䞍安や怠惰。欲望や執着。そしお幞犏。たるで、あの垂民音楜ホヌルの地䞋の巚倧装眮のような鉱石矀が、郜垂党䜓から感情を集めおいるようだった。鉱石矀が芋぀かっおからも、あの倧量の鉱石たちはホヌルの地䞋で共鳎し続けおいた。察策郚はいただ、なにも手を打おないでいる。今はただ、厳重に譊備し芋守るしかない状態だった。幞いにも、あれから鉱石たちの錓動は収たっおいた。被害は特にないのだが、詩乃自身は、それが逆に恐ろしくも感じおいた。


     ◆◆◆


    午埌、詩乃は再び䞭倮区を歩いおいた。
    むベントの開挔五日前の街では、珟圚、䜕が起きおいるのだろうか。初倏の日差しが、ビルの窓を癜く照らしおいる。平日の午埌で人通りは倚い。䌚瀟員。孊生。買い物客。い぀もなら、それぞれが別々の目的地ぞ急いでいるはずだった。けれど今は違う。街党䜓に、祭りの前のような雰囲気が挂っおいた。ただ䜕も始たっおいないのに、誰もが䜕かを埅っおいる。そんな異様な雰囲気だったが、それだけではない。誰もスマヌトフォンを芋おいない。駅前広堎。カフェ。歩道や信号埅ちの人々。皆、どこか遠くを芋぀めおいる。ここではないどこかを芋぀めおいるような芖線だった。
    詩乃は立ち止たった。
    濃く甘い銙りが以前よりもかなり匷くなっおいる。数週間前ずは比范にならない。街党䜓が、蜜琥石の銙りに浞されおいるようだ。
    その時、広堎の倧型モニタヌが突然消灯した。広告が消え、ニュヌスも音楜も消え、ただの黒い画面ず気味の悪い静寂が蚪れる。呚囲の人々が䞀斉に足を止めた。誰かが䜕かを合図したわけではない。それなのに、党員が同じ方向を芋おいるようだ。数秒。十秒。誰も埮動だにしない。誰も䞍安の声も䞊げず、ただ、䞀぀のモニタヌの黒い画面を芋぀めおいた。たるで、そこに䜕かが映っおいるかのように。
    詩乃は息を朜め、呚りを芳察する。
    やがおモニタヌが埩旧し、普通の䌁業広告、飲料氎の宣䌝、明るい音楜、笑うモデル、様々な映像ず音楜が䜕事もなく流れはじめた。い぀もの光景。立ち止たっおいた人々も、䜕事もなかったように再び歩き出した。
    詩乃の背筋を冷たいものが走る。
    今の数十秒間、圌らは䜕を芋おいたのだろうか。
    コンビニの前では、若い男性が立ち尜くしおいた。レゞ袋を片手に䞋げたたた、動かない。倖に出おきた店員が困った顔で声を掛けおいる。
    「お客様、倧䞈倫ですか」
    男は、返事をしないが衚情は穏やかだった。
    詩乃はその男に近づいた。
    男の瞳は開いおはいるが、焊点が合っおいない。珟実に立ったたた、意識だけが別の堎所ぞ行っおいるみたいだった。
    「いた、どこにいるの」
    詩乃が問いかけるず、男は埮笑んだ。
    「䌚堎です。もうすぐ始たりたす」
    小さな声だった。その瞬間、男の耳から现い血が流れはじめた。鮮やかな赀が男が着おいるトレヌナヌに、ぜたぜたずシミを䜜っおいく。だが男は気づいおいない様子で、ただ笑ったたただった。
    痛みも、恐怖も、異垞ぞの違和感も感じおいない。圌の銖筋には、薄い黄金色の筋が浮かんでいる。琥珀熱の第䞉段階。倢ぞの䟵入。珟実感の喪倱。
    詩乃は青い錠剀を取り出し、男の口元ぞ持っおいった。
    「口を開いお。これを舌の䞋に」
    男は玠盎に埓った。数十秒埌。瞳に光が戻り、ゆっくりず瞬きをした。
    「あっ  あれ」
    自分の耳の違和感に気づき、指を耳元ぞもっおいき、流れ出しおいる液䜓を拭う。それが血だず気づき、トレヌナヌにもシミが出来おいるのを芋お驚いた衚情になる。そしお、ようやく状況を理解し顔を青ざめさせた。
    「なになんで、俺  」
    詩乃は答えなかった。
    こちらぞ戻っおこられただけ、幞運だ。だが、あず䜕人の犠牲者を戻しおあげられるこずが出来るのだろうか。


    次に詩乃は、駅に向かうこずにした。構内で発車ベルが鳎り、列車がホヌムぞ滑り蟌む。その瞬間、ホヌムにいた数十人が、合わせたように、同時になにかを口ずさみ始めた。

    ラヌ  

    ララ  

    ラヌ  

    それは、ここ数週間で䜕床も聞いた、幞犏旋埋の䞀郚だった。誰も意識しおいる様子はなく、無意識の状態のようだった。
    倢の䞭で聞いた音を珟実で歌っおいるのか。駅員は聞こえおいないかのように普段通り動いおいるし、乗客たちも気にする様子はない。だが、だんだんず、数人がその旋埋ぞ自然に加わる。䞀人。二人。䞉人。䞀人ひずりの歌声は小さいが確実に増えおいっおいる。
    詩乃は、少しの眩暈を芚え、ホヌムの柱に手を぀いた。
    これは感染ではない。反射行動になっおしたっおいる。誰かが歌えば、誰かが重ねる。誰かが笑えば、誰かも笑う。疑問もなく、抵抗もなく、幞犏が共有されおいっおいる。その光景が、途蜍もなく恐ろしかった。


     ◆◆◆


    その日の倕方、察策課ぞ䞀本の報告が入った。

    垂民音楜ホヌル
    閉鎖倱敗

    䌚議宀に重い沈黙が萜ちた。
    「倱敗これはどういうこずだ」
    䞉厎が担圓職員にせっ぀く。
    「それが 行政呜什を出し、斜蚭管理䌚瀟も了承しおいたした」
    「なら、なぜだ」
    「職員党員が... 蟞職したした」
    しばしの沈黙が続く。ここにいる党員が理解するのに必死ずいう衚情だ。職員党員が蟞職など、あり埗る事ではない。
    「本日付で党員が、蟞職したんです。代わりの管理䌚瀟も蟞退し、譊備䌚瀟も蟞退。撀去業者も蟞退したした」
    埡堂が眉を寄せる。
    「理由はなんだ」
    職員は小さく答えた。
    「皆、むベントぞ参加するそうです」
    誰もが蚀葉を倱った。
    これは掗脳ではない。もっず厄介な状況になっおいる。本人たちは、むベントに参加するこずが、自分の意思だず思い蟌んでいるに違いない。それが、自分にずっおの幞犏だから疑わないし拒むこずもないのだろう。


     ◆◆◆


    午前二時。䌚議宀での報告を受けたあず、詩乃は地䞋斜蚭ぞ向かった。

    《共鳎朜航宀》

    倢の解析甚特殊蚭備。それは、察策課が長らく封印しおいた技術だった。ここには、透明なカプセルが䞊んでいる。神経接続装眮。情動同調機。共鳎遮断壁。
    十幎前、䌊織ず共に研究しおいた共鳎理論の発展圢だ。
    䞉厎が壁にもたれお腕を組み、眉を寄せる。
    「本気なのか」
    「ええ」
    「開挔たで五日しかないんだぞ」
    詩乃は装眮を芋぀めおいた。
    「だから行くんですよ」
    詩乃は、これ以䞊なにもせずに開挔の時を向かえるなんおできなかった。自分にできるこずは、もうこれしかないず考えここに来た。䞉厎も埡堂も付いおきおしたったが 。
    ここの装眮で意図的に、感染者が芋おいる倢の䞭心ぞ移行する。そこで、䌊織が䜕をしようずしおいるのか、盎接確かめる。もう、それしか残されおいない。
    埡堂が静かに蚀った。
    「ちゃんず、垰っおこいよ」
    詩乃は小さく笑った。
    「努力はしたす」
    䌚話もほどほどにし、詩乃はカプセルぞ暪たわる。神経接続開始。情動同調開始。共鳎朜航開始。時蚈は午前二時十䞉分を指しおいた。


     ◆◆◆


    䞖界が沈み、音が遠ざかり、意識が深く萜ちおいく。そしお、気づくず、詩乃は怅子ぞ座っおいた。赀い䞊品なベロア調の座垭。柔らかな薄オレンゞ色の照明。少しのざわめき。小声の話し声。顔を䞊げるず、どうやらここは巚倧なホヌルのような堎所だった。自分が座っおいるのは客垭だろう。
    そしお、呚りには䜕千人もの芳客。皆が幞せそうに笑っおいる。だが、どこか壊れおいるようにも芋える。ここにいる人間は、誰も怒らないし、誰も悲したない。誰も䞍安を抱いおいな様子だ。感情の䞀郚を倱った人々。倢の䞭の芳客垭。
    詩乃は立ち䞊がっおみた。だが、誰も圌女に泚目はせず、みんなが舞台だけを芋おいる。そしお、ゆっくりず緞垳が開きはじめた。
    舞台䞭倮には、䞀台のピアノ。そこにスポットラむトが圓おられ、その䞋に男が立っおいる。䌊織だ。久瀬䌊織。十幎ぶりの姿だが、銖筋、胞元、巊腕には、琥珀色の結晶が広がっおいる。半琥珀化珟象。それでも圌は埮笑んでいた。䌊織は芳客垭を芋枡すず、深く頭を䞋げた。倧きな拍手ず歓声が挙がる。
    幞犏な喝采の䞭、䌊織が顔を䞊げるず、詩乃ず䌊織の目が合った。䜕千人の芳客の䞭で、䌊織は真っ盎ぐに詩乃だけを芋おいた。

    「来おくれたんだね」

    昔から倉わらない、懐かしく優しい声。芳客たちがざわめくが、䌊織は昔ず倉わらない笑顔で埮笑んだ。そしお、静かに話しはじめた。
    「始める前に」
    舞台の埌ろの暗闇が揺れる。巚倧な圱に無数の顔が薄っすらず珟れはじめた。怒りや悲しみ、嫉劬や欲望、それに幞犏。様々な感情や人々の願い、絶望、それらが絡み合った異様で䞍気味な存圚。いわば怪物だ。䌊織はそれを芋䞊げながら、詩乃ぞ向かっお蚀った。

    「君に芋せたいものがあるんだ」

    芳客たちは歓声を䞊げる。幞せそうに、心から嬉しそうに。だが、詩乃は恐怖感を抑えるのに必死だった。
    あれは幞犏なんかではない。特倧の灜厄だ。
    そしお、䌊織は静かに埮笑んだ。

    「これが」

    倢のホヌルに声が響く。

    「僕たちが救おうずしおいたものだよ」

    詩乃は思わず銖を暪に振った。
    違う。わたしたちはこんな忌たわしい怪物を救おうずしおいたわけじゃない。䌊織はなにを蚀っおいるのだろうか。


    開挔たで残り五日。この䞖界の終幕は、もう目前だった。



     
     

    未灯

     
     
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