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短編ミステリー「ホワイトキューブの悪魔」 第5話

    第1話はこちらhttps://note.com/why_narab/n/n05f1b885d6cf

    ここから解決編に入ります。

    5

     三人が次々に驚きの声を漏らす。
     皆をうまく納得させる自信はなかった。しかし既に眞維子の頭には、この茶番の意味、消えた凶器の行方と恐ろしい可能性、そして告発すべき人物が浮かんでいる。
    「今から説明するのは突拍子もない結論です。まずひとつ言えるのは、犯人はわたし達の中にいないかもしれないということ」
     そう前置きし、ある説を語る。そして全員で管理事務室へと向かうことを、あえて小声で提案した。

    「信じられないな。目の前でそんな事態が起きていたなら、俺達の誰ひとり違和感をもたないなんてことはないだろう。万が一当たっていたとして、どうやって代理人を説き伏せる気だ?」
    「ううん、半信半疑ではあるけれど……風間さんに話してみる価値はあると思うわ。私達、上津さんほど目は良くないしね」
    「慎重に慎重を期してなら、試してみてもいいんじゃないでしょうか。案外冷静になってくれるかも」
     消極的な上津を横目に、高柳と赤井坂は揃って眞維子に従う姿勢を見せた。
    『どうしました、急に声を潜めて。私の苗字が聞こえたような気がしますが』
    「風間さん、今から事件の真相をお話しします。すぐに全員で管理事務室に向かうつもりです。勿論力ずくでここを脱出するつもりはありませんから、安心してください」
     眞維子は一度息を吸ってから、改めて力強く言い切った。
    「わたしには、あなたが求めているであろう答えを提示する準備ができています」
    『それは楽しみです。しかし、管理事務室の場所など皆様はご存じないでしょう? ロビーの東側に控え室がありますので、そちらへお越しください。私も今から向かいます』

    「……で、誰から行きます?」
     誰も動き出さないのを見て、赤井坂が不安げに口を開いた。眞維子はそっと彼の右袖を掴み、自分も不安で仕方ないという風に囁く。
    「言い出しっぺのわたしが初めに行くべきですよね。でも何だか急に怖くなってきちゃったので……すみません、赤井坂さん。一緒に前を歩いてくれませんか?」
    「おう、そうしな。放送でもあんたが最初に名前を呼ばれたしな」
     上津がすかさず揶揄するように言った。
    「あんなの五十音順か何かでしょ」
     不満げな赤井坂だったが、眞維子が媚びるように体を寄せながら「お願いします」と頼んでみせると、わざとらしくため息をついて大人しく歩き始めた。
     彼に寄り添ったまま眞維子も部屋を出る。
     背後に上津と高柳の足音を感じ、自分の鼓動を奇妙な冷静さで聞きながら。

     控え室は雑多な空間だった。段ボールや緩衝材といった梱包材がところ狭しと積まれ、展示用パーテーションやパイプ椅子が無造作に並ぶ。部屋の中央にだけ何もない空間があり、ぽつんと置かれたパイプ椅子に風間が腰掛けている。
     二番目に入室した眞維子は、目の前の赤井坂を軽く突き飛ばし、上津と高柳が入ってくる前に扉を閉めた。すぐさまドアノブの中心の鍵をひねると、錠の下りる軽快な音がした。

    「おい。何のつもりだ」
    「え? どうして扉が……あと二人は? 全員で入るはずじゃなかったんですか」
     締め出された上津が声を張り上げ、閉じ込められた赤井坂は訝しげに眞維子を見た。
    「これが結論ですか」と、椅子に腰掛けたままの風間が問う。眞維子は黙って頷いた。
    「二人だけで納得しないでください。僕にも分かるよう説明してくれませんか」
    「説明ですか。しても構いませんか、風間さん? 必要ない気もしますけど。……何しろここにいるのは、だいたい分かっている人ばかりのはずですから」
    「ええ。是非聞かせてください」
     即答した風間は、座りながら体の正面を眞維子達に向けた。
     彼の顔立ちは端正で、どこか中性的だ。体つきは男性としては華奢な方。洒落たツーブロックの黒髪から覗く耳元には、一粒石のピアスが光っている……

    「ではお話しします。風間さんが知りたいのは勿論、あの女性を殺した犯人の正体ですよね。ですがその話をする前に、前提をはっきりさせておきましょう」
    「前提ですか」
     他人事のように平坦な声色で言う風間。赤井坂は腕組みをして、思いの外冷静に話を聞いている。
    「自分で試してみてよく分かりました。あの第二展示室で、視覚に頼らず人を殺すなんて無理だって。犯行は別の、もっと明るい場所で行われたんです。部屋が暗闇に包まれるより……いえ、恐らくはわたし達が集まるよりも前に」
    「妙なことをおっしゃいますね。では、あの階段の上に立っていた人物は誰だったというんですか? あのとき既に事件が起こっていたなら……」
    「その前にひとつ確認を。風間さんは確か、あの女性のことを『ひとりきりの大切な女性』だとおっしゃっていましたね」
    「言いましたよ。決して嘘ではありません」
    「でしょうね。ただしあれは、恋人という意味ではなかった」
     眞維子は深呼吸をする。

     実のところ控え室へ向かう道中、自分の考えは本当に正しいのかと不安に思っていたのだ。しかしここで改めて風間の容貌を眺めることで、確証が得られた。
    「亡くなった女性は……ご家族ですよね? 察するにあなたの、お姉さんか妹さん」
    「その通り、二歳違いの姉です。風間未沙樹みさきといいます」
    「似ていらっしゃるわけですね」
    「よく言われます」
    「きっと、化粧をしてウィッグを被り、スポットライトなんて浴びてしまえば、遠目では見分けがつかないことでしょう」
     緊張で喉が渇くのを感じ、唾を飲み込む。
    「もっとはっきり言いましょうか。展示室が暗闇に包まれる前、階段の上に現れたあの人物の正体は――風間辰樹さん、あなたですね」

     風間は驚きもせず、促すように首をそっと傾けた。
    「これは想像ですが……あなたはわたし達を案内する前に、美術館のすぐ近くで未沙樹さんの死体を発見したんじゃないでしょうか。それで、お姉さんを殺した犯人はわたし達四人の中にいると思った。その正体を暴くために、この茶番を仕組んだんですよね」
     容疑者四人に捜査ごっこをさせることで、その中に潜む犯人がボロを出すのを待つ。それが風間の計画だったのではないか。
    「あ。早まらないでくださいね」赤井坂が慌てた様子で話に入ってきた。「犯行が美術館の外で行われたとすれば、犯人が僕達の中にいるというのは風間さんの思い込みかもしれない。案外、公園でターゲットを物色していた不審者の犯行かも。その可能性に目を向けてもらえるよう、みんなであなたを説得するつもりだったんです。直接話したほうが聞き耳を持ってくれるだろうからって、揃ってここへ」
    「分かりました、もう結構です。では成河様、続きを」
    「犯人への憎しみを抱えつつ、平静を装ってわたし達を会場へ案内した風間さんは、やがて未沙樹さんに扮して階段を上りました。……これ、実は予定通りだったんじゃないですか?」
     衣装やメイク用品は、姉と弟のどちらが魔女に扮するつもりだったとしても必要になる。しかし弟が姉に扮するためのウィッグなどは、予めそのつもりで用意しておかなければ存在しえないはず。
    「思うに未沙樹さんはヤスミン本人か、どうしても顔出しをしたくない作家のために、身代わりを演じる予定の人物だったんでしょう。でも今日わたし達の前に姿を現す役だけは、弟のあなたが務めることになっていた。これも想像にすぎませんが……」
     眞維子は悲しげに眉を寄せ、声を潜めて言った。「きっと、あなたにとってお姉さんはとても大切な人だったから。わたし達みたいに――他三人の事情は知りませんけど――ヤスミンへの屈折した感情を抱いた人間の前になんか、立たせたくなかったんでしょうね」
     風間の表情がわずかに歪む。眞維子は確かな手応えを感じた。
    「だからあなたは自らの手で、大切なお姉さんを殺した犯人を……どうにかしてやろうと思った。それがこの茶番の正体です」
    「どうにか、ね」
     風間が独り言のように呟く。これまでの話を肯定したも同然だった。

    「風間さんが階段上に現れてしばらくした後、照明が落ち、展示室は闇に包まれました。その中で轟音が響き、わたし達は何かが起きたことに気づきます。あれは何だったんでしょう。風間さんが階段から飛び降りた音……ですかね? それとも、何か他の重いものを落とした? 相当な大きさのものになると思いますが……」
     この場では何もかも自信満々に語るつもりでいた眞維子だが、この件だけはそうもいかなかった。
     何しろ彼女自身腑に落ちていない。階段上に血痕がなかったことを考えると、あの轟音は死体を投げ落とした音ではなかったはずだ。まずそんなことをすれば死体損壊である。かといって、何か他のものを落とせば片付ける手間が余分にかかるし、飛び降りに至ってはほとんど自傷行為だ。どれにしても、行うに足る理由が説明できない。
     しかし風間は一切口を挟まなかった。
     ……ならこれで合っているのか?

    「ともかくあの音を立てた後、風間さんは素早く空洞の中に入りました。そこであらかじめ隠しておいた死体に、自分の着ていたローブを着せた。たぶん、ばれない程度にスマホのライトか何かで手元を明るくして。その上で死体を外に出し、自分は空洞の中に潜んでいたんです」
    「ん? ……待ってください。否定しないってことは本当に飛び降りたんですか? どうしてそんなことをしたんですか」
     動揺のためか、しきりに眼鏡を上げながらどこかずれた質問をする赤井坂。彼の様子を見て、眞維子は自分の決断――告発すべき人物の選定に誤りはなかったと確信する。
    「再び照明が点き、わたし達の前に死体が現れます。その後赤井坂さんが死亡確認をして、風間さんがこう言いました。『ヤスミンが殺されたですって?』……あれでわたし達は、風間さんが管理事務室から話していると思い込んだ。本当はすぐ目の前にいたのに」
    「私はいったいどうやって、そんな場所からスピーカーで返事をしたというのですか」
    「あれは録音した音声だったんです。あの状況なら、赤井坂さんでなくとも誰かが『人が殺されている』または『あれは死んでいるのか?』くらい言っていたはず。その発言の後に音声を流すよう、協力者に指示しておいたんですよね」
    「私に協力者がいたと?」
    「はい。この美術館の中に、あなた以外のスタッフが少なくとももうひとり潜んでいるはずです。その人が音声と照明を操作していたんですよね?」
     その人物は今も管理事務室にいるのだろう、と眞維子は推測する。思えば、職員の申し出といえど美術館を貸し切りになどできるものだろうか。下手をしたら何もかも風間の嘘で、バックヤードでは今も学芸員などのスタッフが通常通り勤務しているのかもしれない。
    「そうしてわたし達が部屋を移動した後、あなたもこっそり空洞を抜け出して管理事務室に移った。そこで化粧を落とし、結局今ここにいるというわけです。さぞ忙しかったでしょうね」
     風間が愉快そうに手を打った。
    「素晴らしい。……だいたいその通りですよ。つまり私は皆様に、答えのない謎解きを強制したということです。それについては申し訳ございませんでした」

     眞維子は彼の目をじっと見た。漆黒の瞳の奥に、そこはかとない安堵の色が見える。
    「果たして、私がこうも手間のかかる真似をした意味はあったのでしょうかね」
    「ありましたよ。……殺したはずの人間が目の前に現れ、もう一度誰かに殺された。しかも、その犯人として疑われているのは自分達。そんなあり得ない状況で、あなたの期待通りパニックに陥り、おかしな行動に出た人物がひとりいました」

     眞維子と風間の視線は、同時に一点へと向けられる。
    「赤井坂慶史さん。彼が風間未沙樹さんを殺害した犯人です」


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    和居

     
     
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