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Spotifyで世界中に再生される、長野出身の弾き語りラッパー

    ぶろろろろろ彼はエンジン。

    今回ご参加いただいたのは センチメンタル岡田 さんです!
    TW IG YT TC TC(英語)

    qbc:どのようなインタビューにしましょうか。

    岡田:全然、なにも考えてなくて。

    qbc:では、今、何をされている方でしょうか。

    岡田:自称ミュージシャンという感じです。収入とかは、アルバイトして細々と暮らしてるんですけど。

    qbc:どういった音楽活動をされてるんですか?

    岡田:2年ぐらい前から音源を配信するようになって。ライブもちょいちょいやってます。

    qbc:配信の前っていうのは、ライブ活動とか多かったっていうことなんでしょうか。

    岡田:2014年ぐらいに、インディーズで自分のバンドのフルアルバムを出したんですけど、バンドがすぐ解散しちゃって。
    その2年後ぐらいに、同じようにインディーズで出して、また解散しちゃって。2016年から18年の2年ぐらいは、ピアノで人の歌の伴奏とか、作詞されたものに曲をつけたり、裏方みたいなことをやってました。
    一昨年から、自分で配信できる無料のFrekulっていうサイトで配信をはじめて。自分でつくった音源を入稿するだけで、全世界に配信されて、収入も得られるというサイトで。2019年はそれで細々と何作か配信して、収入が20円とか30円とかあって。
    そのときは、人にレコーディングしてもらってたんですけど。GarageBandっていうDTMで、自分で録音もできるようになって。そうすると、全部1人で完結できるんで、GarageBandで音源つくったものを、自分で入稿して全世界に配信して、ちょっとだけお金をもらう。今、やっとそういう感じになってきて、それで気楽に、つくりたいものをつくって、配信してます。全然収入にはつながってないんですけど。

    qbc:なるほど。

    岡田:配信しはじめたとき、本当、月数十円とか。でも今、たまに月に4桁いくようになって、千円とか。月千円じゃ全然高くはないですけど、ちょっとずつ増えてて、うれしいなあって。ありがたいです。

    qbc:お金に関してはもう、雪だるまですよ。広がったら、どんどん。リピートもされるし、リピートされるようになってくると、その分、表示も上位になっていく。
    自分のラインナップの中で、どこがユーザーに刺さるのかってのもわかってくるし。

    岡田:Spotify for Artistsっていうのがあって。それだと、Spotifyで、どの曲がどのへんで何回再生されてるとかが見えるんです。
    それで毎日チェックしてるんですけど、すごい面白いですね。自分、ラップしてるんですけど、今のところ、一番のヒット曲が歌ものじゃなくて。ローファイ・ヒップホップみたいな歌なしの、ちょっとchillな感じのトラックなんです。
    アルジェリア人のローファイ・ヒップホップ好きな人が、その曲をプレイリストに入れてくれたんですよ。そうすると、自動的に、世界中のいろんな人が聞いてくれるんです。そのデータを見ると、ロシアとかポーランドとか、アメリカとかマレーシアとか、いろんな国の人がその曲を聞いてるっていうデータが出てきて。

    qbc:いいですね。

    岡田:そのアルジェリア人の方のおかげで、1つポテンヒットが出ました。

    qbc:音楽はもう、インターネットでアクセスできる人たちのほぼすべてにアクセスできますからね。

    岡田:そこが良くて。

    qbc:強いですよね。

    岡田:本当に言語を超えてくれるんで、良かったですよね。ローファイ・ヒップポップだって、すごく盛り上がってるジャンルでもないけど、世界中にリスナーがいるので。
    ローファイ・ヒップポップも、もともと好きでやったっていうわけでもなくて。できそうだったからやったというぐらいなんですが。

    qbc:音楽活動は、いつごろからされてたんですか。

    岡田:はじめてライブやったのは13歳ぐらいのときで、ギターの弾き語りでした。

    qbc:どこのライブハウスで?

    岡田:地元が長野市なんですけど、ネオンホールというライブハウスで。そこのオープンマイクに出ました。13歳か14歳ぐらい。ひとりで。

    qbc:なにをやられたんですか?

    岡田:BUMP OF CHICKENの「ギルド」という曲をカバーをしました。めちゃめちゃ好きな曲で。

    qbc:ギター・ボーカルで?

    岡田:はい。

    qbc:ちなみに、今おいくつですか?

    岡田:今30になりましたね。

    qbc:ケロリンさんインタビューを見て応募いただけたそうですが、ケロリンさんと同い年ぐらいの方なんですね。

    岡田:ケロリンさんのインタビュー、面白かったですよ。
    ケロリンさんのインタビューを見て思ったのが、自分とけっこう逆パターンだった、みたいな感じがしたんですよね。
    中学高校のとき、僕、すごいがんばって音楽やってて。周りの人も、すごい応援してくれたんですよ。長野の周りの人たちが。同世代の人も大人たちも。がんばってる、偉い、もっといけ、みたいな感じだったんですよ。

    qbc:ケロリンさんは、地元のときは自分の活動について何も言えない、みたいな感じだったもんね。

    岡田:僕はむしろ、音楽好き同士でライブハウスで出会って、楽しく語り合うみたいな感じだったんです、中高が。

    qbc:県の中にもよるんだろうね、県庁所在地に住んでるとか、そういうね。

    岡田:長野市って、微妙に小都会で。自分の実家がまた、中心部のほうだったんで。
    たまたま良かったんですよ。音楽好きな人、いっぱいいて。

    qbc:面白いね。東京の八王子とかもね。ユーミンの実家があって、ヒップホップだと、MCリトルとかいて。

    岡田:なんか、いい感じでカルチャーがありますよね。それでなんか、東京に行ければなんでも良かったんです、18歳になったときに。僕、音楽をやりたくて。そのときに、担任の人もすげえ応援してくれて。
    指定校推薦でK大学行ったんですけど。下調べ全然してなくて、なんでも良かったから。入ってみたら、あんなガチガチの大学じゃないですか。

    qbc:体育会系に偏ったところですよね。

    岡田:知ってれば行かなかったと思うんですよ。本当に全然調べなくって、他の大学にも行けるって言われてて、多分そっちへ行ったほうが無難だったんですけど。
    行ってみたら、ああいうスポーツ系なんでめちゃめちゃ辛くて。話合う人、全然いなくて。真逆なんですよ、ケロリンさんと。
    ケロリンさんは、田舎では応援されなくて、東京行って芸大行ったら、仲間いっぱいいたって感じじゃないですか。逆で、田舎で応援されて、東京へ行ったら応援する人全然いないっていう感じになっちゃって。
    だから、大学をすぐやめても良かったんですけど。東京に行くっていう目的は、他人の助けのおかげで達成して。

    qbc:なるほど。そのとき、音楽活動は?

    岡田:バリバリやってたんですけど、ライブハウスのチケットノルマ制度の泥沼にハマって。

    qbc:それって、東京独特なカルチャーなの?

    岡田:長野にもあったんですけど、もうちょっと緩かったんですよ。

    qbc:どのあたりの駅を拠点というか。

    岡田:渋谷とか下北沢あたりに出てたんですけど。もう最悪でしたよ、にっちもさっちもいかなくて。まず、客が呼べなくて。客呼べないからお金払うんですよ。

    qbc:なるほど。

    岡田:ノルマ制で、客が呼べないからお金は自分で払わなきゃいけない。っていうのを考えると、ライブに集中できなくて。ライブに集中できないから、いいライブできない、いいライブできないからお客さんつかないっていう悪循環になって。最終的には、ライブハウスの人が借金取りに見えるという現象が起きたところでやめて。
    それが上京1年目です。

    qbc:K大学は、合う人にとってはめちゃくちゃいい大学だと思うんですが。

    岡田:地獄だったけど、俺は。でも友だちもちょっといました。

    qbc:そのときの好きな音楽とか、やりたい音楽っていうのはなんだったんですか? バンドやってたんですか?

    岡田:1人でやったり、高校時代に知り合った人と、一瞬、バンドやったりしました。

    qbc:岡田さんはシンガーソングライター? バンドがいい?

    岡田:そこなんですけど。2014年と16年に、別々のバンドで解散して、そのあと、人のバンドのサポートやって。それが二人組だったんで、もう最小単位じゃないですか。そこでも俺、ケンカしてやめたんですよ。これは俺、バンド向いてないってやっとわかって。

    qbc:人とやるのは向いてないと。

    岡田:そのときやっと痛感して。それまでは1人でもできるけど、一緒にやれる人いたらやるってスタンスだったんです。でももう、基本1人でやるっていうスタンスにしようと思って。それが2年前で。28ぐらいのときです。
    中学時代からMTRで、1人で多重録音して音源つくってたんです。今はGarageBandで、1人で全部できんじゃんって思って、2年間で100曲以上配信してるんですけど。

    qbc:ボーカルありの100曲?

    岡田:ボーカルありとなしと、いろいろあります。
    今、それで、ちょっとお金ももらえたりするんで、楽しいって感じで。
    最近、また相方ができて。またケンカしてやめるんじゃないかと思うけど。その人、ソプラノ歌手で。

    qbc:ちゃんと声楽やってた人ってこと?

    岡田:D門さんっていうんですけど。髪の毛ピンク色のおっきい人で。
    最近、僕はピアノを弾きながらラップをするっていうことをやってるんですけど。僕がピアノ弾きながらラップして、フィーチャリングみたいな感じでソプラノ歌手が歌うって、よくわかんないことやってて。

    qbc:類似の形態のアーティストはいます?

    岡田:たぶん、いないんじゃないですか。

    qbc:ピアノ、いつからやってるの?

    岡田:11歳ぐらいからですね。
    最近の活動で一番言いたいのは、ピアノ弾き語りラップっていうジャンルを模索してるということです。
    2015年ぐらいからヒップホップをしてきて。

    qbc:ちょい異常性を感じるんだよね、そういう発言に。要素の組み合わせの異常さ。

    岡田:それ以前とそれ以後が全然違うんですよ、自分の音楽性も中身も。

    qbc:なにがあったの?

    岡田:きっかけが、職場の先輩とプロのラッパーで、2人に同じタイミングで出会ったんです。
    職場の先輩はめちゃめちゃヒップホップ好きで、すごい教えてくれて。ヒップホップを浴びるように体験して。
    プロのラッパーはGOMESSくんていうんですけど、無力無善寺っていう高円寺にあるライブハウスで出会いました。月乃光司さんっていう作家がいるんですけど、その人のイベントでたまたま一緒になって。それで知り合って、GOMESSくんからいろいろ教えてもらって。ラップってこんな感じだよって。
    さらに、その当時やってたバンドのベーシストがブラックミュージック好きで。

    qbc:何歳ぐらいのころ?

    岡田:20代なかばですね。

    qbc:4年ぐらい前っていうことでしょ?

    岡田:ベースの人は、ケンドリック・ラマーとか教えてくれて。
    それまでは、エミネムぐらいしか聞かなかったんですけど。ケンドリック・ラマーの精神性とか、そういうのを知っていくと、結局エミネムってすごいキワモノってことがわかってくるじゃないですか。

    qbc:なるほど。

    岡田:素晴らしいんですけど、本流とちょっと違うじゃないですか、エミネムって。

    qbc:いろんな意味で、商品として狙いすましてつくられたものなんだよね。人工的なものなんだよね。

    岡田:そういう意味ではすごいんですけど、本当の黒人がやってるルーツみたいなヒップホップ、あんまり知らなくて、そのへんを教えてもらって。
    日本語ラップをいっぱい教えてくれる人と、80年代90年代の海外のヒップホップを教えてくれる人がいて。めちゃめちゃバランス良かったんです。

    qbc:ヒップホップの歴史を教えてくれたわけだね。

    岡田:そのあと「文化系のためのヒップホップ入門」っていう本をベースの人に貸してもらって、完全に啓蒙されたんですよね。
    歴史がちゃんと書いてある本なんですけど。一番いいなと思ったのが、天才じゃなくてもやっていい、やるっていうことで。オリジナリティありきじゃないとか、ひと真似プラス、ちょっと自分でいい、みたいなところがいいなと思って。

    qbc:面白いね。

    岡田:BUMP OF CHICKENとかって、突き詰めるとジミヘンみたいな天才じゃないとできない音楽だと思ってるんですよ。でも、ヒップホップは参加することに意味がある音楽かなと思って。
    ヒップホップは、具体的に社会に貢献している音楽なんだっていう話があって。U2のボノがダボス会議とか出てるけど、なにがやりたいかよくわかんないのに対して、ケンドリック・ラマーは地元に寄付をしたり、スヌープ・ドッグは、地元の若者たちが非行に走らないように、アメフトのチームをつくったりしていて。

    qbc:そんなことしてたんだ!

    岡田:儲けたことを、地元に還元してるんです。考え方としてすごくいいなあと思って。

    qbc:レペゼンてフレーズにその精神が埋め込まれてますよね。

    岡田:それまでは、僕はロック寄りの考え方だったんですけど。確かにロックで成功しても、その先になにがあるかよくわかんない。
    ヒップホップで自分が成功したら、長野に寄付とかできるな、みたいな。具体的に動けるところが、すごい素晴らしいと思ったんですよ。フワフワしてない。

    qbc:素晴らしいですね。

    岡田:そこから、より自分にしかできないことはなんだろうって思った結果、今のピアノ弾き語りラップに行き着いたんですけど。
    バンドやってたときに、余技でやってたんですよ、こんなこともできるよ、みたい感じで。
    1曲目だけ1人で、ピアノ弾きながらラップして、あとバンドでやるみたいな感じ。でもバンド解散してから、実はこれは極めたらすごいことかもしれないって思って。
    ある意味、せっかく1人になったので、これを極めようって感じでいますね。ピアノ弾き語りヒップホップを突き詰めてるところなんですけど。これ、めっちゃ調べた結果、世界中にできる人は、実はけっこういて。今、自分調べたところだと20人ぐらいいるんですよ、できる人。

    qbc:いるんだね。

    岡田:日本に3人だけいて、自分も含めて。でもみんな、ピアノ弾き語りラップです! って、メインでいっぱい動画あげてるとかじゃないんです、日本、海外問わず。本当にこれを突き詰めようと思ってる人、俺しかいないんじゃないかなって、今、思ってるんですけど。
    ピアノとラップ、セパレートで分けてやってるのはいっぱいあるんですよ。
    そういうのはあんまり興味なくて。簡単だから。ピアノ弾き語りラップしかできないことは、たとえば、自分のタイミングで音を抜くとか。強調したいフレーズがあったら、そこでパッと弾くのをやめて、ラップをやるとか。

    qbc:ピアノの表現力の幅の強さだよね。

    岡田:そういうの極めると、居合い切りみたいな、水墨画みたいな、ピアノとラップ2色しかない中での凄まじい極限みたいなものが、いつかできると思ってて。
    無音の状態とかも、音楽に含めて。ピアノを弾きながらラップしてて、急にピタって止まって。ちょっとラップして、ピアノがだんだん入ってくるとか、そういういろんなアプローチがあるかな。向井秀徳さんのイメージなんですけど、イメージ的には。
    ギター弾きながら、琵琶法師みたいになってるやつなんですけど。イメージ的に。

    qbc:カッコいいですよ。なるほどね。

    岡田:真剣にピアノ弾き語りをやろうと思ったのは、時代に助けられたところがあって。90年代のフローだとメロディーがなくて、ちょと速いっていうのをピアノ弾き語りラップでやっても、あんまり面白くないんですよ。オケも単調になってしまうし。ずーっと同じフレーズのピアノで弾きながらラップするだけだったら、トラックでいいじゃんっていう感じがするんで。だから余技だったんです、昔は。
    ところが、ここ数年でメロディーがあるラップがいっぱい出てきたわけですよ。

    qbc:ローテクっていうか、音も生寄りになりましたからね。

    岡田:ということは、ピアノ弾き語りの延長でできるんですよ。だから、今、自分は10年後ぐらいに、ピアノ弾き語りラップっていうジャンルが普通になってきたときに、早いうちからやってたよって言えるかな、ぐらいの感じでいるんですけど。

    qbc:そういうところは、ケロリンさんに近いとこあるよね。商業的な成功を狙ってるっていう意味ではね。

    岡田:全体の利益のために言うと、ピアノ弾き語りができる人は、その延長でピアノ弾き語りラップはできるんですよ、やってないだけで。これを言うとライバルが増えてしまうのかもしれないけど。

    qbc:ジャンルを、カテゴリをつくるぞっていう意味でね。

    岡田:なんならライバルを増やしたいんですよ。みんな気づいてないだけで。
    たとえば、ラッパーのKOHHさんは、ラッパーって言われてるけど、完全にメロディがあって、もはや"韻を踏んだ歌"という感じなんです。
    なので、ピアノ弾き語りでKOHHさんをコピーすると、自然とピアノ弾き語りラップになるんです。
    ピアノの弾き語りができる人は、その延長で弾き語りラップもできるというのはそういうことです。
    歌とラップの中間みたいなのを、ピアノで弾き語りするっていう人は、けっこう海外には既にいるんです。
    だからもう、あ、気づいてるな、できるよね、そうだよねと思ってるんです。
    ジャスティン・ビーバーの「Holy」っていう曲の途中にチャンス・ザ・ラッパーのラップパートがあるんですけど、それもかなり歌寄りのラップで。それを全編弾き語りしてる外国人がいて。もうこれの延長で、ピアノ弾き語りラップはどんどん面白く、表現が多様な感じになっていくと思います。10年後ぐらいにはピアノ弾き語りラップ、普通になるんじゃないかなって思ってるんですよね。

    qbc:あのさ、聞いていい?
    さっき言った、スヌープドギードッグがバーンと出てて。ニューヨークタイムズかなんかの有名な新聞に、20年前とかに。「なぜポップにメロディが失われたか」みたいなコラムが載ったっていう話があって。
    メロディがなくなったじゃない、ヒップホップによって。20年前か30年前のコラムですよ。
    でも今また、音楽にメロディが戻ってきたじゃないですか。

    岡田:今、ラップと歌の境目、かなり薄くなってるんですよ。音楽の歴史上、ラップと歌の境目が、今、一番薄くなってて。

    qbc:みんな、メロディっていらないよねっていうような風潮だったわけですよね。

    岡田:そう、今、エモラッパーって言われてる人たちなんて、歌なんですよ。

    qbc:エモラッパーっているんだ。

    岡田:もう完全にメロディのあるラップをやってて。楽器を弾ければ弾き語りできるんですよ、歌だから。
    これはチャンス! という話なんですけど。
    メロディーがないラップをしながらピアノ弾く練習も、してはいるんですけどね。
    そういう意味で、時代に助けられたという感じで。それで売れて、長野県に寄付するのが夢です。

    qbc:子どものころは、どんな子どもだった?

    岡田:野球好きで。外で野球ばっかりしてました。
    あと、姉が漫画上手で、姉に漫画を教えてもらって。姉が描いた漫画を読んで泣いたことがあるんです。なにかをつくる人が身近にいたんで、自分もなにかをつくるのが自然って感じで、漫画も描いてました。
    ピアノをはじめたのが11歳で。「moon」っていうゲームのBGMでドビュッシーの「月の光」が挿入されてて。それを弾きたいがためにはじめました。
    ピアノはじめて1年後ぐらいに、BUMP OF CHICKENに出会って。それまではクラシックとか歌がない曲を弾いてたんですけど、歌ものに目覚めて。歌詞でいろんなことを伝えられるんだって。
    それで13歳から作詞作曲をはじめて。最初はBUMP OF CHICKENみたいなのをつくりたかったんですけど、自分なりにいろいろつくって、みたいな。
    だから、子どものころ、小中高はわりと楽しかったです、大学入るまで。普通に友だちもいたし。

    qbc:初めて挫折というか、感じた感情だったのかな、大学で。

    岡田:長野にいたころが良すぎて、大学で。大学の最初で、俺は地元にいたころ、これだけ凄かったみたいなことを言ったら、周りに死ぬほど嫌われたんですよ。
    長野にいたころ、地元紙に載って。それを本当に純粋な気持ちで、大学に入ったときに周りに見せたんです。俺はこういうことしてきた、みたいな。そしたら、総スカン食らって。

    qbc:その、やってたことなのかな。それとも、アピールすること自体がダメだったのかな。なんだろうね。

    岡田:俺としては本当にがんばってきたことだから。別に自慢とかじゃなくて、こういう人間ですって。

    qbc:なにが載ってたの?

    岡田:インタビュー記事かな。小冊子みたいな。

    qbc:地元、高校生のときにもう、そんなに取り上げられてたってこと?

    岡田:あと、新聞にも取り上げられてた。

    qbc:音楽活動とかで?

    岡田:音楽活動で。

    qbc:がんばってる10代、ティーンズみたいなやつ? どんな。

    岡田:小冊子は、知り合いのツテで。知り合いがたまたま執筆してたから、ちょっとインタビューして載せてもらったみたいな。
    あとは、別の長野の知り合いが新聞社に勤めてて、新聞に載せてもらったとか。
    あとは、ちょっとした10代限定の大会があって、それは全国区のやつで。それがんばってやってたら、本選にはいけなかったけど、面白がってくれた人がいて。テレビで5分ぐらいだけ、深夜番組出させてもらったみたいな。

    qbc:すごいね。

    岡田:そんな感じで、がんばって実績を残してたんですよ。

    qbc:1人でやってたときね?

    岡田:地元紙のやつは1人のインタビューだったけど。大会はバンドで出たときもあったし。2つくらい大会出たんですけど、1つは1人で出て、もう1つはバンドで出て。バンドで出たほうが、けっこういいところまでいって、みんなで喜びを分かち合ったみたいな感じで。めちゃめちゃ青春してて。

    qbc:大学での挫折は、いろんな感情を知るっていう部分では良かったのかな。

    岡田:最近、沖縄にファンがいることがわかって。メッセージ見てたら、その人も、高校がスポーツっぽいところで。テニスの推薦で入ったけど、入ってみたらガチガチなところで嫌だったって。
    その人は、僕が大学で辛かった感情をのせた歌をYouTubeで聞いて、めっちゃ救われたって言うんですよ。あの経験は、沖縄の人を救ったんだって思うとありがたい。
    ケロリンさんとは、本当に真逆だなと思いましたよね。

    qbc:ほんと真逆たね。

    岡田:どっちがいいとかじゃないですけど。ある意味、中学高校田舎で、全然周りに話が合う人いなくて。大学、芸大とか行って仲間がいた、みたいなほうがポピュラーだと思うんですよ。

    qbc:大学を選んでK大学だもんね。外から見たら、急な方向転換をしたって思うよね。

    岡田:なんで? って周り、思いますよ。本当、小論文みたいなのを適当に書いて、面接で太宰治好きです、みたいなこと言って、パッと受かったんですよ。

    qbc:K大学で太宰か。
    それでは、未来について、どういう活動をしていきたい?
    長野へ寄付してみたいとかありますけど。どういうふうにとか、寄付したあととか、20年30年を考えたら、とか。音楽をやってる人なのか、それとも地域貢献をしてるんだったら、音楽なくてもいいのかとか。音楽のジャンルを切り拓く人間になりたいのか、いったい何になるのか。

    岡田:そう聞かれると、パッと言えない感じです。

    qbc:寄付だけできるんだったら、音楽やめてもいいよみたいなさ。

    岡田:確かに、お金は別のことで稼いで寄付すればいいわけですからね。なんでしょうね。
    今はラップの技能とかピアノの技能とか、ピアノと一緒にラップやる技能とかを、いっぱい練習して高めていくっていうこと自体が楽しくて。
    あんまり先のこと、考えてないんですよね。

    qbc:ライブか作曲かでいうと? この楽器でこのテーマをする、みたいな研究が面白いのか、それともライブの瞬間が面白いのか、お金が入って賞賛されたいか、曲のリアクションが好きなのか。そういうので言ったら、どんな立場?

    岡田:たぶん、研究してる時点が一番楽しいんですよ。ライブはその結果って感じで。これとこれを組み合わせると面白い、みたいなのを1人でやってるのが一番面白くて。
    昔から、作詞作曲してるところが一番面白くて。完成した瞬間にちょっとつまんなくなって。周りにつくった曲を歌ってくれる人がいなかったから、自分で歌ってただけなんですよ。だから、なんかつくるのが一番楽しいですよね、たぶん。
    周りに、お前がつくった曲、歌うっていう人がいたら、たぶんその人に歌わせて、自分はずっとつくってたと思うんですよ。

    qbc:あー。

    岡田:別に、自分は歌が上手いと思ってないし。歌上手い人、もっといっぱいいるし。本当は自分で歌わなくていいのに、人に説明するのがめんどくさくて自分でやってるんですね、今。

    qbc:なるほどね。

    岡田:だから、曲を提供するのとかそういうのがうまくいったら、そういう道でもいいかなっていう感じで。今、あんまりビジョンないんですよね、だから。

    qbc:もうそれがビジョンだと思いますよ。なにか新しいものをつくりたいっていう。
    今、ハマってる状態だから新しいもの見えてなくていいと思うんですよ。実験をそのまま続けてればいいわけだから。ラップとピアノっていうね、可能性をみんなまだ追求してないじゃんっていう状況だから、自分がやるよっていうビジョンでね。なにがみつかるかわかんないからね。

    岡田:要するに、貴重な人材になるっていうことを、今、目標にはしてますね。これが答えかもしれないです。
    ホリエモンが言ってたんですけど。3つ掛け算するといいみたいな話があって。
    女子高生で社長でコントやってるみたいな。

    qbc:なんか、インターネットがあって良かったなって思うんですよ。
    私、もともと20歳ぐらいにインターネット触って。20年前ですよ。その10年後にSNSの会社に入ったんでね。そのころって、mixiが30万人いかない、Twitterが出てきたばっかりで日本の認知率が1%以下、Facebookはまだ英語だねみたいな。

    岡田:黎明期ですね。

    qbc:そのときに、ホリエモンは捕まったりしてたんだよね。

    岡田:あれはすごいかわいそうでしたね。僕はホリエモンわりと好きで。いろいろ調べた結果、けっこう大人の陰謀によって捕まったっぽいっていう気持ちでいるんですけど。どうですか? わりと肯定派なんですけど。

    qbc:否定も肯定もあんまりなくて。通信と放送って違いがあって。
    放送って一方的に送るっていう意味なんですよ。ブロードキャスティングで、コミュニケーションは存在しないのね。
    通信はコミュニケーションなんですよ。双方向なのね。
    放送と通信の闘いだったんですよ、あれは。放送が過去のもので、新しい通信方式がより発達して、大きくなってきた。なので放送が通信を潰すって流れ。
    ホリエモンはその象徴の人。あの人以外にも、お金儲けしたい人もいたし、本当にこの文化を定着させようみたいなものもあったし。
    そもそも、インターネットの技術ってタダで提供されてんだよね。

    岡田:そのへんの話は。ひろゆきさんめちゃめちゃ好きで。
    ひろゆきとヒップホップって、けっこう似通ってるところ、あると思うんですよ。

    qbc:まあそうかもね。オープンソースの話ね。

    岡田:定義が、自分でもはっきりわかってないけど。集合知ってひろゆきが言ってるけど、あれってヒップホップのことなんじゃないのかなっていう。
    いろんな人がいろんな実験をして、ハードルが低くて。その中で面白いものが蓄積されてって、それをみんなでまた学んで高めていく、みたいな。
    それに対してロックは、急に天才が現れて、みんな誰もそれには追いつけなくて。

    qbc:あーなるほど。ロックはそうか。天才が世界を一新させる話か。たしかに、一方通行だね。

    岡田:そういうことが「文化系のヒップホップ入門」に書いてあったと思いますよ。
    ジミヘンみたいな天才、ビートルズみたいな天才が急に現れて、みんなそれに辿り着けない、みたいな。

    qbc:もちろん、今も天才はいるから、生まれてはいるんだけども。ただ、それだけじゃないんだよねっていう。

    岡田:そういう意味では、昔は、自分がビートルズ、ジミヘンになりたかったんですけど。いやいや、そんな天才がいて誰も辿り着けない世界より、凡才がいっぱいいて、その場をみんなで盛り上げる世界のほうが超楽しいと思って、今、ヒップホップやってるっていうのがあるんですよ。
    膨大な、いろんな人が大切にしていることを、ちょっとずつ積み上げていくみたいな。これが大事なんだと思ってるんですよ、2015年ぐらいから。

    qbc:いや、素晴らしいです。

    岡田:20歳ぐらいのときに、大学入学して刺激がなくなっちゃったときに、1回完全に、出涸らしになったことがあるんですよ。曲がつくれなくて、つくっても面白い曲ができないっていう状況になったんですね。
    そのときに、ウッチャンナンチャンのナンチャンが能をやる本を読んだんですけど。そこに、インプットとアプトプットが仕事にはあって。アウトプットが全部終わると、インプットしなきゃいけないみたいな話が書いてあって。
    これだ、俺、アウトプット全部終わったんだと思って。ジミヘンとかポールマッカートニーっていう天才だったら、一生アウトプットが尽きないと思うんですけど。俺は天才じゃなかったんだっていう葛藤があって。
    で、20歳ぐらいからインプットを大事にして生きてきたんですけど。それがヒップホップに5年ぐらい前に出会って、作品に変わったみたいな感じです。

    qbc:ありがとうございました。重要なインタビューになった気がします。

    岡田:ありがとうございます。

    あとがき

    あなたはこのインタビューを読んで、どう思いましたか? 楽しかった? 楽しんでいただけたなら、どうぞコメント欄にコメントをコメントしていってくださいね! 喜んじゃう!
    土嚢を積む毎日の中、私たちはいっときの癒しとして音楽を求めるわけです。それが快いものなら、なおさらうれしい。
    ピアノとラップ。なんで今までなかったんだろうねえって組み合わせ。それからヒップホップへの情熱。おもしろかった。ロックは一人の天才がつくるけれど、ヒップホップは誰でも参加できるっていうのは、すごく象徴的でしたわ。

    さいごに。

    編集協力:有島緋ナさん 5周年さん

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    あなたよ輝け「有名人だから面白いんじゃない。人は誰でも素晴らしく面白い」。2020年設立。メンバー約20名。主宰は栗林康弘。1,500人以上をインタビュー。聞く=愛💕🫶無料インタビュー応募は固定記事からどうぞ。公式サイトhttps://mumei.me/

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