
「行ってみないとわからない」に払った旅費の話——海士町で関係人口になるまで
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人口2,300人の島に、なぜ2回も行ったのか。

島根県隠岐諸島にある海士町。フェリーで数時間かかる離島に、2025年5月と2026年1月、僕は足を運んだ。
最初のきっかけは、正直に言うと、DAOやWeb3.0への興味だった。
以前から交流のある三原市から「海士町と一緒にDAOを始めるらしい」と聞いて、気になった。2014年頃、当時の部下が海士町に研修で行っていて、名前だけは知っていた。
「あまのわツアー」という、関わり方を考えるツアーが企画されていた。観光でも視察でもない。事前にオンライン面談があって、断られることもあるらしい。
興味本位で申し込んだ。参加が決まった。
米子鬼太郎空港から境港へ。そこから隠岐汽船に乗って、菱浦港に着いた。片道6〜7時間。遠い。
島に降り立って、ツアーが始まった。
でも、僕の記憶に残っているのは、DAOの仕組みや制度の話ではない。
夜の懇親会で出てきた島料理だ。
隠岐牛。岩のり。あわび。
どれも「ここでしか食べられないもの」だった。隠岐牛は、島で育てられた牛が出荷され、また島に戻ってくる。岩のりは、冬の荒波の中で採られる。鮑は、目の前の海で獲れたもの。
うまい、と思った。
同時に、「この食材を維持するために、どれだけの人の手がかかっているんだろう」と考えた。
泊まったのは「Entô」というホテルだった。
部屋の窓から海が見える。朝起きたとき、静かな水面が広がっていた。
このホテルも、島の取り組みの一環としてつくられたものだ。観光客を呼ぶためだけではなく、「島に関わる人」を迎えるための場所。
宿泊費を払いながら、ふと思った。
このお金は、どこに届くんだろう。
ホテルの運営に携わる人、食材を届ける漁師や農家、島のインフラを支える人たち。僕が払った宿泊費は、巡り巡って、この島の誰かの生活につながっている。
観光地でお金を使うとき、普段はそんなことを考えない。でも、海士町では自然とそう思えた。

帰りに「福木島茶」を買った。
島に自生するふくぎの葉からつくられたお茶。カフェインがなくて、ほんのり甘い。
お土産として買ったけど、結局、自分で飲んでいる。
東京でふくぎ茶を淹れるたびに、島のことを思い出す。あの港、あの海、あの食事、あの人たち。
数百円のお茶が、島との接点になっている。

1回目のツアーのあと、海士町オフィシャルアンバサダーに登録した。
なにか特別な役割を背負うというより、少し外側から関わりを続けていくための選択だった。
現地の人と連絡を取り続けた。「また来てください」が社交辞令ではなかった。
2026年1月、また行った。
2回目に行ったとき、初めて会った人ではなく、「また会えた人」がいた。それだけで、島との距離が変わった。
観光なら「楽しかった」で終わる。これは違った。
島で食事をして、宿に泊まって、お土産を買う。その一つひとつが、「この島が続いてほしい」という意思表示になっている気がした。
旅費ではなく、関係への投資。
観光客から関係人口へ。
「行ってみないとわからない」は本当だった。
お金を払って、時間をかけて、足を運ぶ。その行為自体が、関わりの第一歩だった。
今も東京でふくぎ茶を飲みながら、次はいつ行こうかと考えている。
あなたには、お金を払ってでも関わり続けたい場所がありますか?
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