
「帰ってくる」と言った島を、ひとりで走ってみた——案内される視察では見えない海士町
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よく行く海士町の純喫茶での出来事です。
店は地元の人のサロンのようになっていて、僕も会話にふわっと混ざっています。ある日、マスターから不意に言われました。
「あなた、海士町に帰ってくるって言ったね」
自分では、まったく意識していませんでした。
どうやら海士町は、僕にとって「帰る場所」になっていたようです。
マスターから「じゃあ、東京は?」と聞かれました。
東京も、もちろん帰る場所です。
帰る場所は、一つでなくてもいい。東京と海士町を行き来するうちに、そんな感覚が自然と身についていました。

アンバサダーの視点だけでは、島を見誤る
僕は東京と海士町を行き来しながら、海士町アンバサダーを務めています。
アンバサダーという立場を降りたいわけではありません。ただ、アンバサダーの視点だけで島を見ないようにしています。
発信する側の視点に慣れすぎると、役場や財団による目を引く取り組みばかりを追いかけてしまうからです。
外から海士町を見ると、地方創生、高校魅力化、移住、関係人口、Entôなど、全国的に知られた取り組みが目に入ります。
一方、島の暮らしは、目立つ事業だけで成り立っているわけではありません。
地元で商売を続ける人。
農業や漁業に携わる人。
家族の世話をする人。
道路や交通に不便を感じながら暮らす人。
外向けの発信には載りにくい日常があります。
関係人口として島を訪ねるだけなら、華やかな部分を楽しむ関わり方もよいと思います。しかし僕は、地域の事業に関わる立場です。
課題を語り、立派な報告書を置いて東京へ帰る。そんな「東京もん」にはなりたくありません。
地方創生が注目され始めた頃、地域の課題をもっともらしく説明し、地元へ仕事と負担だけを残す外部支援を何度も見てきたからです。
海士町も、成功物語だけを語ってはいない
海士町自身も、町の歩みを成功物語だけで説明しているわけではありません。
海士町公式サイトには、「戦後のまちづくりについて、歩み」は「決して成功事例集のようにスマートなものではない」と記されています。
また、地域活性化センターが公開している地方創生実践塾の報告では、大江和彦町長の発言として、行政主導の大きな改革は住民の関心が向かなければ、住民と行政の隙間が広がり、成功しないという趣旨が紹介されています。
目を引く成果の裏には、試行錯誤があります。
純喫茶で地元の方から聞く日常の悩みと、外向けに発信される海士町の姿には、やはり差があります。
ただし、行政だけに原因があるわけでもありません。
住民から見える役場の仕事ぶりと、役場内部で実際に起きていることにも違いがあります。住民側にも行政への誤解があり、島の人にも都会で暮らす人への思い込みがあります。
率直に言えば、どちらもどちらです。
東京と海士町、行政と民間、外から来る人と島で暮らす人。そのあいだを行き来していると、双方のよい面と、あまり格好よくない面が見えてきます。
片方だけが正しく、片方だけが苦しいという単純な話ではありません。
案内される視察では、説明された景色を見る

時間ができたある日、普段よく行く菱浦や中里を離れ、スクーターでもっと遠くまで走ってみました。
以前、役場の方に車で案内していただいたはずの場所です。
ところが、自分で運転すると、見える景色がまるで違いました。
案内してくれる人がいる視察では、説明を聞き、質問を考え、限られた時間で訪問先を回ります。効率はよいのですが、意識は案内者の言葉へ向かいます。
ひとりなら、止まりたい場所で止まれます。気になった道へ入り、引き返したくなったら引き返せます。
道路の傾斜や狭さも、自分で運転して初めて体で分かりました。
地元の方と話していると、時折「山」の話が出ます。
スクーターで進んでみると、確かに険しい道が続いていました。電動スクーターの残量を見ながら、「ここでバッテリーが切れたら、帰れないな」と少し怖くなりました。

その時間、道沿いに人影はありませんでした。
目に入ったのは、放牧されている牛くらいです。

なぜか、以前歩いた碓氷峠の記憶がよみがえりました。
さらに進むと、神殿の入口かと思うほど大きなトンネルが現れました。中へ入ると携帯電話の電波も届きません。
暗いトンネルを走りながら、以前訪れた台湾の離島、馬祖を思い出しました。

東京から見れば、海士町も馬祖も「離島」という一語でまとめられます。
けれど、離島という言葉だけでは、坂道の勾配も、電波が切れる不安も、牛がいる静けさも伝わりません。
地域を見るには、案内された道を一度外れてみる
案内される視察が悪いわけではありません。
初めて訪れる地域では、行政や地域団体の説明が欠かせません。現地の人にしか分からない歴史や事情もあります。
ただし、案内された景色だけで地域を理解したつもりになるのは危うい。
説明を聞く時間と、自分の足で確かめる時間。
地域の代表者と話す時間と、純喫茶で雑談する時間。
公式資料を読む時間と、目的もなく道を走る時間。
両方が必要です。
アンバサダーだから見える海士町があります。
一方で、アンバサダーという枠から半歩離れなければ、見えない海士町もあります。
「海士町に帰ってくる」と、僕は無意識に口にしていたそうです。
帰る場所になったからこそ、きれいな物語だけを持ち帰りたくありません。
島のよいところも、不便なところも、地元と行政の行き違いも、都会から来た人の思い込みも見る。
あなたが地域と関わるなら、案内された道を一度外れてみてほしい。案内された道だけでは、地域を見誤る。

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【参考資料】
海士町の魅力(海士町公式サイト)
地方創生実践塾in島根県海士町(地域活性化センター)
第3期海士町総合戦略~地域経営人口プラン~(海士町)
海士町における地域づくりの展開プロセス