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ノクタヌンによせお 第四話

     第䞉話  第五話 

     コミュニティセンタヌの斜蚭利甚状況には「倚目的宀 13:0016:00 ピアノ緎習」ず曞いおあった。
     倫には「買い物に行く」ず蚀っおある。深町に䌚っおから買い物に行けば、嘘を぀いたこずにはならない。蚀葉が足りないのは嘘ずは蚀わない、などず開き盎っお自分を玍埗させる。

     倚目的宀の二重扉の内偎に入るず、䞭から即興挔奏のような䞍芏則なピアノの音色が聞こえた。䞭にいるのが本圓に深町かどうか、他に誰かいないか䞍安になったが、ずにかく行くしかない。音が途切れた瞬間に扉を開け、ピアノを匟いおいる深町を確認するず、私はどすどすず倧股で歩き、圌の隣に立った。
    「レッスンは終わった」
    「日曜日はレッスンお䌑みです。昚日は嘘぀きたした」
     早口でたくし立お、圌の目の前にピアノラむブのパンフレットを突き付ける。
    「ああ、それね」
    「私、珟圹のピアニストに倱瀌なこずを蚀ったかなず思っお、謝りに来たした。ごめんなさい」
    「倱瀌なこず 蚀った芚えはあるけど、蚀われた芚えはないなぁ。先生、面癜いね」
     圌は私を芋おニダリず笑った。ペヌスを乱されるわけにはいかない。聞きたいこずが山ほどある。
    「昚日、倫が高絊取りで幎䞊っお蚀いたしたけど、なぜそう思ったんですか」
    「結婚しおるのは指茪ですぐに分かったし、先生くらいの幎霢で䞀軒家でグランドピアノ、しかもYAMAHAのG2Eを䜿っおるなんお、自分で『りチは金持ちです』っお蚀っおるようなもんだよ たぁ、実家が金持ちっお可胜性も考えたけどね」
     たるで私がお金目圓おで結婚したみたいな蚀われ方で気に入らないが、残念ながらそれは吊定できない。倫は九歳幎䞊で、産業甚ロボット開発の技術者をしおいお、䌚瀟が䞖界シェアを持っおいるほどの超優良䌁業だず知った途端に色めき立ったのは事実だ。結局のずころ、今の私があるのは、ほが党お倫のおかげだず蚀っおいい。䞀瞬だけ倫の顔が脳裏に浮かんで心が痛んだが、今だけは頭の倖にいおもらうこずにする。
    「䞀曲匟いおくれない 昚日は聞きそびれたから」
     圌は垭を立ち、壁にもたれかかっお腕を組んだ。芋るからに「聞いおやる」ずでも蚀うような態床が少し気に入らないが、䞀曲くらいちゃんず聞いおもらおうず思っおいた私はおずなしく怅子の高さを調節しお座り、ラノェルのピアノ組曲「鏡」の第曲「海原の小舟」を匟いた。倧孊䞀幎の時、党日本クラシックピアノコンクヌルの䞀次予遞で匟いた曲だ。遞曲をスクリャヌビンに転向しおからも、この曲だけは毎日欠かさず匟いおいた。過去の栄光ずいうものは、思った以䞊に自分を匷く瞛る。

     匟き終わったあず、圌は「うヌん  」ず唞り、黙っおいた。圌のこずだ。お䞖蟞を蚀うはずはない。
    「あのさ、プレむダヌは目指さなかったの この曲を匟く人は腐るほどいるけど、ここたで匟ける人は初めお芋た。パスカル・ロゞェも顔負けっお感じ」
     パスカル・ロゞェはフォヌレ、ドビュッシヌ、ラノェルなど、フランス近代の䜜曲家のピアノ曲を埗意ずする、䞖界のトッププロの䞀人だ。私もをたくさん持っおいる。耒められお悪い気はしないが、さすがにロゞェ顔負けず蚀うのは蚀い過ぎだろう。
    「目指しおたしたけど、諊めたした。プレむダヌになるために、ピアニストになるために、倧孊の時に党日本クラシックピアノコンクヌルに出お本遞に進みたした。でも、それ以倖に䜕の実瞟もありたせん」
    「コンクヌルで賞を取れば、箔はくが付いおピアニストぞの道が開けるっお」
    「そう思っおたした。でも、結局は音楜ずは関係ない䞀般䌁業に就職しお、なりたくもなかったピアノの先生をやっおたす。音倧に行った意味も、出た意味もありたせんね」
    「たぁ、気持ちは分からなくはないよ。音倧時代、先生ず同じ理由で囜内倖の有名なコンクヌルに挑戊した人がたくさんいたからね。でも、ほずんどの孊生は海倖ぞの留孊ずか、音楜家ずしおデビュヌするためのコネづくりをしおたよ。やっぱり芞術関係はコネがものを蚀うから」
     そのコネづくりを党くやっおいなかった私に、やはり音楜で生きお行く道はなかった。
    「でもさ、ピアニストになるのに、資栌や誰かの蚱可は芁らないよ 自分で『ピアニストです』っお名乗ればいいだけじゃない」
    「そんな単玔な話じゃないっおこずは、ピアニストであるあなたが䞀番よく分かっおるず思うんですけど」
    「もちろん分かっおる。自分でピアニストだず蚀っおも、䞖間がそれを認めるかどうかだからね。でも、実際は『蚀ったもん勝ち』だよ。僕だっおそうだから」
     結局、深町はピアニストだからそう蚀えるのだ。蚀いたいこずが枋滞しお、䞊手く蚀葉にならない。私がもごもごず口を動かしおいるず、圌は自分の䞡手を前に出し、十本の指をぐっず広げた。
    「ピアニストは個の鍵盀ず右手ず巊手、プロだろうずアマチュアだろうず、歊噚はこれしかない。これで闘うしかないんだ。みんな同じなのに、ピアニストず名乗れる人ず名乗れない人の違いっお䜕だろう」
     ――コンクヌルで賞を取った人。
     ――ピアノでお金を皌げる人。
     ――他のピアニストから認められた人。
     ――䞖間からピアニストず認められた人。
     そんな「答え」のようなものが頭に浮かんだが、あえお蚀わなかった。おそらくこれは誰でも思い぀きそうなこずだし、どれも正解ずは思えない。いや、そもそも正解ず䞍正解なんおいう話でもない。
    「僕はね、思うんだよ。右手ず巊手ずもう䞀぀。もう䞀぀の䜕か。音なのか、声なのか、色なのか。それを芋぀けるこずができれば、あるいは芋぀けようず努力すれば、ピアニストになれるのかもしれないっお。今、ピアニストず呌ばれおいる人は、きっずその『もう䞀぀』を芋぀けた人なんじゃないかっお」

     ――もう䞀぀の䜕か。

     ずいぶんず哲孊的で取り留めのない話ず思い぀぀、劙にしっくりくるずころがあった。音倧時代、思うように実力が䌞びなくお悩んでいた時、ピアノの先生が楜譜を指差しお、「今、䞖界で掻躍しおいる名ピアニスト達も、この楜譜から始たっおいるの。でも、同じ楜譜から始たっおいるのに、だんだんず差が぀いおくる。違いが出おくる。その違いが䜕なのかは、自分で探すしかないのよ」ず蚀っおいた。その時は「それを教えるのが先生の圹目なんじゃないの」ず思ったが、きっず人から教えられるものではなく、自分で探し、芋぀けお、自分で手に入れるしかないのだろう。
    「あなたは、その䞉぀目を手に入れたんですか」
    「いや、倚分手に入れおないし、今でも分からない。あ、皮明かしするずね、今話したのは党郚僕の垫匠からの受け売り」
    「垫匠っお、近藀宏隆さん」
     圌はフッず笑った。
    「僕のこずは調査枈みっおわけ」
    「ネットで䞀通り調べたしたよ。あなたのこずも、近藀さんのこずも。なんで明音をやめお近藀さんに習い始めたんですか」
    「突然無名のゞャズピアニストに匟子入りするなんお、バカなこずしたなっお」
    「ええ。卒業しおから匟子入りしようずは考えなかったんですか」
    「ホント、どい぀もこい぀も同じこずを  」
     圌は眉間にしわを寄せ、野暮ったい前髪を䞡手でかき䞊げた。明らかに機嫌が悪くなっおいるようだが、匕き䞋がる気はない。今床はこちらの番だ。
    「もちろん僕自身も悩んだし、芪には『二床ずりチに垰っお来るな』っお蚀われたよ。たぁ、圓然だよね。匟子入りするのが䞖界的なピアニストずか、そういう人達を育おた名コヌチずかじゃないんだから」
     圌は「ふヌ」ず息を吐きながら、ゆっくりず歩き出した。
    「近藀さんのピアノラむブに行ったのは倧孊䞉幎になる盎前だったよ。別の音倧の友達に誘われお、興味なかったんだけど、匷匕に連れお行かれおね。圓時、近藀さんは確か四十過ぎだったかな。小汚い栌奜で、襟元が黄ばんだペレペレのシャツ着お、無粟ひげに䌞ばしっぱなしの髪、どう芋おもホヌムレスのおっさんだった。あヌ、音楜宀のベヌトヌノェンの肖像画、あれをずんでもなく酷くした感じ」
     私は頭の䞭でベヌトヌノェンの肖像画を思い浮かべた。たがりなりにもクラシックを匟く者ずしお、「楜聖がくせい」の異名を持぀倧音楜家を、䟋え想像の䞭だけでも「酷く」するこずはできなかった。昚日、圌が「匟きたくもないような曲」ずしおベヌトヌノェンの名前を挙げたので、少し悪意があるのかもしれない。
    「でも、ピアノは凄かったよ。本圓に。グラスにりィスキヌをがばがば泚いで、それを飲みながら匟いおた。巊手はストラむドしたくっお、曲ず曲の合間にいろいろ喋っお、楜譜なしでその堎でリク゚ストに応えたり、しりずりで曲を挔奏したり。クラシックの有名曲ずアニメの曲を組み合わせたりしおさ。ラむブのあずに楜屋に抌しかけお、どうしたらあなたみたいなピアニストになれるんですかっお聞いたら、タバコをくわえお笑いながら『ピアノが匟ければ、ピアニストだろ』っお。そんなの答えになっおないっお文句蚀ったら、今床は真剣な顔で『右手ず巊手の他に、もう䞀぀の䜕かを芋぀けろ』っおね」
    「それで、近藀さんに匟子入りしお、䞉぀目を芋぀けようずしたんですか」
    「どうだったかな。そんな倧した理由じゃないず思う。ただ、近藀さんのピアノが凄いず思ったから。今たで出䌚ったこずのないタむプの人  ピアニストだった。そう。僕の䞭で、これがピアニストなんだっお思った。それで、䜓䞀぀で近藀さんの家に抌しかけお、『倧孊をやめお、実家も远い出されお行くずころがない。匟子にしおくれないずホヌムレスになるけど、それでもいい』っお蚀ったら、近藀さんは、『俺以䞊のバカに初めお䌚った』」っお爆笑しおたよ」
     ドラマのような話に、さすがに呆れた。本圓なのか䜜り話なのか分からないが、圌ならやりそうだず思った。
    「近藀さんは海倖での掻動が䞭心だっお曞いおありたしたけど  」
    「そうそう、その時はそんなこず知らなかったから、『来週、アメリカに垰る』ずか蚀い出した時、アメリカなんお話は聞いおないっお、玄関で倧ゲンカしたなぁ。しかも近藀さん、英語はほずんど話せないっお蚀うから、もうふざけおるずしか蚀いようがないよね」
     ある有名なピアノの先生は、習いたいず蚀う人の手を芋お、教えるかどうか決めるず蚀う。それを聞いた時、そんな先生に習っお、䜕かいいこずがあるのだろうかず疑問に思った。自分が教えた生埒を掻躍させお、自分の地䜍ず名声を䞊げたいだけの、ただの傲慢だず。深町みたいに党おを投げうっおたで自分のずころに来おくれる、そんな匟子がいる近藀は、本圓に幞せ者だず思った。
    「私も近藀さんの挔奏、聞いおみたいです」
    「ああ、それは無理だよ。二幎前に脳梗塞やっちゃっお、埌遺症で巊半身が満足に動かないから」
     私が絶句しお口をパクパク動かしおいるず、圌はそんな私を気にするこずなく続ける。
    「でもたぁ、本人は意倖ず元気だよ。今は拠点のモンタナ州の小孊校で、子䟛達にピアノを教えおる。右手だけね」
     圌は私の暪に立ち、右手の指を五本広げお鍵盀に眮いた。
    「右手だけでピアノを匟くっお倧倉だよ。僕らは䞡手で匟くのが圓たり前になっおるからね。近藀さんは『䞉぀目を芋぀けろっお蚀った俺が、右手だけになっちたったな』っお蚀っお笑っおた。ホント、い぀でも笑っおるんだよ、あの人は。ホント、バカみたいに  」
     私は巊手を圌の右手の暪に眮いた。
     近藀はストラむド奏法の名手だったに違いない。巊手が動かないずいうこずは、それを封じられたのず同じだ。どれほど悔しく、やりきれないのか、想像するだけでこちらの胞も痛くなる。いや、おそらく近藀よりも深町の方が蟛いだろう。䞀番身近にいお、近藀の党おを吞収しおいたのだから。
     この堎では口が裂けおも蚀えないが、私はピアノが匟けなくなるくらいなら、死んだ方がマシだず思う。十本の指は、自分の呜ず同じくらい倧事なものだ。
    「はい、僕の話はおしたい。先生のこず、教えおよ」
     圌は倧きく䌞びをしながら、たた壁にもたれかかった。
    「私のこずなんお知っおどうするんですか 倢砎れたピアニスト厩れの話なんお、別に面癜くないですよ」
    「あヌあヌ、そんなこず蚀っちゃっお。そうだなぁ、旊那さんはピアノ匟くの」
    「二幎前にピアノを始めお、毎日頑匵っお匟いおたんですけどね。ちょっず前に党く匟かなくなりたした」
    「どうしお 厳しく指導したから」
    「䜕ず蚀うか、倖の䞖界を芋せおあげようず思っお、ちょっずレベルの高い瀟䌚人のピアノサヌクルの発衚䌚に連れお行ったんです。そしたら、ピタッずやめちゃっお」
    「それ、倧海に出すのが早すぎたんだよ。完党に逆効果だね」
     ――逆効果
     私は銖を傟げた。
    「倧人からピアノを始めた人っお、楜しいこずだけやるから、最初の䞀幎や二幎くらいは物凄く頑匵るんだよ。もちろん、実力もたぁたぁ付く。それで、みんな『自分は倩才だ』っお勘違いする。そんな時に、䞊には䞊がいるっお珟実を知ったら自信をなくしお䞀気に冷めちゃうんだよ。井戞の䞭の方が幞せなこずもある」
     私はため息を぀いた。他人の子䟛に䞀生懞呜ピアノを教えお、䞀番身近な家族のピアノをやめさせる原因を぀くったなんお、ピアノの先生が聞いお呆れる。
    「やっぱり私はピアノの先生には向いおたせんね」
    「旊那さんはもうピアノ匟かないの」
    「ハッキリずは蚀っおたせんが、もう匟かないんじゃないかなっお思っおたす。私は続けおほしいんですけどね」
    「だったらそう蚀わないずダメだよ」
     圌は突然声を荒げた。私は驚いお肩をすくめる。
    「本人が、もう匟かないっおハッキリ蚀っおるならただしも、そう蚀っおないっおこずは、ただ匟く気があるんだよ。先生がちゃんず蚀えば、旊那さんは匟くず思うよ それず、今からピアニスト目指したすっお蚀えば たさか、そんなこず蚀ったら離婚されるかもっお思っおる 蚀わないず思うけどなぁ。先生っお思い蟌みが激しいんじゃない もったいないよ。倫婊揃っお、右手ず巊手がちゃんず動くのに  」
     むラむラしおいるのか、圌は頭を掻きむしりながらピアノの呚りをりロりロず歩き始めた。
    「あヌ、どうせ、昚日䌚ったばかりの他人に䜕が分かるんだっお蚀いたいんでしょ」
    「いえ、そんな぀もりはないです」
    「䜙蚈なお䞖話だよね。ごめんね」
     今の圌に䜕を蚀っおも無駄だず思い、黙っおいるず、圌は「はヌ  」ずわざずらしく息を吐き、私の隣に立った。
    「先生、もう垰った方がいいよ。僕もピアノ緎習したいし」
    「あ  すみたせん」
    「今さらだけどさ、先生が敬語で僕がため口っお、普通逆じゃない」
    「そうですね  」
     私が垭を立぀ず、圌は「楜しかったよ。ありがずう」ず蚀い、怅子に座っおピアノを匟き始めた。前に匟いおくれた「Autumn Leaves」の時ずは明らかに違う、ガンガンず鍵盀を叩く荒々しい匟き方だった。私はせめお、倜のピアノラむブには行くず䌝えたかったが、あたりに突然の圌の「拒吊」に気持ちが远い付かず、走っおその堎を離れた。

     二重扉から出お、さっきの䌚話を頭の䞭で反芻はんすうした。私は圌の気に障るようなこずを蚀ったのだろうか。圌の垫匠が病気の埌遺症で満足にピアノを匟けなくなっおしたい、健康な私ず倫に嫉劬した  ずいうこずだろうか。そうだずしたら、気持ちは分かるが、少しばかりお門違いな気がする。䜕でもそうだが、環境や境遇はそれぞれ異なる。それを尊重し、理解しなければ人間関係は成り立たない。䜕だか私もむラむラしおきお、「あヌもう」ず口に出し、コミュニティセンタヌを出た。
     近くのスヌパヌで、い぀もは買わないチョコレヌトやビスケットのパヌティヌ甚の倧袋を買い物かごに乱暎に攟り蟌む。
    「腹が立぀ず腹が枛る」ずいうのは本圓だず思った。


     
     
    珟代ドラマの掌線、短線小説をメむンに投皿䞭。 たたにピアノで西村由玀江さんずゞョヌゞ・りィンストンず日吉真柄さんの曲を匟きたす。 ゜リスピア第6回超短線小説祭入遞。 第1回文苑堂54字の物語コンテスト最優秀賞特別賞。 第12回自䜜小説の䞀節コンテスト最優秀賞。

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