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Photo bynanadays

ちょっと勇気を出して、書いてみます|わたしの「現在地」とスタンス

    今回は、今まで結構頭をよぎっていたのですが、noteに書こうか迷っていたテーマを書いていこうと思います。
    読む方にとっては「強く」感じる言い回しもあるかと思いますが、誰かを責めたり、「秒で〇〇しろ!」みたいな気持ちはまったくないのでご安心ください。

    もし、あなたの抱えているモヤモヤに対して、このnoteがビビッときたときが来たらうれしいです。

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    きっかけは、えりさんのnoteでした。えりさんは、mametaroさんの読書会でご縁をいただいた方で、先日、わたしのお話し会にも参加いただいています。

    ▽今回のnoteを書くきっかけをいただいた、えりさんのnote

    えりさんのnoteでは、「普通」とはなんだろうというお話から、普通”ではない”人たちへの思いやりがつづられています。素敵なnoteでした。

    翻って、わたしも同じ想いがずっとあります。それは「弾かれてしまった」人たちへの想い。そして、それは少なくてもわたしの場合は、自分がそちら側だと感じることが多かったからです。

    ・小学校3年からずっと付き合っているぜん息は、「治る/治らない」の概念しか知らない人たちからは、なかなか理解されにくい病気でした。
    ・「男なのに、女なのに〇〇」「お兄ちゃんだから、〇〇なんだから」などなど。
    ・異性っ”ぽい”ものがスキという気持ちは、少なくても子どもの頃はなかなか前に出すことはできませんでした。

    ”個”にフォーカスしていない、いわゆる”主語が大きい言い回し”に違和感をずっと感じていました。*ちなみに、正確には主語ではないですよね(笑)

    そして、ここから、いよいよ踏み込んだ話に入っていければと思います。

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    1.自分を肯定してほしい願望

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    ビジネス書の名著『影響力の武器』や『人を動かす』を読んで痛感したのは、結局人は自分を肯定してほしいという願いをベースとして持っているというもの。*結局わたしも”主語が大きい”いい方になってしまってすみません。

    だからこそ、自分の意見が否定されると、自分自身までも否定された気になる方が多いという話です。
    また、戦慄したのは、例えば、地元のスポーツチームや日本代表を熱狂的に応援する人たちの心理。

    ここ、わたし自身が実はそれほどスポーツに熱狂的ではないので、もう少しリアルな話をすると、麻雀コミュニティや格ゲーコミュニティに例えるとメチャメチャわかります。例えば、ウメハラさんが社会的な地位を上げるようなことをされていると凄くうれしいですし、逆に世間から叩かれたりすると反論したくなります。

    また、別な話で、前著の『影響力の武器』では、ホームゲームを勝ったスポーツチームを形容するときに「我々は勝利した」というのに対して、負けた場合は「チームが負けた」と言う。これ、自分が応援しているチームやコミュニティがある方はメチャメチャ思い当たる節がないですか?

    他にも同著では、人間が本能的に反応してしまう事例をビジネス目線でこれでもかというくらいに詰めんでいます。そのため、ちょっと大きめの”主語”でお話ししてしまいました。

    だったので、わたしが衝撃を受けたのは、わたしがマイノリティを応援しているのは、自分がそちら側だから。つまり、自分を肯定してほしいからや、敢えてマイノリティ側を支持している自分に酔っている可能性まであるのではないかという話でした。

    ちなみに、「自分はいつも自己否定ばっかりだし、自分は応援するものなんてない」という方もいますよね。ただ、そういう方も、自分を受けて入れてくれる人を探しているんじゃないかと思うんです。

    つまり、自分の自己否定を否定して、自分を丸ごと受け入れてくれる人が欲しい。そんな風に思っている方はいないでしょうか。
    はい、わたしも一時期そう思っていました。

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    2.自分の「全肯定bot」を探して

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    自分を丸ごとぜんぶ受け入れてくれて。
    そして、それだけだとダメになっちゃいそうだから、ときどき叱ってもくれて。
    それでも、やりたいことは応援してくれて。
    そんな相手を求めていました。

    でも、あるとき気づいたんです。いや、それってどんな「全肯定bot」だよって、自分でツッコんじゃいました。

    しかもこの発想だと、「相手ありきになってるな」とも思いました。「わたしには理想のパートナーがいないからダメ、魅力が足りない、頑張ろう。」という思考に追われていました。
    相手基準で走り続けるのは辛いですし、何より目指しているラインが高すぎるので無理ゲーの構図になっています。

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    3.「自分を受け入れてくれる人」とは?

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    そう、探し求めていた「自分を受け止めてくれる人」とは、「まず自分なのかもしれない」というのが、最初の出発点ではないかと思いました。

    ・適応障害で苦しんでいたとき、「成果を出さなきゃいけない」と自分を追い込んでいたのは、厳格なルールを自分に課していた自分でした。

    ・「父親に認められる会社に入って、成果を出さなきゃいけない」と、ライティングで独立するまでずっと親の目を気にしていたのも自分でした。

    とは言え、もちろん、例えば、セクハラやパワハラは120%相手が悪いです。その他、外的な要因もたくさんあると思います。
    ですが、極論としては、そのネガティブ要素(避けるべき要素)と、自分の得意なポジティブ要素(自分が特性を発揮しやすい要素)を理解して、うまく自分自身を使いこなせたら、きっと生きづらさは解消できるのではないかというのが、わたしが思うところでした。

    ですが、ですがです。わかります。
    これは最終的な解であって、いきなり言われても困ってしまいますし、急にそこまではなれないことはわたし自身も痛感しています。

    もっと言うと、だからこそ、「また自分を責めてしまっている自分が悪い」「いつまで経っても自信を持てない自分が悪い」と自分を責めてしまうと、それこそ負のループに入ってしまいます。

    また、一方で「生存者バイアス」という側面もあると思います。わたしは、自分も適応障害になったことで、メンタルが弱い側に所属した気になっていましたが、本当に深刻なステージの方のメンタルについて、全然理解できていませんでした。

    ・朝散歩でセロトニンを浴びるのがいいよ!
     ⇒ 太陽の光がまぶしく感じ過ぎて辛い

    ・人の言うことなんか気にしないで自分軸で行こう!
     ⇒一度、異性のアカウント運用を請け負ったのですが、マジでキモすぎる絡みが多くて絶句しました。日々、こうした魑魅魍魎(ちみもうりょう)と戦っているのかと。

    わたしは、まだまだ無知でした。「大いなる力には大いなる責任が伴う」と勝手にマーベルヒーロー気取りで、「世の中から生きづらさをなくす!」と手を振り上げるところでした。

    そこまでの力はわたしにはありません。また、その姿勢では、今度はきっと、わたし自身が誰かに新たな心の傷を負わせてしまうと思います。

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    わたしがやれること

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    あなたのこころの灯火に

    わたしがやれることは、自分自身のメンタルブロックを、こころの垢のようにポロポロと少しずつそぎ落とし、わたし自身の自分軸で人生を謳歌し、多様な選択肢の一つとして、広がりを見せ続けること。

    葛藤やモヤモヤに向き合って抗い続けて、それを発信し続けることなんだと腹に決めました。

    わたしは、コーチングやカウンセラーの勉強をしてみようと思うこともありました。しかし、わたしは一生をかけて自分自身のアウトプットを探求すること。それ自体を人生だと定めました。
    もちろん、この先そうしたことを学ぼうという機会が来て、またゴリゴリ進めるかもしれませんが、わたしの軸はそこを目指して進んでいきます。

    わたしが思う灯台の明かりは、モヤモヤに光を差してくれますが、あなたが行きたい方向性に進むのはあなた自身です。もちろん、こんがらがっていることを整理するのは得意ですし、わたし自身も、自分のモヤモヤは色々な方に相談させてもらっています。

    よく言われる「自分の人生のハンドルを、自分で持つことを決める。」そんな方を応援する人になりたいと思います。


    今回のトップバナーは、Kindleで多くのカテゴリーで1位を獲得されている、Kindle出版のエキスパート、ななさんのイラストを使わせていただきました!

     
     
    「これならいけそう」を、一緒に見つける人。 頑張っているのに、しんどい。自分を責める前に、仕組みを疑ってみる。 まだ言葉になっていない経験や強みを、対話でほどいて見届ける「リ・キュレーター」。 交換note会/灯火杯 主催。

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