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【連載小説】『小さな悲劇で満ちたこの世界で』 11.不幸な少女

    【これまでのお話】
    プロローグ
    1. 硝子のマリア像 2. 不器用な教え子
    3. 弱い男
    4. 都合のいい夫
    5. 好奇心
    6. 悲劇の未亡人
    7. 刑事たち
    8. 交わる運命
    9. 未亡人の告白
    10.藤原美羽

    11.不幸な少女

     「よく似た」美羽と晴香が「ウィステリア」を辞めたあと、2人の足取りは消える。しかし、美羽は慈秀大学に入学して再び世に姿を現す。一方、晴香の消息は途絶えたままだった。
     城島と袴田は、慈秀大学を訪れる予定を変更し、安田晴香の地元、茨城県つくば市まで足を延ばすことにした。2人とも、「しみじみ」という茨城の方言が、今回の事件で何を意味するのかも知りたかった。
     つくば市は伝統的な四町村を合併し、近代的な研究学園都市として生まれ変わった人口都市だ。筑波大学をはじめとする教育機関、そして多くの国や民間の研究所がある。
     しかし、中心街から車で10分も走れば田畑が広がり、市北部の筑波山麓には昔ながらの田舎の風景がある。
     安田晴香は、緑豊かな筑波山麓にある温泉旅館に生まれた。旅館と言っても客室が五部屋ほどの小さな旅館で、兼業農家であった。自宅はすぐ隣にある。その旅館「安田屋」に城島と袴田は泊まり、客として年老いた母の実花子からいくらか話を引き出した。
     実の父は、晴香が3歳のときに病死していた。実花子は晴香が11歳のとき、仕事で「安田屋」に長期滞在した足場職人の佐藤源次と親しい仲になり再婚した。入婿のかたちで安田の家に入った。
     佐藤は、怪我が原因で言葉が不自由だが、今も実花子と暮らしている。晴香は高校を卒業するやいなや家を出て、未だに戻っていないと言う。
     城島は思い切って、自分たちが刑事であることを明かした。実花子はあからさまに嫌な顔をした。
    「晴香が何がしでがしたのですか。あの、親不孝者。高校に行がせでやったのに、勝手に出でいったんです。うぢの金も持ぢ出して。あの子が出でった日、お父さんは怪我したのに、助げもしねえで」
     城島は、捜索願を出さなかったのか尋ねようとしてやめた。尋ねるまでもなかった。晴香の少女時代が、幸せではなかったことは容易に想像できた。
     晴香が家を出た日、養父との間にただならぬことが起こったのかも知れないとも思った。誰か、晴香を守り、慈しんでくれる人間はいたのだろうか。城島は、名ばかりの家族の残酷さに憤った。
     袴田は、美羽の履歴書の写真を実花子にも見せた。
    「この写真の女性、どなたか分かりますか。晴香さんですか」
    実花子は目を細め、眉間に皺を寄せ、コピーの紙を腕の長さいっぱいに離した。
    「これが晴香ですか。ずいぶん小綺麗にして、別人に見えるね。偉そうな顔して。今、どごにいで何やっているんですか。贅沢な暮らししてるんですか」
     袴田は、実花子の冷淡な反応に嫌悪感を覚えた。
    「いえ、私どもも晴香さんの消息は掴めていないんです。ご存知ならと思って窺ったまでです」
     石油ストーブを炊いても、薄暗い木造の「安田屋」の客室はどこか寒々としていた。城島も袴田も、実花子との話のあとでは「安田屋」での夕食がひどく味気なく感じられた。
     澤口美羽が本当は安田晴香なのかも確証を得られないままだった。ただ、20年ほど前まで、この旅館の棟続きに幸薄い安田晴香という少女が住んでいたことだけは確かだった。
     朝になり、2人は朝食もそこそこに「安田屋」を出て名古屋への帰途に就いた。(つづく)

     
     

    そら

     
     
    物語を織ることに夢中です。エッセイ、小説、脚本ほか、気ままにアップします。英語を聴いたり話したり教えたりすることが生業。言葉にずっと携わって来ました😊

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