
少子化時代の子育てについてインタビューして考える|社会学インタビュー「子どもを持つ理由・持たない理由」
現在絶賛募集中の「子どもを持つ理由・持たない理由インタビュー」ですが、こんな感じのインタビューになるよ!
というイメージをお伝えさせていただけたら!
と思います。
インタビュー参加者は、今回の主役でもある吉岡さん!
実際のインタビューでは吉岡さんがインタビューをする側になるのですが、自分がする前に、インタビュー受けてみた! みたいな感じです。
去年出産した吉岡さんに、「子どもを持つ理由・持たない理由」インタビューをしてみました。
アンケート回答はこちらから!

は関係なくお答えいただけます!
資本主義の「餌食」になる週末
qbc:
今、実際に子育てをされていて、生活はどうですか?
吉岡:
経済的には、今実家に帰っているので逼迫はしていないんですが……居住地を大いに変えたいね、という話を夫としています。
子供がいなかった頃は本当に身軽だったなって思うんです。お店もどこだって行けるし、ミニシアターに夫と二人で夜レイトショーを見に行ったりできた。でも今は、週末もイオンモールばっかり行ってるんですよ。
qbc:
出ました、イオンモール(笑)。子育て世帯のインフラですね。
吉岡:
そう、便利なんですけどね。家のポストには「こどもちゃれんじ」のチラシが来て、写真館からは「お子さんの記念写真撮りませんか」って営業がすごい来る。
子供ができた途端、あっという間に消費社会の「餌食」になるんだなーって思ったんですよね。
qbc:
「餌食」という言葉に実感がこもってますね。
吉岡:
夫と話してるのは地方移住です。とにかく「週末毎週イオンモール」は回避したい。
「自然が綺麗」とか言うとすごいミーハーですけど、子供向けの100均プラスチックのおもちゃとかも回避したいなと思ってて。お金を払わないとサービスを受けられなかったり、娯楽を享受できなかったりっていう状況から抜け出したいんです。そういう意味で、居住地を大きく変えたいなと。
qbc:
消費させられるだけの生活への抵抗、ですね。今の仕事についてはどうですか?
吉岡:
会社員としての仕事は、いよいよあんまり興味が持てなくなってきていて……。
子供に対して、生き生きしている様子を見せられるか?と考えた時、会社員を続けても「お母さんはこういう問題意識でこの仕事にしたんだよ」って話してる絵が浮かばなかったんですよ。
qbc:
物語れない、と。
吉岡:
そうなんです。「あなたの教育費を稼ぐために会社員続けてるんですよ」みたいな、そういうちょっとした被害者感情みたいなのが出てくると、子供に対してもすごい失礼というか、良くないかなって。
それなら、大学院での研究的なお仕事……もし社会に小さくても何か貢献するんだったら、そっちの方が自分は適性があるんじゃないかと思って。昨年から急速に会社仕事へのテンションは落ちてますね。
qbc:
じゃあ、今は「研究」の方にシフトしたい?
吉岡:
漠然とですが、そう思っています。子供がいない時は、もっと「社会学」っていう専門もあって意識が高かったんです。「時代で一番の問題解決に資するアウトプットを出そう!」みたいな。でも子供ができると、目の前の生活に必死でそんなことも言ってられない。
それでも、「自分が一番得意なことで社会貢献したい」という気持ちは忘れないようにしたいですね。ただ、現実問題アカデミアのポストは少ないですし、お金や時間軸の観点でも厳しそうですけどね。

大阪の「一見普通で、ちょっと変な」家
qbc:
吉岡さんは、子供のころはどんな生活だったんですか?
吉岡:
出身は大阪です。大阪市内なので、かなり都市部というか、街中で育ちました。
家族構成としては本当に普通ですね。父と母がいて、3歳年下の妹がいて。父親は運送会社の一般的な会社員で、母親は専業主婦からパートをやっているような人で。
qbc:
絵に描いたような標準家庭?
吉岡:
そうなんです。ただ、教育方針は基本的に放任主義でした。あんまり「教育ママ・教育パパ」という感じでもなくて。でも、特徴的だったのは「本」への投資ですね。
私が「この本が欲しい」と言ったことについては、何の制限もなく、結構お金を使ってくれたり後押ししてくれたりする家族だったんです。
qbc:
本だけは無制限。
吉岡:
はい。私、ゲームとか……DSとかカードゲームとか、そういうのがあんまり得意な子供ではなかったんですね。なので結果的に絵本とか活字の本とか、ちょっと真面目な趣味になっちゃったんですけど、親はそこを制限せず、その子が一番興味があるところに惜しみなくお金や物を与えてくれた。
その影響で、大人になっても読書習慣が残りました。今、会社に勤めながら大学院で研究をしていて、文系の研究って基本的に論文を読んだり読書したりが中心になるので、その下地はこの時期に大いに作られたな、という感じはあります。
qbc:
お母様も本を読まれる方だったんですか?
吉岡:
母は物語系の小説をよく読んでいましたね。もう、話しかけても気づかないぐらいのすごい集中力でグーって読んでるタイプで(笑)。その影響だと思います。
qbc:
そんなご家族を一言で表すと、どんな家でしたか?
吉岡:
一言で言うと……「一見普通なんだけど、中身はみんなそれぞれちょっとずつ変わってる家」ですかね。大阪人っていうこともあってか。
私自身、自分はめちゃくちゃ普通の人生を歩むと思ってたんですよ。
qbc:
普通の人生、というと?
吉岡:
新卒で普通に会社に勤めて、年功序列で定年まで……もしくは途中で結婚して子供ができたらパートになって、とか。そういう昭和的な安定したルートを想像してたんです。
でも蓋を開けてみれば、20代で2回も転職して、早い段階であんまり予想せずに子供もできて、みたいな。全然こう、自分が思ってた安定した人生になってなくて(笑)。
qbc:
「計画通り」ではなかった。
吉岡:
そうですね。多分、本当に外から見ても中から見ても「普通の家庭」だったら、私もサラリーマンなり主婦なりを目指して、そのまま大人になったと思うんです。でも、うちの親のちょっと変わってたところ、放任主義だったり自由にさせるみたいなところがあったので、私もあんまり安定しない人生を選択する大人になってしまったな、と思ってますね。

マイノリティの楽園から、エリートたちの「普通」へ
qbc:
人生の価値観が変わったタイミングはどこでしたか?
吉岡:
大学入学のタイミングですね。私、中高時代が新設の中高一貫校で、ちょっと自由な校風の学校に通ってたんです。そこはもう、「変わり者・マイノリティを寄せ集めたような学校」で。
qbc:
動物園みたいな(笑)。
吉岡:
本当にそうです(笑)。セクシュアルマイノリティであることを普通に言っている子がいたり、将来的に画家になりたいとか音楽家になりたいとか、我が道を行く人たちがギュッと集まっていて。同窓会で集まったら、実際結構夢を叶えている人もいて感心します。
一方大学に入ったら、逆にみんなもっとエリートコースというか、安定した道を考えてるんだっていうのでびっくりした経験があります。「え、みんなそっちなの?」みたいな。中高がなければ今の自分はないですね。
qbc:
その頃、「子どもを持つこと」についてはどう考えていましたか?
吉岡:
中高時代は……そもそも性行為に対する漠然とした怖さがありましたね。「え?」みたいな。「太古の昔から、人間が生物として繁殖するためにそんなことをしてるの? 正気?」みたいな(笑)。
qbc:
生物としての営みへの疑問(笑)。
吉岡:
まさに狐につままれたような気分で。
その延長線上で、出産についても「挿入するもの以上の大きさの子供が出てくるの?」みたいな恐怖がありました。胎児なんてもっと大きいじゃないですか。「そんなの痛いし傷もできるし、やばい」って。母親やおばあちゃんはそれを経験してきたわけですけど、私は耐えられるのかな、と。子供は可愛いし漠然と欲しいけど、物理的なプロセスにビビってましたね。
qbc:
そこから実際に出産に至るには、何があったんですか?
吉岡:
実は私自身は子供はどっちでもいいというか、やっぱり出産への恐怖心でひよってたんです。ただ、夫が子供が欲しい人で。
夫が結構、人間的にすごい尊敬する部分がある人なんですよ。「私にはちょっともったいないな」って思ってるぐらいの人なので、その人の希望だったらいっちょ一肌脱ぐか、みたいな(笑)。
qbc:
すごい動機ですね。「この人の遺伝子なら残す価値がある」みたいな。
吉岡:
そうですね、遺伝子、というと優生思想みたいに生々しくなりますが、そんなシリアスな感じでもなく。まさしく「この人の子供を作りたい」ってことだったと思います。
あとは、大学時代に一番仲良かった友達が卒業してすぐパッと子供を作ったことも、大きかったです。あの子が出産を経験したなら私もいけるかな、と。彼女からリアルな妊娠の話とか帝王切開の手術の話を聞いて、「あ、じゃあ意外と耐えられるんだ、みんなやってるしな」って改めて思えた。それがきっかけですね。
qbc:
中高時代に恐れていた、出産への物理的な恐怖については、実際経験していかがでしたか。
吉岡:
やっぱり相当痛かったです(笑)。覚悟していたけど、陣痛や出産自体も、その後の傷の痛みも想像以上でした。「騙されたー!人間って全然動物だった!」って荒れていました。
二人目の壁と、100年後の夏
qbc:
お子さんについては、二人目をどうするか、という話もありますか?
吉岡:
いやー、これがですね、まだわからないっていう感じなんですよ。
今の環境で「来年産んでますか?」と聞かれたら、「ないですね」って即答します。一人育てるのでも結構大変で、まだ1歳ですし。
qbc:
何が一番のハードルですか?
吉岡:
やっぱり「環境」ですね。地方移住の話があるので、移住した後のライフスタイルがどうなるか。今の都市部よりも子育てはしやすくなる気がするし、お金もかからなくなるので有利にはなると思うんです。
もし、仮に地方に移住して仕事も決まって1年経ってます、という状況だったら、多分二人目を持っている気がします。
qbc:
ご自身のキャパシティというより、土壌の問題なんですね。
吉岡:
そうですね。あと、社会情勢の影響も実はあって。特に私の場合は「気候変動」です。最近はもはや「気候危機」って用語の方が浸透していますね。
普通に、夏場が暑すぎませんか?
qbc:
暑いです。命の危険を感じるレベルで。
吉岡:
自分も30歳とかですけど、子供が0歳で今生まれたら、その後100年とか生きるわけじゃないですか。その時にもっと猛暑日とかどうなってるんだろう、みたいなことはすごい不安で。
真夏にインタビュー受けてたら、「これ無理、生きられない!」って叫んでたと思います(笑)。今は秋なので「まあなんとか二人目産めるかもしれない」くらいのテンションですけど。
qbc:
その危機感は、日々の生活にも影響してますか?
吉岡:
してますね。移住先として涼しいところ、長野とか岐阜とかを候補に挙げているのも、個人的な対策を取りたいからです。
過去一番影響があったのは、やっぱり気候変動ですね。政治とかLGBTとか、意見が割れる問題と違って、気候変動って「夏暑いの、大体の人嫌だよね?」みたいな(笑)。対立がなく、止められるなら絶対止めた方がみんなが得じゃない?嬉しくない?って思う問題なので、自分自身の研究テーマとして据えようと決めた理由もそこにあります。

「スピード違反」の社会から降りる
qbc:
吉岡さんが子供時代だった頃と比較して、今の社会はどう変化したように感じますか?
吉岡:
スピードが速くなっている気がします。流行り廃りとか。私、K-POPアイドルが好きなんですけど、そのサイクルの速さとか。
あとはビジネスでも、AIが新しいモデルが出て、こっちは負けて、みたいな。ちょっともう手に負えないというか、ついていけない感じがしますね。
qbc:
その速さに対してはどう向き合ってますか?
吉岡:
以前は焦りがあったんですよ。「ついていかないと!」みたいな。でも最近は諦めですね。「これは無理だ」っていう。
変化の速さを楽しめる人、乗っかって行ける人はいいなって思うんですけど、私はおそらくそのタイプではない。だからこそ、今勤めているベンチャーの仕事はどうするか見切りをつけつつ、そういう「速さ」に影響を受けない生活を確立したいなと思ってます。
qbc:
競争から降りる、というよりは、自分のペースを守れる場所へ移動する、という感じですね。
吉岡:
そうですね。社会が良くなった点で言うと、いろんな価値観やライフスタイルが認められるようになったことかな。私がチャランポランな社会人生活をしてても、「もっとちゃんとしなさい」って言う人は全然少ないですし。
一方で、悪くなった点はやっぱり気候変動と、あとは……クマですね。
qbc:
クマ?
吉岡:
クマが出過ぎで怖いっていう(笑)。いよいよ人間が自然を侵食したが、人口減もともなって人間様の勢いが衰えてきて、返り討ちにあっているなという感じで見ています。環境保全とか言うと偉そうですけど、人間とその他動植物のバランスが取れてくるといいなって。
qbc:
最後に、もし将来お子さんが生きるとしたら、どんな社会であってほしいと思いますか?
吉岡:
やっぱり、綺麗な自然が担保されていてほしいですね。都会の中でもある程度緑があって。コンクリートジャングルは嫌なんです。
私が政治家になって街中に木を植えて水をバーってやる条例を作るか、みたいな妄想もしますけど(笑)。もうちょっとのんびりしたような雰囲気になってくれればいいなと思ってます。
編集後記
インタビューの中で吉岡さんが言った「変化の速さについていくのは諦めた」という言葉が、とても清々しく聞こえた。
「諦める」って、悪いことじゃないですよね。
社会全体がものすごいスピードで走っていても、自分まで息切れして走る必要はない。「暑いから涼しいところへ行く」。
それぐらいシンプルな理由で、住む場所や生き方を変えてもいいんだと思いました。
100年後の夏、彼女の子孫が木陰でのんびり涼んでいられたら、それが一番なんじゃないのかな、と。
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