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中学生の心は永遠に続く

    今、振り返ってみると、わたしの精神性は中学生の時に確立して、それは今もほぼ変わっていない感じがします。
    社会に出て様々な経験を積み、考え方も柔軟になったつもりでいたけれど、その根っこにある「自分らしさ」のようなものは、あの多感な時期にすべて形作られたのではないか。
    そんな気がしてならないのです。

    ✅精神世界ってどうなっているのか?

    中学二年生の夏。
    じりじりと照りつける太陽の下、部活帰りの気怠い空気の中で、ふと「今、考えているこの自分は、本当の自分なのだろうか?」という問いが頭をもたげました。
    まるで熱に浮かされたような、奇妙な感覚でした。

    当時の私は、いわゆる「スクールカースト」の中で、決して上位とは言えない、けれど誰かを傷つける側にもなりたくない、そんな中途半端な位置で息をしていました。
    親や教師の言う「正しいこと」と、友人たちの間でまかり通る「ノリや空気」
    その両方の間で、私の心は常に揺れ動いていました。

    流行りの音楽を聴き、話題のテレビ番組を見て、当たり障りのない会話で笑う。
    そうやって周囲に溶け込もうとすればするほど、「本当の自分」がどこかに消えてしまいそうな焦燥感に駆られました。

    そんな時、私の唯一の逃げ場所であり、聖域だったのが「精神世界」でした。
    それは、誰にも邪魔されず、自分自身の声だけを聴くことができる場所。
    夜、布団に入ってから眠りにつくまでのわずかな時間、私はその世界の探検家になりました。

    「なぜ、人は人を好きになるんだろう?」「死んだらどこへ行くんだろう?」「この世界の果てには何があるんだろう?」

    答えの出ない問いを、延々と自問自答する。
    それは、苦しいながらも、どこか心地よい時間でした。
    友人関係の些細な悩みも、成績への不安も、その広大な精神世界の中では、ちっぽけな出来事に思えました。

    この世界には、目に見えるものだけでない、もっと深く広大な「何か」がある。
    そして、その「何か」と繋がっているのが、自分の内側にあるこの感覚なのだと、漠然とですが確信したのです。
    物理的な世界でうまく立ち回れなくても、この精神世界さえあれば、私は私でいられる。
    この感覚こそが、私が14歳の時に手に入れた、生涯のお守りのようなものなのかもしれません。

    他人から見れば、それはただの「中二病」だったのでしょう。
    しかし、あの時期に自分だけの世界を深く掘り下げた経験が、その後の私の価値観の礎となったことは間違いありません。

    ✅わたしをわたしと認識して生きるために

    社会人になり、いくつもの役割を与えられました。「〇〇会社の××です」「△△さんの部下です」
    そんな肩書が増えるたびに、私は自分の輪郭が曖昧になっていくような感覚に陥ることがあります。
    会議で求められる発言をし、取引先との会食で愛想笑いを浮かべる。
    それは社会で生きるためのスキルであり、決して悪いことではありません。

    しかし、ふとした瞬間に、中学生の私が顔を出すのです。

    理不尽な要求に「それは違う」と心の中で叫ぶ声。
    効率や利益だけを追求する空気に、言い知れぬ虚しさを感じる感性。
    誰かが傷ついているのを見て、自分のことのように胸が痛む感覚。
    これらはすべて、あの多感な時期に培われた、私の「初期設定」です。

    大人になる過程で、私たちは多くのものを身につけます。
    処世術、我慢、妥協。
    それらは社会という海を渡るために必要な浮き輪のようなものです。
    しかし、浮き輪にしがみついているだけでは、自分自身の力で泳ぐことはできません。

    「わたしをわたしと認識して生きる」とは、社会的な役割や肩書という名の服を脱ぎ捨てた時に残る、「素の自分」を大切にすることだと考えます。
    そして、その「素の自分」の核となっているのが、中学生の頃の未熟で、青臭くて、しかし純粋だった心なのです。

    仕事で大きな失敗をして落ち込んだ夜、中学生の頃に熱中したバンドの曲を聴き返してみることがあります。
    すると、当時の悩みや希望が鮮やかに蘇り、「なんだ、あの頃に比べれば大したことない」と、不思議と力が湧いてくるのです。
    根拠のない万能感と、同時に抱えていた無力感。
    その両極端な感情を知っているからこそ、今の自分は少しだけ強くなれる。

    中学生の心は、決して過去の遺物ではありません。
    それは、羅針盤のように、私が人生の航路で迷った時に、進むべき方向を指し示してくれるのです。
    「本当に大切なものは何か?」「自分はどう生きたいのか?」その答えは、いつだって14歳の私が知っています。

    ✅まとめ

    私たちの心は、年輪のように経験を重ねていきます。
    しかし、その中心には、いつまでも柔らかく、みずみずしい芯が残っているのではないでしょうか。
    それが「中学生の心」なのだと思います。

    それは、時に危うく、傷つきやすく、厄介なものかもしれません。
    しかし、同時に、世界への好奇心、不正に対する怒り、そして純粋な希望に満ちています。

    日々を生きる中で、私たちは様々な鎧を身につけ、自分を守ろうとします。しかし、時々は、その鎧を脱いで、中心にある柔らかい芯に触れてみることが大切なのかもしれません。
    そこには、忘れかけていた「本当の自分」が、今も変わらずに息づいているはずです。

    「中学生の心は永遠に続く」

    それは、未熟さからの卒業を拒むことではありません。
    むしろ、人生で最も多感で純粋だった時期の輝きを、生涯の宝物として持ち続けるという、力強い宣言なのです。
    あなたの心の中にも、きっと、あの頃の自分がいるはずです。


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