
コンビニのない島で、ふりかけご飯を食べた夜
海士町には、コンビニがありません。
新潟・湯沢町では、観光の繁忙期に夕食をとれる店が足りず、コンビニに人が集まるそうです。桜井貴斗さんのnoteでそれを知り、島で過ごしたある夜を思い出しました。店は満席、家に食材はない。あの夜、僕が食べたのはふりかけご飯でした。
満席の夜、ふりかけご飯
僕は月の半分ほど、隠岐の海士町で過ごしています。
ある日の夜、家に食材がありませんでした。外で食べようと店に行くと、満席。
家にあった米とふりかけで、夕食にしました。
島には、コンビニがない。セブン銀行のATMもない。朝、モーニングを食べられる店もありません。東京では気にもしなかったものが、ここでは最初からないのです。

探したら、あった
最初は、食べるところが少ない島だと思っていました。
ところが、ちゃんと探してみると意外にある。知らなかっただけでした。
数えていたのは僕の物差し
外から来た人間は、自分の「当たり前」で島を見てしまいます。コンビニがない、ATMがない、店が少ない。足りないものを数えるのは簡単です。
以前、足りないものを数えれば事業はいくらでも作れる、と書きました。
書いた本人が、島の夜にコンビニを探していました。数えていたのは島ではなく、僕の物差しのほうでした。
船の上で見つけた空席
島との行き来も、思いどおりにはいきません。
今年の1月、帰ろうとしたらJALは満席、米子からの便も埋まっていました。船は出るというので、とりあえず本土へ渡ることにしました。
その船の中で、キャンセルが出た便を見つけました。そのまま米子から帰れました。
席がないと島で待っていたら、あの便には乗れなかったはずです。

「ないものはない」の読み方
桜井さんの記事の終盤に、南魚沼の雲洞庵で見た禅語が出てきます。
無一物中無盡藏
何も持たないところにこそ、尽きない豊かさがある。海士町の「ないものはない」と、同じ方向を向いた言葉だと思いました。
コンビニはない。それでも米とふりかけで、一晩はちゃんと越せました。
半分だけ島にいる僕には、「足りない」と「すでにある」の両方が見えやすい。どちらかに寄りすぎないでいたいと思っています。
あなたの暮らす町で、「ない」と思い込んでいるものは何でしょう。
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