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小説:老人ホーム デスゲーム11

    11
    「ユイちゃん! どうして」
     ユイちゃんは、申し訳なさそうにしながらも、赤ちゃんトメさんを愛おしそうに抱いている。
    「ハルトくんでは、協力は得られないと思ったと言いましたよね? でも、ほかに協力者がいないとは言ってません」
     施設長は飄々と言った。まさかユイちゃんが施設長の協力者だなんて、信じられない。
    「どういうことだよ! ユイちゃん、何か脅されたのか!」
    「ハルト、ごめんね。でも、脅されたわけじゃなくて、自分の意思で協力しているの」
    「はあ~? ユイさん、マジで意味わかんないんですけど」
     イチカちゃんが、僕と同じ意見を言ってくれた。
    「イチカちゃんも、ごめんね。騙すみたいになっちゃって。あと、体張って闘ってくれたのに、ごめん」
    「私のことより、亡くなった利用者さんのことを考えてください。消えてしまったシゲルさんのことも!」
     イチカちゃんの言葉に、ユイちゃんは一瞬顔を曇らせた。僕たちの後ろにはまだ生き返らせられていないサチコさんの死体がある。それに、消えてしまったシゲルさんの戻し方はまだわかっていない。
    「ユイさんは、取引に応じたんですよ。非常に利口な方だ」
     施設長がユイちゃんの肩に手をやる。ユイちゃんが利用者さんの命と引き換えに応じるような取引なんて、一体あるのだろうか。
    「みんなごめんね。でも、私は子供が欲しかった」
     一瞬、みんな固まった。どういう意味だろう。
    「ハルトは子供いるからわかんないよね。イチカちゃんは独身だし、リクとツムギは男だし。わかんないんだよ。子供ほしいのにできないってのが、どんなに苦痛か」
    「もしかして、ユイちゃん」
     そう言ってハルトは、トメさんを見る。
    「そうだよ。今回のデスゲームで利用者さんを子供まで若返らせることに成功したら、一人私がもらうって約束したんだ。トメさんが赤ちゃんで見つかったときは、本当に嬉しかった。これで私も子供が育てられるって。しかも、こんなに小さな赤ちゃんまでちょうど若返ってくれるなんて、狙ってもなかなかできないよ。奇跡だよ、トメさんは奇跡の赤ちゃん。私の赤ちゃん」
     ユイちゃんは、うっとりと語った。リクとツムギは絶句していた。僕も、どうかしていると思った。優しくて落ち着いているユイちゃんが、別人みたいに見えた。そんな苦痛を抱えていることも知らなかったし、その苦痛の代償にこんな悲惨なことに加担するなんて、僕には信じられない。
    「こんなことをして手に入れた赤ん坊を、まっとうに育てられるわけないだろう」
     ハルトが静かに言う。
    「赤ん坊が欲しかったのは、わからないでもないよ。でも、その方法がこれで本当に良かったのか? ユイちゃんは、後悔しない?」
    「しない」
     ユイちゃんは、きっぱりと言った。
    「トメさんはご家族もいないし、ちょうどいい。お姑さんの介護で苦労したぶん、私がいっぱい甘えさせてあげたい」
     ユイちゃんは、トメさんを抱きしめた。
    「いいですねえ。お涙頂戴、というところでしょうか」
     施設長がにやりと笑ってから「さあ、では、よろしくお願いします」と大男に言った。
    「施設長さんも人が悪いね」
     大男は、そう言うなり、ユイちゃんからトメさんを取り上げた。
    「え!」とユイちゃんが声を出す。
    「ごめんね、お嬢さん。施設長さんが、イワオって老人だけじゃ成果として不十分だからって、赤ん坊も欲しいっていうからさ」
    「騙したのね!」
     ユイちゃんは、悲鳴のような声を出した。
    「やめて! 返して! 私の赤ちゃん!」
     ユイちゃんは両手をあげて叫びながらトメさんを奪い返そうとする。その姿には、哀れみがあった。悲しい、と思った。こんな悪事に利用されたユイちゃんの切実な願いが、悲しい。大男はトメさんを施設長に渡した。
    「はいはい。静かにしてね」
     大男が、ユイちゃんの胸ぐらをつかんで、腰にさげていたサバイバルナイフを取り出した。
    「若者は殺したくないのですが、ユイさんだけは邪魔なんですよ。トメさんを執念深く取返しに来そうだから」
     施設長が口をへの字にした。
    「ということなんで、悪いね」
     大男がユイちゃんに向かってナイフを振り上げた。
    「やめろ!」
     ハルトが叫ぶ。みんなが勢いよく大男に飛びかかろうとする。でも、僕が一番速かった。速かったし、跳躍力があった。僕は大きく跳躍し、大男の首に噛みついた。
    「うわああああ!」
     大男がユイちゃんを放し、首を押さえながら僕を蹴り飛ばす。僕は飛ばされて詰所の壁にぶつかる。でも、かなりしっかり噛みつけた手応えがあった。
     大男はずっとガスマスクをしていた。きっと若返りの薬品を吸わないためだろう。途中からホームに来たユイちゃんも、薬品を吸っていない可能性がある。ユイちゃんが薬品を吸っていないとしたら、殺されてしまった場合、生き返らせることはできない。それなら、大男を仕留めなければいけないのだ。僕はその覚悟を持って、首に強く噛みついた。
    「ちくしょう、犬・の・く・せ・に・!」
     大男が首を押さえてふらふらしながら声を漏らす。指の間からどくどくと赤い血液が溢れ出てくる。そうだ。僕・は・犬・だ・。でも、僕だってここ老人ホーム「けやき」の職員なんだ! 仲間なんだ!
     どすんと大きな音をたてて大男が廊下に倒れた。死んだのかもしれない。大男は何歳くらいだったんだろう。僕は、薬品を吸っている。僕は、大男を殺したら寿命を奪ってしまうだろう。僕は四歳の成犬だから、シゲルさんみたいに消えていなくなっちゃうかもしれないな。
    「タロウ!」
     ハルトが僕を抱き起す。僕のパートナー。セラピードッグとして働く僕の、一番の理解者。介護士であり、セラピードッグのハンドラーの資格も持つ素晴らしい相棒。ハルトと会えなくなるのが、一番寂しいな。いつも褒めてくれて、優しく撫でてくれるハルト。
    「タロウ……。私、なんてことを……」
     ユイちゃんが近づいてくる。そんな顔しないで、ユイちゃん。ユイちゃんを守れたなら、本望ってやつかもしれない。消えちゃうのは、怖いけどね。いつも優しくて穏やかなユイちゃん。こんな恐ろしい方法じゃなくて、赤ちゃんができたらいいね。
    「タロウ!」
     叫びながら僕を抱きしめるイチカちゃん。イチカちゃんは僕のことが好きだったでしょう? 気付いていたよ。いつも気にかけてくれてありがとう。僕もイチカちゃんが大好きだ。
     リクが無言で見つめてくる。忘れるなよ、リクを生き返らせたのは僕なんだからね。感謝しろよ、なんてね。
     ツムギが泣いている。ツムギはそそっかしいから心配だなあ。僕のほうがずっとしっかりしているよ。
     ああ、体がぞわぞわしてきた。もしかしたら、大男が絶命したのかもしれない。僕が消える番だ。
     僕はそっと目を閉じる。死んじゃうのと消えるのと、どっちが苦しいんだろう。今のところ、体がぞわぞわするだけで、痛くも痒くもない。このままスッと意識がなくなるなら、あんまり苦痛ではないな。利用者さんたちと過ごした時間を思い出すなあ。病院に勤めていたときの子供たちの笑顔も思い出す。犬にも走馬灯ってあるのかな。僕の過ごした時間は、いい時間ばかりだったなあ。みんな、ありがとう。さようなら。
     

    12へ続く

     
     
    あきや・りんこ。小説家。創作大賞2023別冊文藝春秋賞受賞『ナースの卯月に視えるもの』シリーズ累計14万部突破!新刊『桃井ナースはこころも看ます』7月7日発売!『潜入心理師・月野ゆん』シリーズ『桃井ナース』シリーズ『人生最高ごはん』

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