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東証一部復職、そして退職。産業医との「敬語」を巡る静かなる戦い。

東証一部上場企業。安定した収入。聞こえは良いけれど、私にとっては適応障害という代償を払って手放した場所。1年半近くの休職期間を経て、私は再びその門を叩こうとしていました。

しかし、それは純粋な「復帰」ではありませんでした。会社に人生を捧げる生き方から脱却し、別の道を歩み始めた私にとって、復職はあくまで「安定した副収入」を得るための手段。割り切ってそう考えていました。

休職期間中、会社との定期面談はスムーズに進み、復職は間近に迫っていました。しかし、最後の関門として待ち構えていたのは、3回にわたる産業医との面談でした。

産業医は、まるで尋問官のような口調で私に問いかけました。「①休職前に体調を崩した原因は何か?②なぜ、その当時対処できなかったか?③復職後、同じ状況を起こさないための対策をどうするつもりか?」

過去の傷を抉り出すような質問の数々。1回目の面談では、①と②に答えましたが、産業医は納得しません。2回目の面談で③を答えても、まるでストレス耐性を試すかのように高圧的な態度で私を追い詰めてきました。

私は、まるで狸のように、その攻撃をかわし続けました。しかし、心の奥底では、静かに、そして確実に、産業医への敵意が芽生えていたのです。復讐心と言ってもいいかもしれません。

そして、3回目の面談。復職後の課題について回答し、人事から復職確定の判断が告げられた、まさにその瞬間。面談が終わろうとした時、産業医が最後にこう尋ねました。「最後に確認事項はありますか?」

私は、静かに、しかし明確な意思を持って、こう切り出しました。

「〇〇さん(産業医の名字)、あなたは私に対して敬語で話して来なかったのですが、それは意図的でしたか、それとも無意識でしたか?」

場が一瞬にして凍りつきました。

産業医は慌てて謝罪しましたが、私はそれを拒否しました。「謝ってください、とは言っていません。意図的だったか、無意識だったか、その二択で答えてください。」

人事が制止に入りました。「小泉さん、この場で先生を責めるのはやめてください。」

しかし、私は引き下がりませんでした。「これは産業医と休職者という立場の会話ではありません。社会的立場を抜きにした、1対1の人間同士の会話です。私は〇〇さんの部下でも後輩でもありません。近しい仲でもありません。そこに、敬語を使わない会話があることに、私という人間に対する敬いがないことへ、〇〇さんへの疑念を持つのです。」

結局、産業医は答えず、面談は強制的に終了となりました。

翌日、私は心療内科の先生に全てを打ち明けました。そして、この会社で再び働くことは、もはや不可能だと悟ったのです。

休職期限まで2ヶ月を残していましたが、私は退職を決意しました。

「敬語」という些細な言葉の裏に隠された、人間としての尊重。私は、それを求めただけでした。しかし、その小さな抵抗が、私を再び自由の身へと導いたのです。

東証一部という肩書き、安定した収入。それらは、私にとって本当に大切なものではありませんでした。私は、自分の価値観を大切にし、自分らしく生きる道を選んだのです。

この経験を通して、私は改めて気づきました。会社は、あくまで人生の一部でしかないということ。そして、自分自身を大切にすることこそが、最も重要なことなのだと。

このブログが、同じように悩んでいる誰かの背中を、そっと押せることを願っています。


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