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クリスティアン・アッビアーティ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
クリスティアン・アッビアーティ
名前
ラテン文字 Christian Abbiati
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1977-07-08) 1977年7月8日(49歳)
出身地 アッビアテグラッソ
身長 191cm
体重 92kg
選手情報
ポジション GK
利き足 右足
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1994-1998 イタリアの旗 モンツァ 52 (0)
1995-1996 →イタリアの旗 ボルゴセジーア (loan) 29 (0)
1998-2016 イタリアの旗 ミラン 281 (0)
2005-2006 →イタリアの旗 ユヴェントス (loan) 19 (0)
2006-2007 →イタリアの旗 トリノ (loan) 36 (0)
2007-2008 →スペインの旗 アトレティコ・マドリード (loan) 21 (0)
通算 438 (0)
代表歴2
1998-2000  イタリア U-21 16 (0)
2000  イタリア・オリンピック 4 (0)
2003-2005 イタリアの旗 イタリア 4 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年7月13日現在。
2. 2016年6月10日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

クリスティアン・アッビアーティ(Christian Abbiati, 1977年7月8日 - )は、イタリア・ロンバルディア州アッビアテグラッソ出身の元同国代表の元サッカー選手。ポジションはGK。

経歴

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1994年にモンツァでプロデビュー。1996年からはレギュラーに定着し、1998年7月1日に当時ACミランを率いていたアルベルト・ザッケローニ監督に引き抜かれ、移籍した。

1999年1月17日のペルージャ戦にて、当時ミランで10年以上レギュラーを守り続けていたセバスティアーノ・ロッシの退場処分(中田英寿にPKを決められた後、急いでボールを取りに行ったクリスチャン・ブッキへの暴行)により急遽出場することになり、セリエAデビューを果たす。当時21歳であったが、そのままロッシからレギュラーを奪取しスクデット獲得に貢献した。2000年のU-21欧州選手権では優勝メンバーの一員となった。この頃からチームでも次第に守護神として定着していった。

しかし、2002-03シーズンからは頭角を現し始めたジーダにレギュラーを奪われ、控えに降格。チームはそのシーズンにチャンピオンズリーグとコッパ・イタリアの二冠を達成する。なおジーダはチャンピオンズリーグ決勝のPK戦でPKを3度セーブする。

その後もジーダからレギュラーを奪えずにいたが、2005年8月17日に正GKジャンルイジ・ブッフォンが負傷離脱したユヴェントスへレンタル移籍。シーズン序盤こそ硬さが見られたが、中盤以降はブッフォンに見劣りしないセービングを連発。また、代表でもブッフォンの代わりを務めた。

2006年7月18日、5季ぶりにセリエAに復帰したユヴェントスのライバルであるトリノへレンタル移籍。トリノでは不動の守護神として36試合に出場し、残留に貢献した。

2007年6月26日、今度はスペインのアトレティコ・マドリードへとレンタル移籍した[1]。アルゼンチン代表のレオ・フランコとポジションを争い21試合に出場したが、定位置確保には至らなかった。シーズン終了後にミランに復帰した。

4季ぶりにミラン復帰を果たした2008-09シーズンは、安定したプレーと鋭い反応によるビッグセーブを武器にジーダからレギュラーを奪取。さらにマルコ・ストラーリの負傷もあってその地位を確かなものとしていたが、2009年3月15日のシエナ戦で十字靭帯を痛め、そのままシーズンを終えた[2]。

2009-10シーズンは怪我の影響もあって、再度ジーダにレギュラーを奪われてリーグ戦わずか9試合の出場に終わり、大半を控えとして過ごした。ジーダが退団した2010-11シーズンは、新加入のマルコ・アメリアがレギュラーを取ると思われていたが、大方の予想を覆し、シーズンを通じて安定したセービングと驚異的な反射神経を披露してレギュラーの座を死守。7年ぶりのスクデット獲得に貢献した。

その後もレギュラーとしてプレーしていたが、2014-15シーズンになるとレアル・マドリードから移籍したディエゴ・ロペスにポジションを奪われ、2015-16シーズンにはジャンルイジ・ドンナルンマが台頭して3番手に降格。同シーズンを以て現役引退を表明した。なおシーズン最終戦となるホームのローマ戦で数分間の出場が見込まれていたが、終始劣勢という試合展開の影響で出場機会は無かった。[3]

2017年6月14日、ACミランがクラブマネージャーとしてフロント入りすることを発表した[4]。

個人成績

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クラブ シーズン リーグ コッパ・イタリア UEFA その他 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
モンツァ 1994-95 10 00 - - 10
1996-97 250 00 - - 250
1997-98 260 20 - - 280
通算 520 20 00 00 540
ボルゴセジーア 1995-96 290 00 - - 290
通算 290 00 00 00 290
ミラン 1998-99 180 00 00 - 180
1999-00 290 00 60 00 350
2000-01 210 40 70 - 320
2001-02 340 10 110 - 460
2002-03 30 80 60 00 170
2003-04 20 40 10 10 80
2004-05 30 40 10 - 80
2008-09 280 00 00 - 280
2009-10 90 10 10 - 110
2010-11 350 10 60 - 420
2011-12 310 00 90 10 410
2012-13 280 10 70 - 360
2013-14 280 20 90 - 390
2014-15 110 20 - - 130
2015-16 10 50 - - 60
通算 2810 330 640 20 3800
ユヴェントス 2005-06 190 20 60 - 270
通算 190 20 60 00 270
トリノ 2006-07 360 20 - - 380
通算 360 20 00 00 380
アトレティコ・マドリード 2007-08 210 00 90 - 300
通算 210 00 90 00 300
総通算 4380 410 790 20 5600

代表歴

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出場大会

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試合数

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  • 国際Aマッチ 4試合 0得点(2003年-2005年)[5]
イタリア代表国際Aマッチ
年出場得点
200320
200400
200520
通算40

タイトル

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代表

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U-21イタリア代表

クラブ

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ミラン

脚注

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  1. ↑ “El Atlético de Madrid logra la cesión del portero milanista Christian Abbiati”. Libertad Digital (2007年6月26日). 2023年1月17日閲覧。
  2. ↑ uefa.com (2009年3月16日). “アッビアーティ、ひざの重傷で今季絶望”. 2009年7月11日閲覧。
  3. ↑ Goal.com. “ミランで15年を過ごしたアッビアーティ「こういったお別れになるとは予想外」”. 2016年7月11日閲覧。
  4. ↑ football-tribe.com (2017年6月15日). “ミランに功労者がフロントとして復帰。渦中のドンナルンマに「残るべきだ」”. 2017年6月29日閲覧。
  5. ↑ クリスティアン・アッビアーティ - National-Football-Teams.com

外部リンク

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