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損保営業5年から夫婦でオーストラリアへワーホリ

    「あぶな坂」という中島みゆきの記念すべきファーストアルバム「私の声が聞こえますか」の一曲目の曲があるんだけれども、1976年に出されたこの曲、みゆきの楽曲はYou
    Tubeにもほぼないしサブスクにも一部有名楽曲しか存在しないアンチインターネット楽曲なので、原曲を聞く事は難しいと思うのだけれど。
    この楽曲の作る世界観というのは、ゆらゆら何か不安に(おそらく生きること自体の不安に)あおられながら坂を上る人がいて、それを眺めている人がその様子を描写して歌っているもの。
    無名人インタビューというのもそういう、人生という坂を(坂なのか? 海とか平地ではなく)上っている人を長め記録していくことなのかなと思ったりします。
    いろいろな人生があります。人生に正解はないです。うらやましかったり、自分じゃなくて良かったなと思う人生があります。お腹を抱えるおかしさもあり、好奇心をくすぐられるのぞき見の感覚もあり、興味をそそられる知的探求のおもむきもあります。
    どうしてこんなに面白い他人という存在を今までないがしろにしてきたんだろうなと思っています。あ、いやまあ、今まで知り合いの範囲で情報がおさまっていたってだけか。
    せっかくインターネットやってるんだから、本当にマジで知らない人たちの話も聞いて、それであわよくば自分の転機にしてもいいし、なんだっていいぜ。
    今日の無名人インタビューもよろしくお願いもうしあげます!! 斧田氏見にね!(主催:qbc)

    今回ご参加いただいたのは Ayumi さんです!

    現在:日本が厳しすぎて、コロナに対して。もう嫌になっちゃって。

    石井:今、どんなことをされている方でしょうか。

    Ayumi:今、仕事としてはIT系の、ソフトウェアの会社で働いています。

    石井:何年ぐらいお勤めの会社なんですか?

    Ayumi:大体1年半ぐらいです。

    石井:1年半ぐらい。職種はどういった?

    Ayumi:カスタマーサクセスです。

    石井:ずっとカスタマーサクセスのお仕事をされてるんですか?

    Ayumi:いえ、この会社で初めてです。

    石井:どうして新しい職種を始められたんですか?

    Ayumi:元々新卒で損保会社で営業として働いていて、5年間働いた後にちょっと営業職に疲れてしまった部分があって。ずっと数字を追ってたりとか、連絡がひっきりなしにきたりとかで疲れてしまって、その後全然違う仕事をしようと思って、また全然別の会社で総務職をやったんですけど、あまりに自分の性格と適性と合っていなくて、実質半年でクビになってしまって。

    石井:合ってなかったっていうのは、どういった点だったんですか?

    Ayumi:そもそもその会社が本当にビジネスライクで、自分はどっちかというと仲間とわいわい仲良くやりたいタイプだったので、性格も合ってなかったですし。自分、細かいことはあんまり気にならないタイプなんですが、総務職ってやっぱそこが一番大事で。いかに会社のメンバーが働きやすくなるかとかってところが、自分大雑把なので全然気づけなくて向いてませんでした。

    石井:なるほど。でも今聞く限りだと、そのこと自体はあまりネガティブに捉えてらっしゃらないんですね。

    Ayumi:そうですね。やっぱりやっててこれは自分は本当に性格的に向いてないなと思ったので。それが新卒でいきなりそれだと自分仕事できないんだって落ち込んでたと思うんですけど、5年営業普通にやれてたので、また営業系に戻ろうっていうふうに思いました。

    石井:でも営業には戻らず?

    Ayumi:そうですね。なんかまあ、営業がやりたかったっていうよりはやっぱ人と喋れるような仕事がいいなと思って、営業もカスタマーサクセスもお客さんを持って対話する仕事なので、営業とかカスタマーサクセスで見てました。

    石井:そうなんですね。カスタマーサクセスの仕事ってされていてどうですか?やりがいだったり。

    Ayumi:そうですね。5年間損保で働く中で、お客さんにとって必要なものっていうより、会社が売りたいものを目標に向かって売らなきゃいけないっていうのがものすごく心苦しくて。それを達成するのがゲームみたいに頑張れる人もいると思うんですけど、私は全然そこはもう、ただすいませんって気持ちになっちゃって無理だったので。
    今の会社に入るときに、それよりお客さんの気持ちをすごい大切にしているみたいなのが面接で出てたので入ったんですけど、結局どうしても会社の目標があるので、同じような感じはあって。途中からは他のメンバーよりは私この仕事、頑張れないなと思いました。

    石井:思っていたのとは少し違った。

    Ayumi:そうですね。ただちょうどそう思って悩み始めたくらいのときに、同じカスタマーサクセスのチームの中でも、新しいチームが立ち上がって、そっちの立ち上げやってみないかって言われたので、今そっちをやっていて。それは今までの仕事で一番向いてるなと思ってます。

    石井:新卒以降で?

    Ayumi:そうですね。

    石井:どういった点が向いてるんでしょうか。

    Ayumi:はい。カスタマーサクセスって結構、どこの会社さんも大体3段階に分かれてまして、ヘビーユーザーに向けた綿密な対応する部署と、中間ぐらいの部署と、あとはこのソフトウェア使い始めとか規模小さい会社とかで、人が対応するっていうよりはマニュアルとかチャットポットとかそういうシステムで対応して、自力で使ってもらうみたいな。その3つに分かれてるんですが、一番下の層が今までなくて、そこを私が1から作り上げるのを今やってます。

    石井:向いてるっていうのは立ち上げる部分ですか? それともその仕事の中身ですか? 対応するっていう。

    Ayumi:ちょっとなんでかわからないんですけど、元々自分ものすごく0→1が苦手だと思ってたんですが、なぜか今回は出来て。1個あったのは元々損保が締め切りとか、お客さんへの態度とかリスクヘッジにかなり厳しい業界だったんですが、今の会社がものすごくそこの意識が低くて。なので元のその厳しい環境でやってたことをお客さんが困らないような体制作りとかに上手く生かせたりとか、起こりうるリスクを思い浮かべて先に私がバリアはれるような仕組み作ったりとかっていう、昔その経験がものすごい生きて今はすごいうまくいってます。

    石井:なるほど。それ自体ものすごく向いてるっていう話というよりは本当に今までの経験がうまくはまったからっていう感じですね。

    Ayumi:そうですね、自分は0から1を目指すのがとても苦手な人間だと思ってたので自分自身が何か新しい、自分でもできる分野があるんだっていうのがわかったのは結構嬉しかったです。

    石井:ありがとうございます。お仕事以外だとどういうことをされてるんですか?

    Ayumi:そうですね、でもこの仕事、あと2週間で辞めるんですけど。

    石井:そうなんですか。

    Ayumi:仕事が嫌で辞めるわけではなくて、元々が海外に行くのがすごい好きで、年に4回は行ってたんですけど、コロナで行けなくなっちゃって。外国にも結構友達がいるんですけど、話聞いてると本当に日本が厳しすぎて、コロナに対して。もう嫌になっちゃって。10月からオーストラリアにワーホリに行く予定で辞めます。

    石井:そうなんですね。お仕事以外だと今はそういう準備だとかに時間を使ってらっしゃる感じですか?

    Ayumi:そうですね。英会話とか、あっち行って何かお小遣い稼ぎじゃないですけど、オーストラリアの情報とかを書くライターみたいなのも準備したりとかしてます。

    石井:どうしてオーストラリアを選ばれたんですか?

    Ayumi:もう日本にいるのはちょっと無理だなと思ったのが去年の秋くらいからなんですが、ワーホリもほとんどの国が受け付けてなかったんですけど、12月にオーストラリアが再開しますって言って、イギリスとかアイルランドとかカナダも行けたんですけど抽選制で必ず行けるわけじゃなくて。でもオーストラリアは必ず行けるので、そういう消去法です。

    石井:オーストラリアで何をするかは、まだはっきり決まっていないんですか?

    Ayumi:そうですね、全然もう、向こう行ってから仕事探すっていう感じですね。

    石井:やってみたいこととか楽しみなことってあるんでしょうか?

    Ayumi:でも、そんなバリバリに働こうお金稼ごうってよりはせっかく海外に住めるので、海外というかオーストラリアっていう国に長期でいれるので、観光じゃ行かないようなところには行ってみたいなと思っているのと、でも働くんだったら、そうですねやっぱ、何がいいんだろう、あんま考えてなかったですね(笑)
    でもせっかくなので英語をちゃんとネイティブと話せるような仕事がしたいです。

    石井:英語は抵抗がないんですね。

    Ayumi:ベラベラではないですけど、結構、元々海外行ってたので日常会話くらいだったらそこまで困らないって感じですかね。

    石井:ありがとうございます。少し戻るんですけど、日本が嫌になったっていう部分について、どうしてそう思われたかもう少し詳しく伺ってもいいですか?

    Ayumi:そうですね。やっぱコロナで、単純に海外旅行ができなくて、日本から出れないっていうのがまず結構ストレスがあったのとコロナ禍で割と日本人の「もうちょっと改善した方がいいんじゃない?」っていう部分が見えてきてしまって。
    例えばですけど、最初は本当にコロナっていう病気が症状も大変でしたし、未知の存在で怖くってみんな予防してたと思うんですけど、途中から、コロナかかった人が「あの人コロナ」って言うみたいな、そっちが怖くて結構、特に地方とかだとそういうので監視社会じゃないですけど、人と違うことしたくないみたいなっていうふうに私には見えてしまって。あと、私、実家が北海道なんですけれど、住んでるのは今東京で。家族がすごいコロナ気にしてて、正直、他の友達とかは全然帰省してたんですけど、私はなんかもう東京はコロナの爆心地みたいな感じで思われてて帰れなくて。

    石井:はい。

    Ayumi:祖父が、去年の7月に亡くなって、その時も私は東京の者なので、お葬式とか行けない、当然来ないぐらいの感じだったんですけど。1個ものすごく嫌だったのが、そうだったはずなのに、父親がおじいちゃんのお葬式の前の日に東京に出張に来てたんですね。なのになぜかうちの父親はおじいちゃんの葬式に参加してて、それはもう差別じゃんと思って。
    なんかもうそこからすごい、こんなとこ居れないなじゃないんですけど、別にそれってうちの家族もそうなっちゃってるのもやっぱ今のこの社会の雰囲気だなみたいなのがあって、今までは結構おばあちゃんとかおじいちゃんとか高齢だから、亡くなるとかもあるかもしれないからあんまり長期で遠い国とか行かない方がいいかなとか思ってたんですけど、いやもうどうせこんな理由で会えないんだったら、もう海外行きたいなっていうふうになってきちゃって。

    石井:それがきっかけで?

    Ayumi:そうですね、真剣にもう外出たいなって思ったのはそれがきっかけです。

    石井:そのときの出来事は話されたんですか? ご両親とかには。

    Ayumi:もうその時は本当にそこが全然筋が通ってないと思ったので、結構もう今までにないぐらいには怒ってというか、ブチギレた。
    もう本当に話したくなかったんで電話もしばらく出なかったですし、結構限界がきてたんですよね。

    石井:うーん。なるほど。

    Ayumi:いや、なんかそうですね、いくら東京流行ってるって言っても、もう別に地元札幌なんで向こうも流行ってるし私もリモートワークが多いっていうのもあって、なんか一応対策はしつつも、もう結構ちょこちょこ帰らせてくれるようにはなりました。

    石井:それは去年ぐらいの出来事だったっていうことですね。

    Ayumi:そうですね去年、はい。

    石井:ありがとうございます。
    ちなみにオーストラリアは、海外だから寛容っていうのはそうだと思うんですけど、状況は少し違いますか?

    Ayumi:オーストラリアは今ほぼ何の規制もないです。現地の友達に聞いたら、職業柄マスクしないといけないとかはあっても、本当に全然、プライベートで過ごす部分については、ほとんど誰もマスクしてないって言ってました。

    石井:日本じゃない光景ですね。

    Ayumi:そうですね。まあ最初行ったらそれはそれでちょっと怖いかもしれないですけど。

    石井:海外に行かれるのが好きなのはどうしてなんですか?

    Ayumi:そうですね。なんか元は大学時代にタイに行ったときに、なんかすごいエネルギーを感じて、日本よりも言ったらお金はないはずなのになんか日本人よりもすっごいエネルギッシュで皆楽しそうに生きてるなって思ったので、力もらえるから好きになって。
    その後は、留学生と一緒にアジア料理のお店、路面店みたいなのをやる機会があって、そこでいろんな国の人と喋って、文化違うって面白いなって思って、いろんな国を見たいと思ってからは本当に海外が行くのが好きになって。やっぱり日本ではない気づきがあるっていうのが海外が好きな理由です。
    あとは働き始めてからは、営業で常に土日も構わず取引先から電話出るみたいな仕事だったので、リフレッシュするのには、国外でないと電話がきちゃうので、とかはありました。

    石井:結構現実的な理由ですね。

    Ayumi:そうですね、両方ありましたね。

    過去:あのままいってたら多分嫌なやつになってたと思うんで

    石井:Ayumiさんは、どういった子供でしたか?

    Ayumi:そうですね。子供、本当に小さいとき、幼稚園まではそんなに、何だろう、うーん、年中までかな、端っこで先生と遊ぶみたいな子でしたね。

    石井:結構はっきり覚えてらっしゃるんですね。

    Ayumi:そうですね、東京だったんですけど、年中の時が。元がうちの親も北海道の人で、あんまり合わなかったみたいで、なんか自分もそうですね、あんまりはっきり覚えてないんですけど、でも多分あんまり合わなくて、それで、そうですね。あんまり友達がいた記憶ないので、静かに遊んでた気がします。

    石井:その後転園された?

    Ayumi:そうですね。父の転勤で小樽に引っ越して。
    小樽の幼稚園は結構周りも元気な子が多くて、クラスメイトの子がみんなじゃないですけど、3,4人同じピアノ教室に通ってて結構いる時間も長かったんで、そこは仲良くなれたっていう記憶があります。

    石井:なかなかない状況ですね、皆が同じ教室に通うっていうのは。

    Ayumi:ちょっとなんでかわかんないですけど(笑)。

    石井:そこから少しタイプが、変わられた感じですかね。

    Ayumi:そうですね。でも完全に元気で明るい、活発みたいになったのは、小学校に入ってまた引越しするんですけど、父の転勤で。

    石井:転勤族だったんですね。

    Ayumi:めちゃめちゃ転勤族です。小学校1年生の2学期に札幌に転校してからがもう、結構今の原型みたいな感じになりました。

    石井:何があったんですか? その要因として。

    Ayumi:何だったんだろうな。その小学校がすごい転校生が多い小学校で、地方とかに転校すると割と「知らない人来た!」みたいな、ちょっと最初は探り探りみたいなのがあったりするんですけど、その札幌の小学校はもうむしろめっちゃ来て慣れてるから「新しい友達来た!」みたいな感じで、最初からすごい明るく接してくれて、多分それに引っ張られて自分もすごい活発になりました。

    石井:それが小学生くらい?

    Ayumi:小学校一年生の途中です。

    石井:そこにはしばらくいたんですか?

    Ayumi:いや、そこすごい楽しかったんですけど、小6の2学期にまた釧路に転校することになりまして。

    石井:卒業ギリギリですね

    Ayumi:そうですね、あれはもう多分、人生でコロナに並んで結構つらい時期だったっていうか。

    石井:何があったか伺ってもいいですか?

    Ayumi:ちょっとさっき言った感じなんですけど、釧路って地方で、結構閉鎖的な雰囲気がある町で、しかも1クラスしかない小学校だったんで、1学年。

    石井:はい。

    Ayumi:もう6年間いる1クラスの人で出来上がってるので、さらにあんまり入れ替わりないんで、ウェルカムっていう感じでもないですし、もう居場所がないし、人生で初めて結構いじめとか不登校みたいなのとか目の当たりにして。ちょっとでも男の子と喋ったら、あいつ好きなんじゃない? みたいなこともあって、もう札幌の小学校と真逆で。なんでこんなとこいるんだろうってなっちゃって、すっごい毎日つらくて。小学生なのに悩みすぎて1日3時間とかしか寝れなくて。すごい暗い、暗ーい気持ちで生きてました。

    石井:それはいつ頃終わったんですか?

    Ayumi:それは小6の2学期だから、中学校入って、バレーボール部に入ったんですけど、バレーボール部の練習がすごいきつくて。
    バレーボールっていう新しい挑戦とものすごいきついバレー中心の生活してるうちに、なんかいつの間にか忘れてました。メンバーが変わったっていうのもあるんですけど中学行って。

    石井:そういう交友関係みたいな部分では、悩まなくなったっていうことなんでしょうか。

    Ayumi:うーん、交友、、バレー部が、先輩がいい人だったんで、そうですね。あとは、もう中2で札幌にお家建てて引っ越すって決まってたので、釧路から出られるんだっていう。

    石井:その後は割と楽しく過ごされてたんですか?

    Ayumi:いえ。札幌に転校して中2で、それで、なんていうんだろう、割と私勉強ができたので、転校したときに、春の学力テストみたいなので転校していきなり1位を取ってしまって、目立ってしまったんですね。
    しかも先生に、生徒会人足りないから入ってくれって言われて転校してきたばっかなのに生徒会の何とか長みたいなのやって、ピアノも弾いてたんで、ピアノの伴奏とかもやって、なんか中学で見たらだいぶ優等生みたいなのが多分、やっぱあの年代って人とと違うと、すごいとかって素直にそう思うんじゃなくて、なんかこう、いじめたりとかしてしまう年代じゃないですか。

    石井:ええ。

    Ayumi:それで自分もちょっとうがってたとこはあったから、良くなかったとは思うんですけど。なんかちょっと変に目立っちゃって、先生に気に入られてるとか言われたり、ボスみたいなのに目をつけられて、一定期間無視されたりとか、部活でも、そのボスの子分がいたんで無視されたりとかして、別に楽しくはなかったですね。

    石井:つらいっていうほどでもなかった?

    Ayumi:いや、つらかったんですけど、今思うと結構つらいはずなんですけど、釧路の小学校にいたときよりは元気でした。

    石井:釧路の体験で底ができてるんですね、その時点で。

    Ayumi:そうですね、多分釧路が嫌すぎて、札幌の、今思うと普通にいじめなんですけど。あと、もうその時中2過ぎてたんで、多分この人たちと同じ高校行かないなと思ってたんで。

    石井:なるほど。

    Ayumi:もう自分はいいや、勉強頑張って絶対こいつらと関われない高校行こうと思ってたっていうのもありますね。

    石井:それがあったから乗り越えられた?

    Ayumi:でもなんか1人だけ部活で、近所に住んでる子がいつでも自分の味方というか。あの年のときって誰かがあいつハブろうって言うと、自分本当は何にも恨みなくても、一緒になって無視しないと自分が今度無視されるみたいなとかで結構同じことしないといけないって思って皆動くとこあると思うんですね。

    石井:はい。

    Ayumi:自分が本当そういうのが嫌いで、ボスがハブろうとか言っても、自分がその子に恨みなければやらないっていうか、もし言いたいことあるなら言いますし、っていう性格だったってのは多分中学生にとってはただの鼻につくやつだったと思うんですね。
    なんかそういうので折り合いがつかなかったんですけど、1人だけ自分が私に対して文句あったらそれははっきり言うし、私が別に悪いことしてないなら私は周りがなんと言おうと無視とかしないよっていう子が1人いたんで、その子がいなかったら本当、中学で救いはなかったですね。

    石井:その方とは今も交流されてるんですか?

    Ayumi:いや、高校時代までですかね。

    石井:高校はさっきおっしゃってたように、みんなが来れないところに行こうっていうのは成功したんですよね?

    Ayumi:しましたね。本当に1人しかいませんでした。

    石井:高校時代はどうでしたか?

    Ayumi:高校も1年しか楽しくなかったですね。

    石井:1年は楽しかった?

    Ayumi:1年生は、札幌の楽しかった小学校みたいな感じで、男女関係なくすごい仲良くて。高校の女子には珍しく、本当に女子全員仲良かったんで。今でもそこは繋がりあります。

    石井:その後また少し色々あった。

    Ayumi:何かまた2年生になって、私の苦手な何かこう、女子のたむろじゃないですけどちょっと悪口を裏で言うみたいなのとか、いつも同じ人といるみたいな感じのクラスで、なんか楽しくなくて。自分はその中一緒にいるみたいな相手も見つけられず、そうですね楽しくなかったですね。

    石井:部活とかされてたんですか?

    Ayumi:部活はゆるーいやつしかやってなかったんで、クラス楽しくなくても部活行けば、みたいなのもなかったんで、もう誰よりも早く家帰ってました。

    石井:お家で何か楽しみなことってあったんですか?お家というか学校以外で。

    Ayumi:うーん。ないですね。

    石井:今その時を振り返ってどうですか。

    Ayumi:今振り返ると、本当に何してたんだろうって感じですね(笑)何してたんでしょうね。でも、勉強が全然嫌いじゃなかったんで、やっぱり進学校だったので、別に友達とそんな遊ばなくても、勉強しないといけなかったってのはあります。
    そうですね。勉強してたからそんな暇とも思ってなかったです。ただ、全然楽しくはなかったです。

    石井:大学生以降の人間関係はどうでしたか?

    Ayumi:大学生がもう1番、やっとこう本来の自分を取り戻したというか。大学まで行くと、まずそういう、しがらみみたいな、いつも誰かといないとかわいそうみたいなのとかなかったんで、本当に純粋にいて楽しい人と話しますし。小中高とかと違って、授業によってメンバーも違うし、人によって時間割も違うんで、誰かといなきゃみたいなんじゃなくて本当にいたい人とその時にいれたっていうのが、多分合ってたんだと思います。

    石井:そのとき一緒にいられた方ってどういう方々だったんですか?

    Ayumi:クラスがたまたま一緒の人だったんですけど、でもなんか、私には最初、すごい女子の派手な集団に見えてて、絶対お友達になれないと過去の経験から思ってたんですけど。ちょっと食堂とかで喋ってて、なんか言い方悪いんですけど、そんな感じに見えない、そういうグループにはいなそうな子が一緒にいたんで、「あれ、もしかしたらこの人たち本当は話しやすいのかもしれない」と思って自分も話しかけてみたら、なんかいつの間にかその子たちと一緒にいたって感じです。

    石井:じゃあ大学生が割と充実していた?

    Ayumi:そうですね。大学はクラスの女子も好きでしたし、なんかサークルも自分の大学だけじゃなくて、いろんな大学の人もいましたし、何よりすごいアルバイトがめちゃめちゃ楽しくって。アルバイトが大好きだったんで、大学時代は本当に毎日楽しかったですね。

    石井:どんなアルバイトされてたんですか?

    Ayumi:サンドイッチのサブウェイです。

    石井:それはどういうところが楽しかったんでしょうか。

    Ayumi:そうですね、まずは今までが結構、そもそも中学はあまり楽しくなかったんですけど、高校って同じぐらいの頭の人しかいなくて、やっぱ中学で成績が良くて高校で進学校行ってってなると、今は全く思わないんですけど、頭が世間的に良いって言われてる人じゃないとあんまり自分で話合わないのかなってなんか思っちゃってて。勝手に自分で交流できる人を制限してたというか。でもそのアルバイトに入ったときに、めちゃめちゃ仕事できる人がフリーターとか、大学何留もしてる人とかで。最初絶対合わないと思ったんですけど、その仕事ぶりとか見てると、めちゃめちゃ仕事できるから、自分の中でそこですごい考えが変わったというか。そこから自分もそういう人とも交流して見習って仕事して。世間的に頭良いって言われる国立大にいるだけじゃ絶対に出会えなかった、いろんなバックボーンある人とかギャルとかいて、すごいそれが楽しくて。そこのメンバーは今でもめちゃめちゃ頻繁に会います。

    石井:じゃあもう本当それはお仕事を一緒にするメンバーが割と影響が大きかったっていう。

    Ayumi:そうですね。そこでの経験が、それこそ海外の人とか多様な人とも喋るとかにも全然抵抗なくなったってのもありますし、その後も営業とかする中でも、どんな人でもちゃんとその人の目線に合わせて話せるようになったとか、かなり今の自分に修正してくれたっていう感じがあります。

    石井:修正してくれた。

    Ayumi:そうですね。あのままいってたら多分嫌なやつになってたと思うんで(笑)親にも言われてましたし。

    石井:大きな経験だったんですね。

    Ayumi:そうですね。一番そのサブウェイが、今の自分を作ってる大きな経験だと思います。

    未来:あの出会いがなかったら、私こんなオーストラリアに30歳になるのに無計画で行こうとか思わなかったですね。

    石井:5年後、10年後に、こういうことをしていたいみたいなものってありますか?

    Ayumi:あー、5年後より今に近くなっちゃうんですけど、オーストラリアワーホリが目標じゃなくて、本当は世界一周がしたかったので、オーストラリア行って1,2年ワーホリしたら、世界一周を1年ぐらいしたいと思ってて。それやって多分日本に帰ってきたら2,3年後とかで。オーストラリアと世界を回る経験って、多分今自分が今後こうしたい、こんな働き方したいっていうのと結構考え方が変わるかなと思ってて。
    なんで色々考えてたんですけど、日本に帰ってきたら何しようって、なんかあんまりたくさん考えても多分変わるなってのがあって。だから正直あんまりそんなにちゃんとは考えてないですね。

    石井:考えてないっていうのもそうですし、きっと考えても仕方ないから考えないっていうところもあるんですね?

    Ayumi:そうですね。

    石井:じゃあ本当に5年後10年後は、特に何も決めてないし分からない?

    Ayumi:分からないんですけど、でもなんかやっぱり理想ではあるんですけど、もうそんなにガチガチの会社員で働きたくはないなっていうのはあります。

    石井:それはさっきおっしゃってた、今思っている今思う理想の働き方っていうところと近いですか?

    Ayumi:これからしたい働き方。

    石井:さっき世界一周したらそれが変わるかもしれないと。

    Ayumi:そうですね。世界一周してきて考えが変わるかもしれないけど、今のところは、会社で毎日週5で働くとかっていうのは、もうあんまりしたくないなあとは思ってます。

    石井:もっと自由な?

    Ayumi:そうですね。っていうのを、大体今何年だろう、全部足したら多分7年ぐらい。普通に会社員として働いてきて、3社全然違う会社で働いてきて、自分は多分、人に指示されると納得いかないとあんまり進められなくて。なんか一番最初が1万5千人ぐらいいる会社だったんで、もう全然こんな下っ端に何かの決定権はないので、上から言われたことやるしかないなっていうのは普通に思ってたんですけど。

    石井:はい。

    Ayumi:今、50人ぐらいの会社で、全然自由に意見言わせてもらえるし、今立ち上げのところにいるんで好きにやってはいるんですけど、でもやっぱ結局、誰か上がいる限り自分がすごい納得してるわけでもないことをやらなきゃいけなくて。納得いかないまま、会社のためにやらなきゃいけない、お客様のためじゃなくて会社のためにやらなきゃいけないっていう仕事をやらないといけないようなところでは、あまり働きたくないなって思います。

    石井:それは気持ちとして抵抗があるからでしょうか?

    Ayumi:そうですね、気持ち、、
    そうですね。自分の性格として二つあって、まず自分が納得してないことはやりたくない。それともう一つ働く上で、お客さんのためにだったら全然いろいろ頑張れるんですけど、そのベクトルが企業の儲けるためとかになっちゃうと、いくらお客さんにこれいいですよとかやっても、私はやっぱりそういうのすごい元々苦手なんで。でもどうしても企業に所属して、自分がトップとかじゃない限りそれが生まれちゃうので、何かそういう、自分の気持ちに背くような働き方はあんまりしたくないなって思います。

    石井:それはそれでいろいろ働き方がありそうですね。

    Ayumi:そうですね。ただそれが何なのかがわからなくて、はっきりは言えないなっていう感じです。

    石井:ありがとうございます。何か今楽しみなことってありますか?本当にすごく近くのことでものすごく遠いことでも大丈夫なんですけれど。

    Ayumi:楽しみなこと。

    石井:はい。

    Ayumi:楽しみなことは、いやでもやっぱり、オーストラリアに行って、普通に海外住んだことはないので、海外の観光とかじゃなくて、暮らしができるっていうのはすごい楽しみですし、やっぱりコロナとかマスクとか、コロナなくなったわけじゃないんですけどオーストラリアも、気持ちの面では、日本よりは柔軟なところに行けるっていうのが、やっぱこの2年半ずっとそこを耐えてきてたので、すごい楽しみっていうか嬉しいですね。

    石井:やっぱりコロナは大きいんですね。

    Ayumi:そうですね。でもコロナなければ、多分私オーストラリアにワーホリ行こうとは思ってなかったんで、元々は世界一周して、その後ずっと日本いて、海外での普通の暮らしっていうのは特にやろうと思ってなかったんで、良くも悪くもコロナは大きいきっかけですね。

    石井:ありがとうございます。ワーホリとか世界一周とかをして、こうなっていたいみたいなものってあるんですか。生き方というか。

    Ayumi:そうですね、自分の面で言ったら、やっぱり今までって別にこれやりたいと思って働いてたっていうよりは、割と結構その時々の自分なりの条件に当てはまる会社で働いてたっていうだけだったんで、何か本当に自分がやりたいことっていうのが、オーストラリアとか世界一周で見つかれば嬉しいなあって思う反面、別に何も見つからないかもしれないんで、そうなったら多分強制的に自分は探すだろうなって思ってます。
    あとはちょっと今、コロナの一連で結構日本が嫌いになりかけてるんで。やっぱでも世界行ったら絶対に日本の方がいい点があるっていうのもわかってるんで、もう1回日本ってやっぱいい国だなって思えるようになりたいですね。

    石井:なるほど。ありがとうございます。
    少し戻るんですが、今までの人生の中で一番大きな転機って何だと思いますか。

    Ayumi:転機。大きな転機。一番かはわかんないんですけど、考え方変わったなっていうのは、さっきのサブウェイとその後もあって、沖縄のゲストハウスに行ったときなんですけど。沖縄のゲストハウスに行って、そこがすごい、なんかこうこの人たちどうやって稼いで生きてんだろうみたいな不思議な人がいっぱいいて。ちょうどそれが私が損保辞めて有給の期間を使って、沖縄から北海道まで電車とかで縦断してたんですけど、そこの沖縄のゲストハウスで会った人が、私、望んで損保を辞めることにしたんですけど、でもやっぱすごい安定した給料とかあった会社だったんで、とは言えちょっと不安もあったし、やっぱそういう会社って、割と5,60までそこで勤め上げるのが当たり前だったので、自分がもし世界一周とかしたかったら、ずっとしたかったんですけど、それでも老後かなって思ってたんですね。

    石井:うんうん。

    Ayumi:だけど、そこの沖縄のゲストハウスで、出会った人たちが結構みんな自由に生きてて。そんな老後まで元気かわかんないじゃんみたいな。確かにそうですし、なんか結構その時々でやりたいことも、好きだから沖縄来たとか、お金をちょこっと稼いだらすぐ海外行くとかそういう人も結構いて、なんか自分が生きてきた中でどうしても今までって、いい大学いい高校いい会社みたいな人ばっかりだったんでそんな人いなくて、こんな生き方してるけどしてる人もいるんだって思ったんですね。
    しかもどう見ても、同年代の疲れてる大人たちよりもめちゃめちゃ生き生きしてたし、それ見て、運よく日本に生まれたんだから、滅多なことで仕事なくなったからって、今やってる仕事辞めたからって死ぬとかないなって思ったときに、なんかせっかくまだ元気だし、別に今なんかしょってるものもないし、好きなことを若いうちにやろうと思って。
    あの出会いがなかったら、私こんなオーストラリアに30歳になるのに無計画で行こうとか思わなかったですね。なんかやっぱそこで会った人たちがまあまあ年上、ってかほぼおじいちゃんみたいな人もいたんですけど、元気にそれでも生きてたんで、やりたいことやらなかった後悔の方が嫌だなって思えるようになったきっかけですね。

    石井:確かにそれは方向性としては結構大きく変わりますね。

    Ayumi:そうですね、結構やっぱそこまでがみんなずっと昇進とか考えてるような世界の人たちに囲まれてたので、何千万もらえるみたいな。すごい、結構衝撃、いい意味で衝撃でした。

    あとがき

    人生ってどこで変わるかわからないものですね。
    大学生の時のアルバイトかもしれないし、沖縄のゲストハウスかもしれないし、未曾有のパンデミックかもしれない。

    インタビューをしていると、自分の人生を説明するのは難しいことだと改めて思います。
    過去の出来事は確かに今の自分を作っているようで、それっぽく聞こえる因果関係も、実は細い細い線にすぎないのかもしれない。

    でもそんな風に何がどう繋がるかわからないからこそ、綺麗な説明なんてできないからこそ面白いし、なんでもできる。というかなんでもしていいんだと、教わったインタビューでした。

    ワーホリと世界一周、影ながら応援しています。どうかお体に気をつけて。

    インタビュー担当:石井

    編集協力:komima

    #無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #海外移住 #ワーキングホリデー

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