
残されたメモ「おかえりを、数えない」|拝啓文芸部
みなさん、こんばんは🌙
noteが大好きな、雪綴ゆきです。
いつも、わたしのnoteを読んでくださり
本当にありがとうございます。

おかえりを、数えない
「おかえり。ごはん、レンジのなか」
高校のころ、夜おそく帰ると
母はもう眠っていた。
台所の灯りだけがついていて
テーブルには黄色い付箋が一枚。
「お」の点がやけに大きい、母の字。
レンジのなかには
いつも塩のきいたおにぎりがふたつ。
返事を書いたことは、一度もない。
だまってあたためて、だまって食べて
付箋はまるめて捨てた。
ある晩、帰ると、めずらしく母が起きていた。
老眼鏡をかけて、付箋になにか書いている。
「あら、おかえり。はやかったのね」
わたしは「ただいま」も言わずに、冷蔵庫をあけた。
「付箋とか、もういいから。子どもじゃないんだし」
母は「そうね」とわらって
書きかけの付箋をそっと裏がえした。
つぎの夜も、テーブルには黄色い付箋が一枚。
わたしはそれを、いつもよりちいさくまるめた。
母を見送ったのは、今年の夏のおわり。
ひと月たっても、調味料の瓶は
母がならべた順番のまま。
その夜は、ひさしぶりの残業だった。
娘には、帰りが遅くなるとだけ送っておいた。
玄関をあけると
廊下の奥がほんのり琥珀色にあかるい。
台所の灯り。
中学生の娘は、とうに眠っているはずなのに。
テーブルの上に、黄色い付箋。
「おかえり。ごはん、レンジのなか」
指先が、すっとつめたくなる。
「お」の点が、大きい。
レンジをあけると
ラップにくるまれたおにぎりがふたつ。
いびつな三角のうえに
もう一枚、付箋が貼ってあった。
こちらは見なれた、娘の丸い字。
「おばあちゃんに頼まれてたやつ。机の引き出しにしまってた。ママが疲れてる日に一枚ずつ、だって。のりは失敗した」
老眼鏡をかけて、もう一度、母の付箋を手にとる。
字がすこしだけ、ふるえていた。
いつのまに、あの子にたくしていたのだろう。
のりは、たしかに失敗している。
けれど塩かげんだけは、母のおにぎりと、おなじ。
ひとつぶも残さずに、食べた。
新しい付箋を一枚はがして、ペンをとる。
「ただいま。ごちそうさま」
冷蔵庫に、母の付箋とならべて貼る。
あと何枚、残っているのか。
娘には、きかないことにした。

雪綴ゆき

Mr.Qさんの「拝啓文芸部」に
参加させていただきました。
今週の宛先は「残されたメモ」です。
今夜、あなたの「残されたメモ」を
そっと思いだしてもらえたら、うれしいです。
お題記事
雪綴ゆきの物語を、映像で
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