
【神戸】六甲アイランドを出たかった 35年住んで見つけた答え
神戸市東灘区の六甲アイランドで、4歳から35年暮らしている女性です。二児の母。勤めていた会社を辞め、夫が代表を務める会社に加わるところです。
人工島に移り住んでから、ずっとこの島を出たかったそうです。大手チェーンの店もない小さな島だった、と言います。東京に憧れて選んだ就職先の配属は、家から電車で20分の場所。それでも今は、神戸でやっていきたいと話します。
これは、神戸という土地に関するインタビュー。
今回参加いただいたのは、秋山友香 さんです!
メディカル整体AXEL(合同会社AXEL):
nstagram:https://www.instagram.com/axel_medical_seitai
・神戸歴:4歳から六甲アイランドに在住。約35年(西明石生まれ)
・神戸へのメッセージ:
『あなたが大好きです。あなたみたいに、強く生きたい。』
・神戸いちおし店:
feel dining cafe&sea(六甲アイランド マリンパーク)
Instagram:https://www.instagram.com/sea.feel.7/
いま、神戸でどんな活動をされていますか?ご自身が感じるこの街の魅力も教えてください。
さだまつ:まず、自己紹介と神戸歴を教えていただけますか?
秋山:秋山友香と申します。神戸歴は、4歳から神戸の六甲アイランドで、現在も住んでいるので、約35年。神戸とはすごくご縁があって、ずっと過ごさせていただいております。
さだまつ:では、いま現在のお話を伺おうと思います。今、神戸でどのように過ごされていますか?
秋山:現在は神戸市東灘区の六甲アイランド在住で、二児の母親をやってます。仕事は、事務職を長年していたのですが、実を言うと、昨日で会社を退職いたしまして。
さだまつ:え、昨日ですか。
秋山:そうなんです。これからは、主人が代表を務める合同会社AXELという会社で、経営に加わって、統括責任者としてバックオフィスを担当していきます。
さだまつ:秋山さんが感じる神戸の魅力を、ぜひ教えていただけますか?
秋山:神戸は、35年過ごしてきて、いろんな表情を見せてもらう機会があって。都会もあるし、ちょっと行ったら自然豊かでのどかな地域もたくさんあるじゃないですか。それぞれがすごく魅力的で。神戸にいると、いろんな顔を持っていていいんだ、自分は自分らしくていいんだって思えるところが、素敵だなと思っています。
これまで、神戸という街とどのように関わってこられましたか?
さだまつ:ここからは、今までのお話を伺おうと思います。これまで神戸と、どのように関わってこられましたか?
秋山:実は私、西明石生まれでして。4歳の時に、この六甲アイランドに入居者として来たんです。その4歳の時からずっとそこにいるんですけれども、小・中・高・大と全部神戸の学校で。ただ、密かに私は、ずっと六甲アイランドという小さい島を出たいと思ってたんですよ。すごく大都会に憧れていて。島の外のことを私は「本土」って言ってたんですけど、本土にある無印良品みたいな、そういう大手チェーンのお店が島にはなくって。どうしても東京とか大都会とかに、どんどん憧れていって。
さだまつ:それで、どうされたんですか。
秋山:大学を卒業して、神戸で有名なお洋服ブランドの会社に就職したんです。そこだったら全国展開があるから、これでやっと私は六甲アイランドを出て東京に行けるって思って。でも、配属されたところが、本当に家から電車で20分ほどのところで。すごい拍子抜けをしてしまって。シティガールにはなれないのかな、って、その時にちょっと思いましたね。
さだまつ:そうだったんですね。
秋山:でも、そこからもうずっと神戸での就職で大都会へご縁がなく。神戸の中で結構いろんな業種、いろんな方面で、たくさんのお仕事を体験させていただいて。
さだまつ:東京への憧れは、そのあとどうなったんですか。
秋山:すごくプライベートの話ではあるんですけど。その当時お付き合いしてた方が、就職で東京に行ったんですよ。あ、これで私、ついに東京の人間になれるかもって思って。ちょうどその頃、三宮のお肉屋さんのモーリヤの近くに、占いのお店があって。私の中では占いは全然エンタメの枠からは出ないんですけど、友達と二人で遊びで行った時に、今後の行く末を聞いてみようと思って、「私は、その方と結婚して東京に行けますか?」みたいなことを聞いたことがあって。
さだまつ:なんて言われたんですか。
秋山:そしたら、その占い師の方に「その人とはもう別れるよ」みたいな事を言われてしまって。え、嘘、って思って。全然そんな、別れる雰囲気とかないけどって思ってたら、「あなたが一番苦手なタイプと5年後に結婚をして、そこから子どもが二人できて、女の子が一人目で、男の子が二人目です」って言われたんです。もう、そこまで言われちゃったんですよ。え、私、東京行けないとか絶対嫌なんだけど、ってすごい思っちゃって。
さだまつ:それで、どうなったんですか。
秋山:そしたら、その占い師さんの通りに、3年後にその方とお別れをして、今の主人とすぐ出会って。確かに最初の印象はポジティブ過ぎる人だなと私の少し苦手なタイプだったんですが、2年以内にはもう結婚して、その結婚した2年後に女の子を出産し、その二年後の二人目は男の子っていう。その通りの道を歩んでいて。
さだまつ:本当にその通りに。
秋山:でも、その時点でまだ私、六アイから出られてなくて。ずっとそこで。ただ、やっぱり子どもが生まれたことをきっかけに、大人だけだと行きにくいところって、あるじゃないですか。例えば、こべっこランドだったりとか。そういうところに子どもと一緒に行ってアクティビティをする中で、この神戸っていろんな顔を持ってるなと思って。
さだまつ:ご自身の歩みと、重なるところがありますか。
秋山:私も神戸でたくさんの職種を経験してるんですけど、なんかその、神戸と私の人生っていうところを照らし合わせてみると、ずっと神戸にいる私っていうのが、すごく心地よくなってしまって。いろんな顔を持っているところに私も行って、いろんな経験をしてきたな、なんだか神戸みたいだなと思って。娘と息子と一緒にいろんな神戸の楽しいところを巡っている間に、さらに神戸って良いなって。地域それぞれに素敵な魅力があって、もう今となれば私の中では、100%神戸にいてすごく良かったなって思っています。それこそ、自分もこれから会社をやっていくにあたって、神戸でやっていきたいって思える要因になったなと思います。
さだまつ:ちなみに、ご主人は神戸の方だったんですか?
秋山:あ、それは違うんですよ。主人は兵庫県の豊岡出身で。私の転職先の一つに病院があって、そこの病院で私は勤務してたんですけど、主人は理学療法士なんですが、当時はまだ学生で、実習でその病院に来ていた、っていうのが初めての出会いでした。そこからお付き合いが始まって、結婚して、私の実家のある神戸のほうに住んで。
さだまつ:なるほど、そういうことだったんですね。
これから先、この街でどんなふうに過ごしていきたいですか?
さだまつ:では、これから未来のお話を伺っていこうと思います。これから先、神戸でどんなふうに過ごしていきたいですか?
秋山:それこそ、私が昨日で勤め先を辞めて、主人の仕事を一緒にやっていくっていう決断をした経緯なんですけど、主人の整体院、摂津本山メディカル整体AXELを、実は今年の4月に摂津本山にオープンしまして。
さだまつ:それまでは、どうされていたんですか。
秋山:主人は長年、病院で理学療法士として勤務しながら、六甲アイランドの体操教室を運営してたんですね。主人もここに住んだら、やっぱりこの神戸や六甲アイランドが大好きになってくれて。自分たちに子どもが生まれて、六甲アイランドの方々と関わる中で、この島の方々にも何かできることがしたいと思ったらしく、子どもの運動教室と、あと高齢者クラスって言って、だいたい40代から80代、90代ぐらいの方の健康の運動教室も同時に開いて、そこでずっと長年運営させていただいてたんですね。
さだまつ:そうなんですね。
秋山:その中で、主人も、やっぱり神戸って素敵だなって思っていて。自分の技術が神戸の方たちの笑顔につながればいいな、っていう想いが強くて。整体院を自分でやりたいって、結婚してすぐぐらいの時からずっと言ってたんです。それを初めて形にしたのが、今年の4月で。
さだまつ:本山は、六甲アイランドの外ですね。
秋山:今まで六甲アイランドの中だけでさせていただいてたのが、本山っていう初めての地域とご縁があり、次は本山の方々に元気に笑顔になってもらいたい、明るい毎日を送ってもらいたいっていう想いで、4月から現在の8月までやらせてもらっています。神戸という地域で自分と関わってくださっている方々全員に、これからどんどん元気な笑顔を届けたいと彼は思っていて。そこの気持ちに、私もようやく乗っかれるなと、今日から……明日からか。明日から、その一員として頑張っていきたいなと思っています。
さだまつ:いい転換期といいますか、いい時にお話を聞かせていただきました。そうやって新しい一歩を踏み出そうとされていて、ご主人の事業以外に、やってみたいことって何かありますか?
秋山:実はそこ、すごく私の中では、これから自分の経験を活かしてチャレンジをしたいなと思ってるんですが、まだ全然形はないんです。私、最初にお洋服の接客業をさせてもらって、その次が病院の医療事務で、その次が貿易で……もう一度病院での勤務に戻った後に児童発達支援の会社の本社メンバーとして管理業務をさせていただいて。最後の職場も、労務管理だったりとか、会社のバックオフィス業務を経験させていただいて。
さだまつ:本当にいろいろな職種ですね。
秋山:全然関わりのない職種ばかりを経験してきて。無駄に職種の数だけは経験してきた私なので、それを総じて何か、神戸だったり人に貢献できる何かがないのかなっていうのを、探していきたいなと。全然、これっていうのがないんですけど。
さだまつ:たくさんの現場を見てこられたわけですもんね。
秋山:会社の中身とか、その会社がどうやってできるかっていうところって、なかなか体験させていただけないことなんですよね。それを、各事業所でさせていただいてきたので。創業に困ってる方とか、どうやったらいいかわからないっていう方に、もちろん、そんなに大それた仕事はできないんですけど、一緒に悩みながら「こうやってやってみたらいいんじゃないかな」と言えるような、そんな存在になれたらなとか。すごく漠然と思ってたりします。
さだまつ:今、創業の種をまこうとしているところ、っていう感じですね。
秋山:はい。もう今から、自分の未来を見つけていきたいなと。
さだまつ:多彩なお仕事の経験が、これから繋がっていきそうですね。
秋山:そうですね。ただ、正直な気持ちを言うと、一番惚れ込んでるのが、主人の理学療法士としての想いと腕で。そこにすごく信頼を置いているんです。施術を受けた多くの方が大満足でお帰りになる姿を見て、まさに彼の天職だと思っていて。まあ恥ずかしいんですけど、主人の推し活みたいな。本当に困ってる方がいたら、主人の腕を見つけていただきたいっていう気持ちもすごくあって。なので、家族単位の推し活みたいな。
さだまつ:壮大な推し活ですね。
秋山:そう、壮大な推し活みたいな形で進めていきたいなっていう思いも、強く同時にあったりもします。なので、自分の経験が、主人を推すことで、世間の誰かのためにもなれたらいいなっていう。そんな気持ちも強く持っていて。でも、自分の様々な業種の経験が、どう影響してくるのか、どんな化学反応が起きるのかっていうのを、これから本当に楽しみにしていきたいなと。
さだまつ:すごく楽しみですよね。
秋山:全然見えないんですけど、なんかワクワクしてます。




さだまつ:最後の質問をする前に。秋山さんが誰にも教えたくないくらい好きな神戸のお店やスポットを、一つだけ挙げるとしたら、どこになりますか?
秋山:教えたくないところ、絶対あるんですけど。でもやっぱり、一番身近で、一番安らげるのが。六甲アイランドのマリンパークっていう駅があるんですけど、そこから少し南に行ったところに、海が見えるちょっと広めの公園があるんですね。そこが私、一番のお気に入りポイントで。その近くにあるfeelっていう、白い建物のお店があって。そこはイタリアンなんですけど、めちゃくちゃ美味しいんですよ。そこに行って、夕日を見ながら食べるディナー。それがすっごい好きで。
さだまつ:どんな思い出のある場所ですか。
秋山:初めての子育ても神戸で経験させてもらったんですけど。私、仕事にすぐ復帰しちゃったんですよ。産んで2か月とかで。フル出社ではなかったのですが、本当に滅多に、娘と一緒にいる時間っていうのがそんなになくて。だから、たまの休日に一緒にその公園に行って、私は空を見上げたり、子どもを見守ったり、っていう。すごく心休まる時間でした。つらい時も楽しい時も、ずっとあの場所に思い出があるので。きっと皆さんの心も癒されるんじゃないかなと思います。
さだまつ:私も六アイに来て長いですけど、feelさんはまだ行ったことがなくて。いつも外から見て、あ、素敵なところだなあって、通り過ぎちゃって。散歩の途中なので、なかなか立ち寄れなくて。
秋山:シェフが、イタリアで修業されてたって聞いていて。本場の味がして、私、大好きです。
さだまつ:行ってみます。
feel dining cafe&sea(六甲アイランド マリンパーク)
Instagram:https://www.instagram.com/sea.feel.7/
さだまつ:では最後に、神戸にメッセージを送るとしたら、どんなことがありますか?
秋山:神戸へのメッセージ。そうですね、いろんな思いがあるんですけど。あなたが大好きです!!、っていう一択です。
さだまつ:というのは。
秋山:私、実は父親が神戸市役所の職員だったんですよ。公務員で。ちょうど私が7歳ぐらいの時に阪神大震災があって。やっぱり公務員なので、一番最初に出ないといけないっていう。私は祖父のいた関東のほうに疎開していたんですけど、その間もずっと父は残って、一人で、神戸の復興に携わっていたのかなと。
さだまつ:大変だった時期の神戸を、見てこられたんですね。
秋山:はい。それで今、ここまで華やかな街になって、それぞれの地域の顔が輝いてて、その変遷をずっと見てきて思うのが、もう、あなたみたいに強く生きたい、っていう神戸自身への憧れと、心の底から大好きです、っていう想いが、私の言葉になるなと思います。
さだまつ:ありがとうございます。想いが伝わってきます。お伺いしたいことは全部お伺いしたんですけど、神戸について語ってください、っていう機会って、なかなかなかったと思うんです。今回、いかがでしたか?
秋山:私、過去の気持ちがすごく鮮明で。神戸が長かったので、ちょっと前半、神戸から出たい出たい言っちゃったんですが、改めて、自分が育った神戸が好きなんだなって気持ちが確認できて。そんな神戸で育っている自分も好きなんだって、感じられたのが、新しい感覚でした。
(おわり)
【おまけ】神戸の震災と復興についてのデータ
秋山さんのお父さまが過ごした、あの冬のことを少しだけ。
あの日
・1995年(平成7年)1月17日午前5時46分、兵庫県南部地震が発生しました。地震の規模はマグニチュード7.3。神戸市の一部の地域などで、震度7が観測されています。この地震による災害が、阪神・淡路大震災です。
・人的被害は、死者6,434名、負傷者43,792名。住家は全壊104,906棟、半壊144,274棟にのぼりました。
人工島で起きたこと
・六甲アイランドでは、地面が水を含んで泥のように緩む液状化現象が発生しました。大型の建物の倒壊は免れましたが、本土と島を結ぶ一般道路の六甲大橋が被災し、あわせてガスや電気の供給も断たれています。
・もう一本、阪神高速湾岸線の六甲アイランド大橋は、アーチ橋の本体が東へ約3メートルもずれました。長さ217メートル・重さ9,170トンの本体をクレーンで一度撤去し、元の位置に戻す工事が行われています。当初は同年10月の復旧見込みでしたが、3か月早い1995年7月に通行が再開されました。
1月17日の灯り
・毎年1月17日、神戸市役所の南にある東遊園地で「阪神・淡路大震災1.17のつどい」が開かれます。竹灯籠と紙灯籠に火を入れ、午前5時46分に黙祷を捧げる追悼行事です。
・震災の記憶と、支えあう心を次の世代へ渡していくための行事として、毎年続いています。
冬の光
・神戸ルミナリエの第1回は、震災のあった1995年の12月に開かれました。犠牲者の鎮魂と、街の復興・再生への願いを込めた催しです。
・近年は、年末商戦への配慮や「1.17のつどい」との連携もあって、開催時期が1月下旬へ移りました。2026年1月に開かれた第31回は、1月30日から2月8日までの会期。冬の神戸を照らす光として、いまも続いています。
あとがき
インタビューの前日に会社を退職し、ご主人の事業を支える新しいスタートラインに立っていた秋山さん。「壮大な推し活です!」と笑う明るい表情に、こちらまでワクワクしてしまいました。お父様が復興に尽力された神戸の街へ向けた「あなたみたいに強く生きたい」という真っ直ぐな言葉。多彩な経験を持つ彼女が、これからこの街でどんな化学反応を起こしていくのか、先の展開が本当に楽しみになる時間でした。
【企画・インタビュー:さだまつまみ】
【企画・制作:栗林康弘】
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