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Photo bymaromari

noteで深まる人生の本質を問う旅

    以前、ミイコさんから読書感想文の宿題をいただき、自分なりの感想を書いてひと段落させていました。

    その時の結論は以下の通り。

    自分が自分の人生を生きている。
    何ものになる必要などない。
    人生、生きているだけで丸儲けなのだ。

    『生きがいがあってもなくても人生は生きているだけで丸儲けなのだ』より





    しかし、ミイコさんのお題への『ららみぃたん』さんの読書感想文を読み、何かしらの心のスイッチが入った私は、他の方々の読書感想文を読んで、またまた伝えたい思いが湧いてきました。

    人生の本質とは何か?
    つらつらと湧いてきた思いをお伝えする記事です。(2887文字)

    人は他人の幻と戦っている

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    今週は、体調が今ひとつ優れなかったせいか、心と頭のセンサーが今ひとつパッとせず。
    そんなお折に、ららみぃたんさんのこちらの記事を読んで、急にスイッチが入ったのです!


    みな、自分と向き合うのが怖くて、自分の中にある他人と戦っている。

    骨折27日目〜『死にがいを求めて生きているの』
    読書感想文〜より引用

    他人と比べたりして何者かになろうとするのは、『自分と向き合うのが怖い』
    というのは、目から鱗でした。

    今になって思うのは
    過去に失恋したと時や、大学受験に失敗した時、
    『自分の中にある他人と戦っていた』
    ということです。

    しかし、自分と向き合っていることに最初はなかなか気づけません。


    失敗(失恋や大学受験の失敗など)した時

    どうしてうまくいかない!?
    という憤りを感じている段階では、
    『○○のせい』
    と意識はあからさまに他者へ向かいます。

    そして、やがては誰のせいでもない、原因は『自分』にあることに落ち着きます。

    しかし、そこでありがちなのは
    「自分は顔や性格が悪いから振られた」
    「自分は頭が悪いから努力しても無理」
    と自己否定だったのです。

    実は、これこそが、
    『自分の中にある他人の存在と戦っている』
    状態です。

    『自分は○○に比べて❌❌が足りない」
    という『他者との比較の沼』にハマっていたわけです。

    『唯一無二の自分をどこかに置いておいて、幻の誰かになろうとしている』

    このことに気づいていなかったのです。

    ららみぃたんさんが、記事の中で『相田みつを氏のトマトの話』で引用していた
    『トマトなのにメロンになろうとしている』状態とも言えます。

    あるがままを受け入れて生きていくことそのものが人生

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    あれこれと経験を積み重ねていく中で
    「自分は何のために生きているのか?」
    そんな思いがあることにうっすらと気づき始めました。

    この時は
    何かを達成する!
    ことに生きがいを感じ、そのために頑張ることに充実感を覚えて40代まで突っ走ってきました。

    ところが、今までの経験を活かして全てを生かしても、うまくいかない究極の壁にぶち当たりました。

    いわゆる『荒れた学校』の当事者として砂を噛むような毎日を経験したのです。

    この時には、
    「どうして自分ばっかりこんな目にあう?」
    運命を呪ったり、周りを批判したり。

    やはり、意識が外向きでした。

    そして、『自分のやり方は間違っていた?自分は能力が足りない?」
    そんな無力感にも苛まれます。

    しかし、本当は
    『自分の中にある他者の存在と戦っていた』のです。
    『幻の他者』と比較して、『自分はだめ』とレッテルを貼るだけで、本当の意味で自分と向き合っていなかったとも言えます。

    モヤモヤとした数年間を過ごしました。

    そんな過去の自分に教えてあげたいのが、『きよこ』さんのこちらの記事からの引用です。

    生きていくことは、一足す一はニという風にいつもスッキリと答えが出るものではないし、なんとも言えない自己矛盾を抱えても、それでも生きていく。

    それこそが生きがいであるということ。

    世の中を白か黒かにハッキリと分けてしまうのではなく、グレーを許容しながら、その中で何を選択していくかを自分で考えて選びとっていく、その選択の積み重ねが生きていくことそのものだと。

    自分が何者であるか分からなかった私が足掻いて足掻いて私になった②より引用


    この記事を読んで、改めて当時の自分を振り返れば、

    もがき苦しんだあの経験に、良いも悪いもない。
    あの中で必死に生きた。
    それが当時の私の精一杯。

    そんな風に思うのです。

    世の中の全ての人が等しくその人にしかなれないし、その人らしいのです。

    きよこさんの同上の記事より引用

    私は私らしく生きていた。

    それ以上でもそれ以下でもないと。

    人生はすでにある|意味は後付け

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    ミイコさん関連のコメントを読み進めているうちに、またまた「ズバッ」と心に刺さるフレーズの記事に導かれました。

    『ゆうゆう』さんの記事です。

    この世に存在している 自分! 
    それをやっていくしかない!

    『生きる意味』より引用

    良いとか悪いとかジャッジが先にあるのではなく、そもそもすでに人生を生きている。

    これって、当たり前ですよね。
    でも、『他者との比較の沼』『自分探しの沼』に溺れているとこの大前提を忘れがち。

    生きる意味 

    それは何だかわからないけど、

    今生きている自分、
    日々を過ごす自分、

    それ、そのものが ある !

    ゆうゆうさん同上の記事より引用

    これに尽きる!
    まさにそれ!言いたいことそのもの!

    実存主義で有名なサルトルの言葉
    『実存は本質に先立つ』
    人間はまず先に実存し、
    自分の本質というのはそのあとで、
    自分自身でつくるものだ!

    ゆうゆうさん同上の記事より引用

    人生に意味付けできてもできなくても、私たちは常に人生そのものを生き続けている。
    うまく意味付けできようができまいが、納得しようがしまいが、その人生を終える時、ちゃんと自分らしい人生の意味づけがなされているのではないか。

    終わりに

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    自分の記事を読み直してみると、結局は前回と同じようなことを言っていることに気づきます。

    やっぱり人生、生きてるだけで丸儲け。

    でも次の視点は、名言なので、もう一度載せておきます。

    ・みな、自分と向き合うのが怖くて、自分の中にある他人と戦っている。
    ・世の中の全ての人が等しくその人にしかなれないし、その人らしいのです。
    ・生きる意味 それは何だかわからないけど、今生きている自分、日々を過ごす自分、それ、そのものが ある !

    最後にゆうゆうさんが紹介していた、実存主義で有名なサルトルの言葉を紹介して本日の締めとさせていただきます。

    『実存は本質に先立つ』
    人間はまず先に実存し、
    自分の本質というのはそのあとで、
    自分自身でつくるものだ!

    ゆうゆうさん同上の記事より引用


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    ☘️最後まで読んでいただきありがとうございました。
    ☘️素敵なご縁に感謝です。
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    ※久々に拙著の宣伝をさせてください。

    今回の記事に書いた、私自身の大きな壁。「自らの身に降りかかる災難」と思えた出来事こそが、実は「自分と真摯に向き合うための貴重な学びでした。この学びを脚色して物語にまとめました。打開不可能と思われた壁をどのように乗り越えるか?内省によって自身の壁を乗り越えるヒントが詰まった物語であると自負しております!



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