
開封の儀 - 未開封の段ボール|掌編小説
カーテン越しに朝陽の光を感じる。日曜日だった。何の予定もない、最高の日曜日の朝。
持ち帰った仕事もない、友達と遊ぶ約束もない、同棲している彼氏も午後から出かけると言っていた。
そして、何よりも、今日は予約注文していた推しのグッズが届く日!
「荷物来てたぞ」
目が覚めたとき、時刻は八時半だった。まだ配達中ではないでしょ、とたかをくくってベッドを抜け出し、リビングに向かう。すると、キッチンで朝食を作っている康久がそう声をかけてきた。
「えっ、もう来たの?」
「朝イチでまわってきたんじゃね」
「よっしゃ。荷物どこ?」
「玄関」
私は玄関に走った。うん、ドアマットの上に段ボールが置いてある。差出人を確認すると、確かにいつものショップからだった。
私はほくほくとそんなに重くない段ボールを抱えると、リビングに引き返した。
「康久」
「ん?」
「午後から出かけるんだよね」
「友達と飲んでくる」
「何時くらいに出る?」
「十六時くらい。ほら、朝飯できたぞ」
私はダイニングの椅子に腰掛けながら、テーブルに並んだハムエッグやトーストを見た。私たちは家事を分担している。去年の秋に同棲を始めて一年、さすがにお互いに料理も上達した。
「康久」
「ん?」
「どうせなら、昼飲みしてきたら」
「は? 何でだよ」
「私はひとりになりたい」
「………、」
「ひとりで神聖に、開封の儀を執り行いたい」
深いため息をついた康久は、私を無視して朝食を食べはじめた。私は頭を下げて、「ごめん、お願い!」と手も合わせる。
「昼飲みしろは言い過ぎたけど、一時間、一時間でいいから散歩に行ってください」
トーストをもぐもぐしている康久は、リビングに組まれている私の祭壇を一瞥した。ケースに入ったアクスタ、並んでいるぬい、特典ポスカが入った写真立て、などなど。
「別に……俺、夕夏の趣味は知ってるから、部屋にいて良くない?」
「開封の儀ナメんなよ」
私が急に瞳孔が開いたような目になると、康久は引いた顔になったけど、すぐにあきれたため息を再び吐き出す。
「あのさ。もし俺が今夜飲む相手が、女の子だったらどうするんだよ」
「別に」
「『別に』って……浮気とか思わないのか」
「あ、浮気のつもりで飲むの?」
「そうじゃないけど! 飲むの普通に男友達だし」
「じゃあいいじゃん」
「お前は俺に浮気されて仕方ないからな」
「何で?」
「俺よりも二次元のほうが大事だろ」
「じゃああんたは、いつも同伴してるキャバ嬢より私のほうが大事なの?」
康久は頬を引き攣らせた。そして、それ以上は言わずに朝食を食べはじめる。
「私、あんたが飲みに行くのは自由だと思ってるし、キャバに行くのも風俗に行くのも自由だと思ってるし、私より好きな人ができたらそっちにいくのも自由だと思ってる」
「……いや、その、」
「でも、それを正当化するために私の推しを引き合いに出すなら、別れるからな?」
「すみません」
「皿は私が洗うから、二時間は散歩に行け」
「はい」
康久は私の圧に蒼ざめながら席を立ち、そそくさとスマホや財布をかき集めた。
「……夕夏さん」
「何」
「俺、その……いろいろつきあいはあるけど、ちゃんと夕夏を一番だと思ってるから」
「こんなヲタクを捨てないんだから、そうだろうなとは思ってる」
康久は目を開いたあと、何やら嬉しそうに小さくうなずいて、リビングに置いている未開封の段ボールをちらりとした。
「終わってから、メッセくれ。それまで時間つぶしてるし、先に飲みの時間が来たらそのまま行ってくるから」
私はこくんとして、ようやくにっこりとしてみせた。康久は私の笑顔が見られたことにほっとした様子で、出かけていった。
私も朝食を食べ終えると、約束通り朝食の食器は洗っておいた。よし、とタオルで手をぬぐうと、ようやくリビングの段ボールの前に落ち着いた。
邪魔をするものは何もない。新しくお迎えしたグッズと対面して、歓喜の声なき声を上げても、床をごろんごろんしても、そのビジュに嗚咽を漏らしても、大丈夫。
いざ。
私は、厳重なガムテをびりっと引き剥がし、段ボールを開いた。
FIN
お題をお借りしました。
ありがとうございます。