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Photo byabe_chan16

「仲間に入れて」と言いたい

    前職を辞めて早8か月。


    Webライターとして働き始めたはいいものの、なかなかどうして稼げない。

    それは偏に僕の努力不足なのだが、やはりフリーランスで働くということは簡単ではないと痛感した。


    「このままではいけない」と思い、何度かアルバイトの応募もしたが、面白いように不採用が続いた。

    応募時のタイミングが合わずすでに募集終了となったもの、面接までこぎつけたが最終的に不採用となったもの、応募直後に新型コロナウイルスに感染して泣く泣く辞退したもの。

    こんなに縁がないものかね(あ、コロナは無事治りました)。


    そうこうしていく間にも、生活は続く。

    生活が続くということは、お金がかかる。

    つまり、働かなくてもお金は減っていく。なんと因果なことか。


    貯金もほとんどないので、親に頭を下げるしかない。

    70代のご老人を働かせて、30代の自分はその脛を齧り取る。

    コラッタもびっくりのひっさつまえばだ。

    嗚呼、どうか僕を蔑むがいい。


    なにもこの現状に満足しているわけではない。

    むしろ、親には本当に申し訳ないと思う。

    どちらかというと自分が稼いで、親には苦労をかけた分孝行してやりたいのが本音だ。


    しかし、これまでがんばって働いてきた反動か、働くことに恐怖心がある。

    求人を探していても、「いや、これは自分にはできない」とか「もしまた過呼吸発作が起きたらどうしよう」とかどうしても頭を過ってしまう。

    ※過呼吸発作の経緯については、下記参照。


    それでも、(自分でも不思議なのだが、)働きたいという欲求が確かにある。

    あんなに苦しい思いをしたというのに、まだ僕は戦おうとしているのだ。


    それはきっと、寂しいからなのだと思う。

    だれかとつながっていたいからなのだと思う。

    仮に、Webライターとしての仕事が確立し、十分に生活できるほどの稼ぎがあったとしても、どこか満ち足りない気がするのはそのせいだろう。

    僕は、孤独が一番怖いのだ。

    だからきっと、外に出た方がいいのだ。

    「働きたい」というよりは、「社会の輪の中に入りたい」という感覚に近い。

    つまり、社会に「仲間に入れて」と言いたいのだ。


    このことに気づいたのは運がよかった。

    Webライターを始めていなければわからなかった心境だし、トントン拍子で成功していたら気づき得なかったと思う。

    『失敗は成功のもと』とは言い得て妙だ。


    だからといって、Webライターをすぐに辞めるつもりはない。

    ただ、少しずつでいいから、自分の望む未来へ、歩みを歩き続けることが大切なのだろう。

    人生を終わらせるには、まだまだ早すぎるのだから。


    気弱なコラッタが立派なラッタに成長するまで、その前歯を研ぎ澄ましておきたい。

    そして、その前歯で齧るのは親の脛ではなくなることを、切に願うのである。


     
     
    物書き(エッセイ、小説)。kindle『不憫男子〜フビダン〜』発売中。商業作家を目指して修行中。宮崎智之エッセイ講座1期生。ミキアカ生。ポケモンとDOMOTOと特撮とコナンが好き。Amazonアソシエイト参加中

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