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鎌倉のゲストハウスに住み込むライフコーチ

    コーチング受けたことありますか? 実は私はqbcはないんですよ。
    「無名人インタビュー」はコーチングにめちゃくちゃ影響受けてるんですけど、ないんです。
    コーチングを勉強した人に何らかのサービスを受けたことはあります、キャリアカウンセリングとかね。あと、コーチの人にインタビューも、5人前後は、きっと(ああ早くデータベース作らないと)、しています。
    いずれにしろ、人と人とが接することに関してテクニックを介入させるという発想は良いものだと思ってます。
    「インナーゲーム」という本も知っていていいと思います。

    インナーゲーム(inner game)とは、勝負において、競技者の外側の世界で実際に行われるアウターゲーム(outer game)に対して、競技者の心中で行われるもうひとつの勝負のこと。テニスコーチのティモシー・ガルウェイ(英語版)が、レッスンを通して考案し、1974年に著作 "The Inner Game of Tennis" の中で発表した考え方。ガルウェイは、心の中のインナーゲームに勝つことが、アウターゲーム(実際の勝負)に勝つための近道であるとしている。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0

    いかに人がまあ、目の前の現実にかどわかされやすいかというお話。
    今日の無名人インタビューもよろしく楽しんでいってくださいねえ!!(主催:qbc)

    今回ご参加いただいたのは ひつじ さんです!

    現在 : 好きなことで人生を満たしたい

    のの:今、何をされている方ですか?

    ひつじ : 今はライフコーチっていうお仕事と、ゲストハウスの宿直勤務をしているのと、あとは趣味程度ですが、筋トレを結構本格的にやっていて、今度大会に出る予定があります。

    のの:そのライフコーチっていうのは具体的にどのようなお仕事なんですか?

    ひつじ:スクールやコーチによって定義が若干異なるのですが、私が考えるのは、悩みを持っている人に対して、こっちから目標の達成方法を提示するんじゃなくて、クライアントさんの感情に寄り添得ことで感情や価値観に合った新しい解決方法を引き出すっていうようなお仕事になります。

    のの:その仕事っていつ頃からされてるんですか。

    ひつじ:ちょうど1年ぐらい前ですかね。

    のの:ライフコーチを始めようと思ったきっかけってあるんですか?

    ひつじ:そもそもクライアントとして私がコーチングを受けていて、ずっと。
    それですごいなって感銘を受けたのがきっかけですね。

    のの:実際に悩みとかがあって、ライフコーチを受けた感じですか?

    ひつじ:そうです。元々消防士をしていたんですけど、それがもう就職前の段階から向いてなくて、いつか必ず転職するって決めていたんですが、やりたいことがよくわかんなくて、それでやりたいこと探しからコーチングを始めましたね。

    のの:実際にやってみて、前の消防士より自分のやりたいことに近いですか?

    ひつじ:めちゃくちゃ近いですね。人とお話するのもそもそも好きですし。なんだろう、上辺だけじゃなくて本音をお互いさらけ出した状態で関われるのがすごく嬉しいですね。

    のの:それって実際に対面で会ったりとか、オンラインとかでもされてるんですか?

    ひつじ:基本はほぼオンラインですね。対面のセッションは、これから今住んでるゲストハウスでそういうサービスを始めようと思っていて、宿に泊まった方に対して。
    それが実現すればそこからオフラインもって感じになりますね。

    のの:なるほど。筋トレは大会にも出られてるってさっきおっしゃってたんですけど、結構大きい大会なんですか?

    ひつじ:そうですね。ベストボディジャパンっていう大会があるんですけど。10月の枠で地区予選に出ようと思っていまして。頑張ろうと思ってます。

    のの:筋トレも、結構前からされてるんですか?

    ひつじ:いや、どうだろう。そもそも触り始めたのは高校1年生なので10年前なんですけど。でも競技者としてスポーツのための筋トレだったので、ボディメイクっていうところでちゃんと始めたのは、いつだろう。それも1年前ぐらいかな。

    のの:なんで大会に出てみようって思ったんですか?

    ひつじ:いつからかSNSで筋トレ自慢をするようになりまして。自慢したらちやほやされまして。ちやほやされて乗せられてるうちに「大会出れるよ」っていう声も出始めたんですよね。じゃあ出るかってなって、勢いのまま大会出る宣言をしました。
    おだてられてうまくここまで来ちゃった感じです。

    のの:なるほど。今はゲストハウスに住まれてるんですか?

    ひつじ:そうです。完全に住み込みでやってます。
    2年前かな。最初普通にお客さんとしてゲストハウスに泊まってたんですけど。そのときにすごいいいなって思ったんですね、雰囲気が。
    消防士をしていると、職場の人以外とのコミュニケーションが全然なくて。
    外部と触れたいなって思ったりとか、私を知らない人と喋りたいなというふうに思ったことがあって。
    で、すごい旅の人たちがよく使うような宿でコミュニケーションも盛んらしいし、、、
    泊まったらやっぱり良くて。
    この4月から、亀時間という鎌倉の宿に住み込んでるんですけど。

    初めてここに訪れたときも、居やすい空気感を感じたんです。コミュニケーション取らなくてもいいし、取ろうと思ったらすごい声かけられるし。程よいバランスが取れたと言ったらいいのかな、そういうふうに一気に魅かれて、いつかここで働こうって漠然と思ってましたね。
    それからしばらくしてその思いも忘れて、漠然とモヤモヤしていたんですけど
    コーチングを受けてからはっきり思い出して、ゲストハウスで働こう!って決意しました。
    多分心の中にゲストハウスへの憧れがずっとあったんだと思います。

    のの:そのコーチングを受ける前と後とでは、だいぶ考え方というか、変わったんですか。

    ひつじ:変わりましたね。より自分らしさを信じれたりとか、あと至らない自分を許せるようになった気がしていて。
    消防士ってすごい完璧を求められるんです。
    もちろん命を扱うものですから、ミスは許されませんし。現場で想定していない事態が起きても臨機応変に対応できなければいけないと思うのです。
    でも私はそういう能力が同期に比べて低いなと感じる事が多くて、訓練でミスしたり、迷惑かけたりするとすごく自分を責めますし、すごい反省するんですよね。

    もっと他の同期みたいにならなきゃと思っていたんですが、コーチングを受けてからは
    「これはもう私の個性なんだな、変わらないや。」って諦めて認める事ができたんです
    そういう自分の個性にあった生き方を見つけようって。
    例えばコミュニケーション下手だったりとか、人見知りだったりとか、リーダーシップが取れない自分を、別にそれはそれと認めておけるようになった気はしますね。

    のの:自分を変えるっていうよりは、自分を認める感じが近いんですかね。

    ひつじ:そうですね。認めるが近いと思います。素の自分に戻るっていうふうにおっしゃる方が多いです、コーチングを受けてる人で。

    のの:趣味とかってあったりしますか?

    ひつじ:趣味は筋トレ好きですし。お皿洗いとかしてる時とかはよく、歌ってますね。カラオケとかも好きだし、砂浜で歌ったりしますし、歌はめちゃくちゃ好きで。
    あと、TRPGっていう、あれはボードゲームなんですかね。RPGゲームをコンピュータじゃなくて、キャラクターを演じながら進めるみたいなやつがあるんですけど、それがちょっと好きです。
    有名プレーヤーが作った若干ホラーなシナリオがあるんですけど、そのシナリオばかりやっています。TRPGの中でジャンルも多岐に渡ってて。マッドサイエンティストとか、普段は絶対に言わないセリフを行ってみたり演じたりするのが結構好きですね。
    プレイヤーたちがどういう人間性を見せてくれるんだろうとか、他の人たちがキャラクターを演じる中で見せてくれる本音の部分みたいなのを探るのが、すごい楽しいです。

    のの:コーチングの仕事にも結構生かされてるんですかね?

    ひつじ:そうですね。淡々と物語を進めていくんじゃなくて、質問をして一段掘ってみてみるとか、そこからどんなアクションが生まれるのを待ってみるとか。
    それこそ相手に委ねるコミュニケーションはコーチングもTRPGも似てるような気がします。

    のの:仕事か趣味って言ったら、どっちの方が上というか、重視してますか。

    ひつじ:どうだろうな、趣味で言ったらいいのか。もう別に仕事も趣味もあんまり分けるつもりは自分はなくてですね。
    よく言うんですけど、好きなことだけで人生満たそうって思っていて。
    やりたくないことはもう絶対やんないと思って。なるべくですけど。
    やっぱりそれでも今もバイトとかしてますけど。でも自分に合わない場所だったりとか、役割を担って、また自分を忘れてしまうんだったら、好きなことをしたままずっと好きな自分でいようと思っています。だから趣味の方が結果的には比重が大きい気がします。

    のの:最近楽しかったこととかってありますか?

    ひつじ:最近楽しかったこと、なんだろう。
    ちょっと前になりますけど、めちゃくちゃインパクトがあったのは、コーチングコンバージっていうオンラインイベントなんですけど。全国の新人からベテランまでいろんなコーチたちの集まる、総会?みたいなのがあるんですよ。
    国際コーチとか海外の有名なコーチがゲストで招かれて。コーチングとはとか、世界基準のコーチングをもう1回洗い直してみようとか、コーチの効果って何だっけみたいなことをみんなで勉強するかっていうのがあったんですけど。
    アベンジャーズを見ている感覚でした!
    SNSで見たスーパーコーチもいるし、かつてのマイコーチもいたし、こんな若手のホープもいるのかみたいなのが、一つの画面に収まってコーチングについて話し合ってるっていう空間が、本当に楽しくて、、、最高でしたね。
    そこから出会いが生まれて、今一緒に活動してくれる人がいたりとか、
    仲間が広がっていったりとか、世界が広がる感じが本当に楽しかったですね。

    過去 : 自分のキャラクターを演じ続けないと、居場所がなくなってしまうと思っていた

    のの:過去についてもお聞きしていきたいんですけど、ひつじさんは子供の頃はどんなお子さんでしたか?

    ひつじ:子供の頃はですね、割と1人で過ごす時間が多かったかもしれないですね。
    好んでそうする時もあったし、意図せずそうする時もあったし。
    友達の家に行っても漫画読んでるとか、レゴを一人でやってるとかが多かったし。自分は覚えてないんですけど、親が言うには、幼稚園の遠足とかでも1人でご飯食べたらしいですね。会話するよりも、1人で黙々とレゴとかお絵かきとか、黙々と作ることに取り組んでる時間が長かったらしいです。

    のの:大勢で過ごすよりも1人の時間の方が楽なんですかね?

    ひつじ:おそらくそうですね。そのくせ、みんなで一緒にいるときに仲間外れにされるのは嫌っていたような思い出があるんですけど。
    面倒くさい子供だったんだろうなって思いますね、今思い返すと。

    のの:小学生ぐらいの頃もそんな感じだったんですか?

    ひつじ:小学校は、元々ちょっといじめられる傾向で低学年を過ごしていたんですけど、3年生で野球を始めてから、周りとコミュニケーションを取り始めるようになりました。
    そこから、結構変わりましたね。クラスのムードメーカーとまでいかないですけど、コミカルなキャラクターみたいな感じで振舞っていたと思います。
    なんていうんだろう、ギャグキャラ、ちょっとボケてみたりとかダジャレ言ってみたりとかしてましたね。
    運動神経はずっと良かったから、クラスで運動会とか、昼休みのスポーツとかの時はだいぶ目立っていたと思います。この辺りが大きな転機ですね。

    のの:1人の時が好きな自分か、その変わった自分だったら、どっちの自分の方が素に近かったんですか?

    ひつじ:入り混じっているような気がしてて。結局小学校6年生ぐらいになっても友達の家に行ったら漫画をずっと読んでるんですよ。
    だから、分けたいタイプだったのかもしれませんね。プライベートでは1人で過ごして、学校ではみんなとお話していたかったのかな。
    学校で自分だけ置いていかれるのが嫌で、頑張って放課後も過ごしていた感はあるかもしれないですね。

    のの:うんうん。

    ひつじ:1人の方が素に近いのかもしれませんね。漫画もレゴも1人でやるのが好きでした。
    あと、自分が想像したものを見てもらうのがすごい好きでした、そういえば。
    レゴもそうですし、絵も描いていました。小学校のあれです、全然レベルはあれなんですけど。とりあえず絵は上手だったので、みんなに自慢してましたね。自分の頭の中で頑張って練ったものを誰かに見せるっていう、私のコミュニケーションスタイルがそれだったのかもしれません、今思えば。
    自分の中の世界を誰かに開示したかったのかなって今思います。

    のの:なるほど。中学高校とかって、どんな感じでしたか?

    ひつじ:中学高校になるとまたちょっと雲行きが怪しくなって、だいぶ金魚の糞をするようになったんですよね、友達の。
    中学校も野球をやってたんですけど、みんな上手いし、私下手くそだったんですけど。
    みんなコミュニケーションのスピードとか圧も強くて、いろんな点で付いていけなくなかったんですよね。
    ちょっとかなり肩身が狭くなっちゃって。
    誰かの影に隠れながら過ごすような、3年間ずっとそうだったと思います。

    高校生になると、また転機がきました。
    「もう野球やだっ!」って陸上部に転向したんですよ。
    学校の運動部で一番楽そうなイメージの部活を選んだはずが「ちょっと肩を活かせないかな」と思ってやり投げを選んでしまったが故に、一番学校の部活中でつらい筋トレのメニューをこなすことになってしまって、3年間。
    そこで予定外にかなり筋肉がついたんです笑。

    またそこでだいぶキャラクターが変わったんです。
    今まではひたすら自信がなくて誰かの影に隠れて生活していましたが、筋肉によって初めて誰かに誇れるアイデンティティができたんです。
    ただ、周りから少し一目置かれながらも、だけどクラスに馴染む感じではなく、1人で黙々筋トレをする、、、みたいな。
    部活では生き生きしていて部長も任されていましたが、クラスではそれほど、、、
    そんな感じでした。

    のの:その頃って自分自身では、自分のことをどう思ってたか覚えてますか?

    ひつじ:自分のことをどう考えてたかなぁ。結局自信はなかったかな、当時。どうかわかんない。
    それでも部長っていう役職をもらったのもあって、全く自信がなかったわけじゃないですね。全国レベルの選手ではありましたし。だから自信がなかったわけじゃないけど、そう、競技者としての自信しかなくて。
    クラスに行ったらもう1人ぼっちだし、すごい不安でしたね、部活以外の時間ずっと。部活以外の時間のキャラクターが部員にばれたらどうしようみたいな不安もありましたし。そうですね。もう「俺には筋肉しかねえな」って感じでしたね当時は笑。
    そこで突き抜けるしかないと思っていった気がします。

    のの:元々は繊細っていうか不安を感じやすいみたいな?

    ひつじ:たぶんそうですね。繊細ですね。
    今振り返ったら些細なことも、幼い頃はいじめと捉えて親に言いつけてみたりとかしていたと思います。結構泣いちゃうシーンも多かったりとか。
    周りの目線はでもずっと気にしてましたね。
    だから段々と上手く自分のキャラクターを作り続けないと、自分の居場所がなくなってしまうとは思うようになったような気がします。

    のの:高校卒業してからは、どのように過ごされていたんですか?

    ひつじ:高校を卒業するときの進路の第1選択は消防士だったんですけど、選考に落ちてしまったので消防士になりやすい大学に進学しました。
    そこで救急救命士って資格を取得するための4年間のコースをとるんですけど、前半2年間は相変わらず金魚の糞って感じですね。みんな筋肉ムキムキだし。そこでアイデンティティをまた作れなくなっちゃって。
    しばらく周りについてまわって過ごしていたんですが、3年生になると定期テストのランキングが開示されるようになって、気付いたら割と上位にいたんです。
    そこでまた「俺すげえじゃん!」みたいな自信がつき始めたんです。
    あと、ちょうどそのタイミングで当時の親友がにある日突然、救急医療の学会に誘ってくれたんです。それがすごく楽しくて。そこから金魚の糞から卒業して、救急医療を突き詰めるような生活を送ってたように感じますね。

    のの:なるほど。

    ひつじ:それこそ、コーチングコンバージの話をさっきしましたけど、全国からいろんな医療知識とか、自分が知らない世界を持ち寄って、お互いにお話ができるっていう世界が文化祭のように感じられて本当に楽しかったんです。

    こんなふうに情報やそれぞれの意見が交わる場所で暮らしてみたいって心から惹かれたんですが、どうやら消防士の世界はそうじゃないかもしれないって感じる出来事がありました。
    ちょうど3年生のころなんですけど、消防署に実習に行かせてもらうんですよね。
    実際の勤務はどんな感じかって。そのときに「本当に俺ここで働くの?」っていう違和感を感じてしまって。
    すごく迷いました。大人ってこういうちょっと我慢しながら過ごすんだろうなみたいなことを考えたり、でも学会にいた大人たちはすごい楽しそうにお話されていたなあ、、、とか。
    それでも結局、学会で味わった「意見が交わる世界観」への憧れが消えずにずっと残っていました。
    それからは学外に飛び出して勉強するようになりました。
    私たちの学部は結構閉鎖的な学部だったんですけど、校内だけで勉強しましょうみたいな、こっちが一番、オンリーワンなんだからみたいな感じだったんですけど、なんとなく違和感を感じるようになったんです。

    いつも学外に誘ってくれる相棒がいたんですが、彼と一緒に学会に出たりとか、メディカルラリーに出場するチームに参加したりとか、看護師のセミナー行ってみたりとか、自分たちで主催をしてみたりとか、講師を呼んで。いろいろしましたね。ってことを本当に続けて、たぶん比較的熱心な救命士の学生ではあったと思います。

    のの:元々救命士になりたかったってわけじゃなくて、大学生のときになりたいって思ったんですか?

    ひつじ:本当は消防士に憧れていて。その消防士に憧れたのは親戚に救助隊をやってるおじがいたからなんですよ。だから元々は救助隊になりたかったんです私は。
    だけど学んでる分野ががっつり救急隊の方で。それをちゃんとわからずに入学したので私は。「やべぇ、こんな感じなのか、、、」って思って入学したんですけどね、当初は笑
    でもやってるうちに、だんだん楽しくなってきたんです。学力が開示されて、わりと俺知ってるじゃんってなったりとかして。
    さらに学会で年齢問わずいろんな人が発言してるのを見たりとかして、さらにのめり込みましたね。私が参加できる場所がそこで初めて得られた気がしたんです。
    元々救急が楽しかったっていうより、もしかしたら自分のアクションが何かに影響できるんじゃないかって可能性を感じた初めての体験だったのかもしれないですね。
    たまたま出会った救急医療が、そういう開花の分野だったって感じですね。

    のの:大学生の前半と後半でご自身の中でかなり変わったんですかね? 

    ひつじ:そうですね。変わりました、本当に。周りも変わったし。

    のの:元々周りの目を気にするタイプだったっておっしゃってたんですけど、その体験を得て、気にしなくなったとかありますか?

    ひつじ:いや、大学のその体験ではだいぶまだ気にしてましたね。気にした上でうまくそれが、承認欲求を得られていながら、うまくいっていたんじゃないかなと思いますね。そんな感じですかね。

    のの:元々承認欲求が強いタイプだったんですかね。

    ひつじ:そうかも知れないですね。承認されずに過ごしてきたような気がしていて、私の主観でしかないんですけど。
    さっき言ったのとまた別ベクトルの面倒くさい子どもで、ちっちゃい頃からいじめられたのもあったし、親ともあんまり関係が良くなかったんですよね。絶縁しているとかそこまでじゃないんですけど。
    言いつけ守らないし、言われたこと忘れちゃうし、朝起きれないし、よく壊すし、鍵閉め忘れたりとか、ちっちゃい頃からすごく親のストレスを溜めてしまう子供で、よく怒られたりとか。
    怒られている時間がコミュニケーションのベースだったんで。あんまり親に褒められたことは覚えてない。もちろん全くないわけじゃないですが、思い出深いものが何もなくて。やっぱりこう印象をぱっと思い起こすと、怒られてるシーンが思い浮かびやすいかなって感じですね。
    だから、何だろう、どこかで自分の心を埋めなきゃいけなかったのでしょうかね。

    のの:大学卒業して消防士になられてからは、どんな感じだったんですか?

    ひつじ:消防士になってしばらくはふてくされて過ごしていましたね。
    あれだけ頑張ってやった救急医療に携われなかったんです。
    多くの消防署がそうだと思うんですけど、最初は消防隊としての研修を積んで、キャリアをスタートするんで、救急車に乗せてもらえないんですね。そうすると頑張って積み上げてきた私のアイデンティティがまた崩れてしまって。
    さらに、縦社会で消防署はこうなんだっていうふうに指導されるので。
    やめようってなんとなく思ってた気がします。つまらないなあ、、、みたいな。
    納得できないこともやっぱり多かったですしね。
    ちょっとパワハラ気質なところが残っていた気がします。
    全体の前で叱責するのに抵抗がない人がいたりとか。
    なんだろうなあ。具体的なエピソードで覚えてるわけじゃないんですけど。特に消防学校とかは、すごいルールで縛られて生活してるんですけど、そのルールも曖昧な部分も結構あって。ちゃんと覚えてないんですけど、その曖昧な部分をみんな曖昧なまま罰則を受けたくないから曖昧にしとくんですよね。それってでも自分で自分の生活の幅を狭めてるんじゃないかと思って。私はそういうのが気持ち悪くなっちゃうんですよ。積極的に曖昧な部分に挑戦して、線引きをはっきりさせていました。面倒くさいやつだったと思うんです。

    のの:はい。

    ひつじ:挑戦がうまくいって、自分たちの生活できる範囲が広がるときもあるし。例えばお風呂上がりにスリッパ使ってはいけないみたいな問題があるんですけど、それが後日使えて、使ってよかったんだみたいなのが判明するときもあれば。
    あと、この時間は携帯使っちゃいけなかったんだみたいなのが明らかになって、連帯責任で罰則くらったりとかがあって。
    失敗することを割といとわない学生だったんですけど、教官とか周りからはあんまりそれがよく思われてなかったんです。
    失敗そのものを嘲笑するような文化があったような気がして。
    でもそれって、別に誰も挑もうとしないところに、私が挑戦してるんだからいろんな成功とか失敗があってしかるべきじゃないかっていうふうに違和感を感じていました。
    ごめんなさい、質問なんでしたっけ。

    のの:消防士になってから、どんな感じでしたかっていう質問です。

    ひつじ:そうでした。
    そんなふうに過ごしていて、、、、。
    やがて消防学校の研修が終わって、各市に配属されました。
    最初は消防士としての出来は悪かったですし、あと、先輩との関わり方もうまくいかなくて。最初は結構怒られたりとかしていた時期もありながら、でもやっぱりなんだかんだ私は1年もすればだいぶ馴染んでいました。
    割となんだかんだ仲いい人が多かったな。先輩とか特に。
    今も付き合いのある人もいますし、いい人間関係を築けたと思いながら、でもやっぱり自分の仕事には誇りを持てませんでしたね。
    救急隊って1日10件とか多い日は出るんですよ。
    現場で活躍している、ちゃんと仕事をしてるっていう実感があるんですけど、
    消防隊って、本当に1ヶ月に1回火災現場があれば多い方なんです。
    ひどい人だと就職してから5年間、全く消防活動したことないっていう方もいて、正直「俺は何のために訓練してるんだろう」って考えながら仕事をしてましたね。
    そんな中、周りの大学とか高校の同期がこんな活躍してるっていうのを聞いたりとかして「俺、取り残されてるよな」っていう、劣等感を感じていました。でもこの仕事にしがみつくしかないな、、、って思っていましたね。

    のの:はい。

    ひつじ:あと、職場のパワハラが問題になったことがありました。
    電話で市役所に1人ずつ呼ばれて、面接みたいなことをするんですけど。それがきっかけで、ざわつき始めるんですね。
    当然の消防署は、誰がやったんだみたいな犯人探しが始まって、元々ちょっとギスっとしてた人間関係が、完全に表面化してしまって、明らかな対立関係になってしまったんですよね。派閥が組まれたりとかして。
    職場での会話が実は録音されていたりとかみたいな感じになって。
    当時のことを思い出して『1984年』という小説みたいだなというふうに思うんです。

    のの:なるほど。

    ひつじ:どこでもビッグブラザーが盗聴器で見てますし。
    私自身もそういう空間にいて変わってしまったと思ってて。
    物語ではみんな二重思考をするじゃないですか。私も同じでした。
    派閥に所属していて、そこにいるときはただ場の空気に合わせてただ頷いていたのですが、でも一方では、そうやって憎悪に染まっていく職場に対して、あんまりよく思ってなかったりとか。
    なんだろうな、具体的に解決していく方法だけじゃなくて、ただ悪意を反芻するだけのコミュニケーションは結構多かったように感じるんですね、後半は特に。グチ大会ですね。
    でもそういうふうに変わっていく職場を見ながら、こうならないように気をつけようって思っていました。でも、気づいたら自分も悪意に染まっていたんですよね。
    運良くそれに気づいた時に、危機感を感じて仕事を辞めることを完全に決断しました。
    その時同じようにパワハラについて批判的に語っていた言ってた人も、今はちょっと部下に対してパワハラ気質があったりするのがとても気になっていました。
    この人変わったなって。
    でも自分も同じなんですよね。
    それからは、「ここにいちゃいけないな」と思いながら過ごしていた時間が多分長かったです。
    なんだろう。危機感だけじゃなくて、自分も変わってしまったという罪悪感も感じながら過ごしてた気がしますね。

    のの:でも、ここにいたら危ないみたいなものはちゃんと気付けたんですね?

    ひつじ:そうですね。元々そう言っていた話なんですよね、どこで言い始めたんだろう。
    やっぱり後輩として先輩を見ていると、あの人変わったなって思う瞬間があったりとかしたんですよね。
    あと、実際私より先に職場を離れていく先輩もいて、その人たちと話してると、危ないよっていう視点を教えてもらったりとかして。あらかじめ知っていた分だけ、私はそこまで引きずり込まれずにすんだ気がします。
    ただ、誤解しないで頂きたいのは、当時の消防士の人間性が悪だと思っているわけではないんです。ただ、消防署のシステムが救えないなと感じています。
    火災が全く起きないですから、自分をどう評価していいかも、ずっと分からず宙ぶらりんんで過ごしている人が多いのではないでしょうか。
    消防士って、理想の消防士像が一つあるから、自分を殺してそれに向かわなきゃいけないっていうのもありますし。

    のの:はい。

    ひつじ:それこそ全体主義が出来上がってる組織だなっていうふうに思ってしまって。
    自分の評価軸を勝手に決められてしまうし。
    自分のあり方を捨てて、完全に消防士になるっていう覚悟があるならできる仕事だと思うんですけど。
    多分並み大抵の覚悟で入っちゃいけないんじゃないかなと思ってます今は。
    だから人じゃなくて、組織のあり方が、システムが違うんじゃないかなと今は思ってます。
    みんな、プライベートで会うと楽しい人が実際多かったですし。
    特に階級が上がるほど自分の評価が下がるのが怖いですから。
    若いうちはまだ「新人だから」「若いから」って思えますけど、キャリアを積み重ねてもちゃんと評価してもらえないなら、長くは続けられないかなと感じました。
    ごめんなさい。すいません、ちょっと軸から外れたことを。失礼しました。

    未来 : 周りの人に進む道を背中で提示できるような人になりたい

    のの:未来についても聞いていきたいんですけど、5年後10年後、どうありたいかとかありますか?

    ひつじ:5年後10年後ですか。難しい。
    未来のことを考えるの得意じゃないんですけど、今、考えるのは…、結構コロコロ変わるんですよね。でも今考えるのは、そうだな、5年後からいくと…5年後は30歳か。難しいな。
    海外経験は経てます、きっと。
    一つ目標にしてるのが、もっと心が震えるような体験をいっぱいしたくて、人と出会うフェーズだったんですね、今まで。自分のあり方を模索するフェーズだったんですけど、
    今は人以外にも、出会いたい魅力的なものがたくさんあって。オーストラリアのタスマニア島ってところに「オーバーランドトラック」っていうトレッキングコースがあるんですよ。そこは追加のコースを含めると全長80キロぐらいあって、それを7日間ぐらいかけて歩くんです。電波も通じないし人工物が全くないところでサバイバルをしながら歩き抜くんですけど、そういう野生動物と隣り合わせの、生命の危機と隣り合わせの環境で死にそうになりながら、でも自然の雄大さとか星のきれいさとかを味わいながら過ごすっていうことをしたいなと思ってて。海外のスケールの大きい自然に触れ合いたいです。

    のの:はい。

    ひつじ:あと、ずっと課題なのが、価値観が交わる場所、誰もがありのままの自分に戻れる場所を作りたいなと思っています。
    今はそれがコーチングなんですが、もしかしたらゲストハウスを自分自身でも作るかもしれないなっていうふうに思ってます。

    あとは、なんだろうな。あと最終的な目標として、「安心感を醸し出せる筋肉」になりたいと思っているんです。本当にもう脳筋に染まっちゃったんですけど笑
    こう、存在だけで安心してもらえるような人になれたらいいなと思ってて。
    それはもう10年後にはある程度なってたいなっていうふうに思いますね。
    35歳、そんなふうになれたらいいなあ。

    のの:なるほど。

    ひつじ:まとめると、5年以内に海外経験を経ています。海外の方と交流をしたり、自然を味わったりして、もっと自分としてのあり方を広げる。
    5年後には多分専業のコーチとして、旅をしながらコーチングをしてると思いますね。
    ちょっとまた脇道それるんですけど、コーチとしての資質っていっぱいありますけど、そのうちの一つは、多くの価値観を知ってることなのかなと私は思っているんです。
    コーチがクライアントに対してやることって、100%信じてあげることなんですが、これからクライアントさん自身が持っている資質で、道を切り開いていくためにその人が持ってる、その人も信じれないものを、私がまずは信じてあげるっていうことが必要だと思っているんです。そのために必要なのが色んな価値観を知っていることなんです。

    信じるって突き詰めると知っていることだと思うんです。なんだろうな。ちょっと哲学的になっちゃいますけど、私達は例えば今自分が画面越しに通話していると信じ込んでいますけど、もしかしたらこの現実は、マトリックスみたいに作られてるものかもしれません。少し屁理屈っぽく聞こえますけどね笑
    しかし、この景色が作り物だということも知らず私たちは今見ているものこそが現実だって信じているんです。だから私達が既に知ってるものも突き詰めると信じるの最終形であって。(「水槽の中の脳」みたいな)

    だからいっぱいこれから、あり方を知る必要があると思っているんです。
    だからその第一歩は、ゲストハウスに来ていろんな人と交流することなんですけど、もっと自分自身も海外に行って、日本だけに縛られない国籍に縛られない在り方に触れて体感してみたいんです。なので異文化経験を5年以内に作ります。すいません、長くなりまして。

    のの:いえいえ。

    ひつじ:そうですね、10年後は本当にわかりません。
    多分、すでに価値観が交流する場所を作っていると思います。1対1だけじゃなくて、自分がいなくても自由に交流が生まれる。
    でも、イメージはやっぱりゲストハウスですね。ゲストハウスかコミュニティか。でも10年後にはとにかく場所を作ってますね。そこで私は安心感を醸し出しながら筋トレに興じながら過ごしてるっていうイメージです。

    のの:死ぬまでにこれはしておきたいみたいなことってありますか?

    ひつじ:死ぬまでに…。アートを仕事に組み込んでみたいです。本当に趣味程度でしかやったことないですけど、みんなで一つの音楽やアート作り上げるっていうことを1回でもいいからしてみたくて。
    それで誰かに喜んでほしいなっていうのがちょっとありますね。なんだろうなあ、死ぬまでに。
    本当に立派なこと言えないです、死ぬまでってなると。
    好きなことして死にたいですね。
    オーバーランドトラックに行きたいし。
    うーん…わかんないんですけど、宇宙に行ってみたいなっていうふうに。
    なんで今宇宙が浮かんだかというと、私はきっと前人未到の地を切り開けるような人になりたい。その、クライアントなのかなわかんないけど周りの人に進む道を背中で提示できるような人になりたくて。その一つが今一瞬宇宙な気がしたんですよね。
    そう、「背中で提示できる人になりたい」がメインです。そのために、ちょっとごめんなさい、抽象的かな。宇宙はちょっと違うかもしれないけど、死ぬまでにか。

    のの:どう思われていたみたい、ということでも大丈夫です

    ひつじ:何しててもいいっていうふうに体現したい。どんなふうに過ごしてても楽しいし。そう何しててもいいんだよっていうふうに体現できる大人になりたくて、やりきったなって思われて死にたい。わがままに生きてたなあいつは、っていうふうに思われて死にたいですね。うん、そんな感じ。

    のの:ありがとうございます。最後に言い残したことはありますか。

    ひつじ:言い残したこと、なんだろうな。でもだいぶ掘り下げていただきましたけど。とにかくわがままに生きて欲しいです。
    誰にも縛られず自分の価値を誰にも決めさせず、ただ自分がやりたいように生きて欲しいなっていうふうに思います。そうやって生きてる方が楽でしたっていうのを、もし聞いてくれる人とか読んでくださる人がいるなら、持って帰ってほしいです。そのくらいです。

    のの:ありがとうございます。

    ひつじ:今度、住み込んでいるゲストハウスでコーチングサービスを始めますんで、もしよければ鎌倉の亀時間にお越しいただいた際に予約してみてください。

    のの:はい。ありがとうございます。

    ゲストハウス亀時間でのコーチングはこちら!

    あとがき

    私はひつじさんにインタビューする前、正直コーチングって何だろう、怪しいサービスなんじゃないかと密かに思っていました。でも今回ひつじさんにインタビューさせていただいて、コーチングは素の自分を認めてあげることであると知り、ガラッとイメージが変わりました。素の自分を認めるなんて、出来そうでそう簡単に出来ることではないですよね。ひつじさん、インタビュー中もすごく生き生きされてて、ほんとに好きなことをして生きておられる感じが伝わってきました。私もひつじさんのように好きなことをして生きていけるような人になりたいです。

    インタビュー担当:のの

    編集協力:.mii

    #無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #コーチング #消防士

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