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ダルバク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ダルバク
Дэлбэг
ᠳᠡᠯᠪᠡ
モンゴル帝国第24代皇帝(ハーン)
在位 1412年 - 1415年
戴冠式 1412年

全名 ダルバク・ハーン
出生 1395年
死去 1415年
家名 ボルジギン氏
父親 オルジェイ・テムル・ハーン
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ダルバク(モンゴル語: Дэлбэг、ᠳᠡᠯᠪᠡ 英語:Delbeg、1395年 - 1415年)は、モンゴル帝国の第24代皇帝(ハーン)。『明史』韃靼伝では答里巴と表記される[1]。

生涯

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1395年、オルジェイ・テムル・ハーンの子として生まれる[2]。

1410年、明の永楽帝は、自ら大軍を率いてモンゴル高原に攻め込み、オノン川のほとりでオルジェイ・テムル・ハーンのモンゴル軍を粉砕した[2]。行き所を失ったオルジェイ・テムル・ハーンはオイラトに逃げ込んだ[2]。

1412年、オイラトのマフムードはオルジェイ・テムル・ハーンを殺し、ダルバクを17歳でハーン位につけた[2]。

1414年、明の永楽帝は再び自ら大軍を率いてモンゴル高原に攻め込み、ケンテイ山中のウラーン・ホシューン(「赤い山鼻」の意)の地で、ダルバク・ハーンとマフムードのオイラト軍を粉砕した[2]。

1415年、ダルバク・ハーンは21歳で崩御し、オゲチ・ハシハの子のオイラダイ・ハーンが後を継いで即位した[2]。

出自について

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他にエルベク・ニグレスクチ・ハーンの子とする説、アリクブケの子孫とする説もある。

系図

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モンゴル帝国の北元時代の系図

脚注

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注釈

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出典

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  1. ↑ 羽田・佐藤 1973, p. 14.
  2. 1 2 3 4 5 6 岡田 2004, p. 185.

参考資料

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  • 羽田明、佐藤長 他訳注『騎馬民族史 正史北狄伝』 3巻、平凡社〈東洋文庫〉、1973年3月。ISBN 9784582801972。 
  • 岡田英弘訳注『蒙古源流』刀水書房、2004年10月。ISBN 978-4887082434。