
🍚 50歳で脱サラしたうなぎ屋が、なぜ東京ミッドタウンで行列をつくれるのか?
先日、東京ミッドタウン八重洲にある「炭焼うな富士」に行ってきました。
ひつまぶしを、一度ちゃんと食べてみたいと思ったからです。
以前、近所のうなぎ屋さんに行ったとき、隣のテーブルの人が食べているのを見て、ふとそんなことを思いつきました。
ネットで調べて、たどり着いたのがこのお店でした。
🏮 開店前から、すでに行列
ネットには、開店前の11時頃に行った方がいいと書かれていました。
そこで11時前に到着。
ところが、すでに行列ができています。
11時になると、お店の方が「ご予約のお客様」と声をかけました。
すると、10数人のお客さんが次々と店内へ入っていきます。
これは座れるのだろうか。
少し不安になりましたが、なんとか入ることができました。
そんな人気店だったとは、まったく知りませんでした。
しかも、よく考えてみると、有楽町のガード下にある同じ「うな富士」の前を、私はいつも通っていたのです。
見ているようで、見ていないものですね。
🍚 ひつまぶしには、食べ方がある
最初に出てきたのは、キュウリのお漬物。
これが、なかなか美味しい。
そして、いよいよひつまぶしです。
お店の方が、食べ方を丁寧に説明してくれました。
まず、おひつの中身を4等分します。
1杯目は、そのまま。
2杯目は、ネギやわさびなどの薬味を添えて。
3杯目は、出汁をかけてお茶漬けに。
そして4杯目は、自分の好きな食べ方で。
なるほど。
同じうなぎなのに、食べ方を変えると、味わいも変わります。
最後は自由というのもいいですね。
帰ってから調べてみると、こうした食べ方は名古屋ではよく知られているものなのだそうです。
私は知りませんでした。
名古屋の人には当たり前でも、私には新鮮な体験だったわけです。
🏦 銀行員だったら、どう評価しただろう
メニューを見ると、創業者の方の話が載っていました。
脱サラして、うなぎ屋を始められたそうです。
私は、この話に興味を持ちました。
銀行で融資の審査をしていた頃、飲食店という業種には、かなり厳しい目を向けていたからです。
飲食店は、比較的参入しやすい業種です。
しかし、続けるのは難しい。
特に、店舗を借りて営業している場合です。
売上が上がろうが下がろうが、毎月の家賃は発生します。
人件費や食材費、光熱費もかかります。
開店当初は賑わっていても、それが何年も続く保証はありません。
銀行の審査では、こうした点を厳しく評価していました。
今回のお店は、東京ミッドタウン八重洲です。
実際の賃料は知りませんが、相当な金額ではないでしょうか。
そんな場所で、開店前から行列ができている。
銀行員時代の自分だったら、この事業をどう評価しただろう。
そんなことまで考えてしまいました。
👨🍳 50歳から始まった物語
帰ってから、創業者のことを少し調べてみました。
創業者は、水野尚樹さんという方です。
水産大学校を卒業後、養魚飼料メーカーに勤務し、うなぎなどの飼料の研究開発に携わっていました。
そして50歳で脱サラ。
1995年、名古屋で「炭焼うな富士」を開業しました。
うなぎに関する知識や経験は豊富だったのでしょうが、それでも飲食店の経営となれば話は別です。
しかも、50歳からの挑戦です。
すごいものですね。
ところが、調べていくと、さらに面白いことが分かりました。
もう一人、岡田憲征さんという経営者が登場するのです。
岡田さんは、名古屋で複数の飲食店を経営する、かぶらやグループの経営者でした。
もともと水野さんは、かぶらやグループのお店のお客さんだったそうです。
岡田さんは、水野さんにのれん分けをお願いしました。
水野さんは、本気なら勉強に来なさいと応じたそうです。
そして2018年、岡田さんのグループは、うな富士の事業そのものを引き継ぐことになります。
当時、水野さんは後継者がいないことに悩んでいたそうです。
一方、岡田さんは、水野さんの味を受け継ぎたいと考えていました。
こうして、二人の経営者によるバトンタッチが実現したわけです。
🤝 一人ではなく、二人の経営者
私は、この話がなかなか面白いと思いました。
50歳で脱サラして、名古屋に繁盛店をつくり上げた水野さん。
その味に惚れ込み、事業を引き継いだ岡田さん。
一人の経営者が、最初から最後まで事業を大きくしたわけではありません。
一人がつくり上げたものを、別の経営者が受け継ぎ、さらに広げていった。
ここに、今回の成功の秘密があるのかもしれません。
もちろん、本当のところは分かりません。
美味しいうなぎを提供することと、その品質を維持しながら店舗を増やしていくことは、必ずしも同じ能力ではないでしょう。
水野さんは、うなぎの研究を重ね、独自の味をつくり上げた。
岡田さんは、飲食店経営の経験を持ち、それを事業として広げていった。
それぞれの持ち味が、うまく組み合わさったのかもしれません。
しかも、単に事業を売った、買ったという話でもなさそうです。
水野さんは、その後も相談役として関わり続けています。
創業者が築いたものを、次の経営者が引き継ぐ。
言葉にすれば簡単ですが、実際にはなかなか難しいことだと思います。
💡 何事も、やりようがある
私自身、銀行員として多くの企業を見てきましたし、その後、自分でも経営に携わってきました。
それでも、商売が成功する理由を正確に説明するのは、なかなか難しいものです。
成功した後から、その理由を説明することはできます。
しかし、成功する前に、それを見抜くのは簡単ではありません。
銀行の審査では、どうしても失敗するリスクを考えます。
一方、経営者は、そのリスクを引き受けながら、どうすれば事業を成り立たせられるかを考えます。
今回のうな富士の話には、さらに別の視点がありました。
一人の経営者だけでなく、別の経営者にバトンタッチすることで、事業が新しい展開を見せることもある。
何事も、やりようがある。
そんなことを思いました。
ただ、その「やりよう」が何なのか。
実のところ、私にもよく分かりません。
今回のケースでは、二人の経営者の出会いに、そのヒントがあるような気がします。
50歳で脱サラした人が始めたうなぎ屋が、30年以上を経て、東京ミッドタウン八重洲で開店前から行列をつくっている。
その裏には、うなぎの味だけではなく、人と人との出会いや、事業を引き継ぐという物語もあったわけです。
商売というものは、やはり面白いですね。
ひつまぶしを食べに行っただけなのに、ずいぶんいろいろなことを考えてしまいました。
もちろん、肝心のひつまぶしは、とても美味しかったです。
次は4杯目をどう食べるか。
それもまた、楽しみです。