メインコンテンツへスキップ
見出し画像

この世はビックリすることばかり

    先日、とある人と久しぶりにお会いする機会があった。
    最後に話したのはいつだったか、記憶の糸をたどりながら待ち合わせのカフェに向かう。
    私の頭の中にある彼の姿は、数年前に聞いた状況のまま、きれいに保存されていた。
    きっと今も、あの仕事に情熱を燃やし、変わらない毎日を送っているのだろう、と。

    「やあ、久しぶり」

    そう言って現れた彼の表情は、以前よりもどこか晴れやかで、纏う空気がまったく違っていた。
    当たり障りのない近況報告から始まった会話は、ほどなくして私の固定観念を鮮やかに打ち砕くことになる。

    「実は、会社を辞めてさ。今は実家のほうで、ずっとやりたかった農業を始めたんだ」

    「えっ……」。
    言葉を失った。
    私の知らない間に、彼の人生は大きな舵を切っていたのだ。
    驚きで固まっている私に、彼は笑いながら続ける。
    「ああ、言ってなかったっけ?〇〇さん(共通の知人)には話したんだけど」。

    その言葉に、私は二重の衝撃を受けた。
    一つは、彼の人生が私の知らないところで劇的に変化していたこと。
    そしてもう一つは、その変化が「知る人ぞ知る情報」として、すでに私の周りを流通していたという事実だ。
    私だけが、古い情報のなかに取り残されていた。
    まるで、浦島太郎にでもなったかのような、奇妙な感覚だった。


    ✅やっぱり盲信は良くない

    この出来事は、私に一つの教訓を突きつけてきた。
    それは、「一つの情報だけで、その事象を盲信してはいけない」という、至極当たり前の、しかし忘れがちな真実だ。
    私たちは、一度インプットした情報をなかなか更新しようとしない。
    特に、その情報が自分にとって心地よかったり、納得のいくものであったりすると、それを「確定事項」として心の引き出しにしまい込み、疑うことをやめてしまう。

    私の務めている会社でも、似たような「ビックリ」があった。
    私の隣の席には、いつも真面目で、誰よりも熱心に仕事に取り組む同僚がいた。
    上司からの信頼も厚く、後輩からも慕われている。
    彼の口から出るのは、仕事の改善案や前向きな言葉ばかり。
    その姿を見て、私は勝手に「彼はこの会社に骨を埋めるタイプなんだろうな」と思い込んでいた。
    むしろ、日々の業務に少しばかりの息苦しさを感じていた私の方が、先にこの場所を去ることになるだろうと、漠然と考えていたくらいだ。

    だがある日の昼休み、別の同僚から衝撃的な事実を告げられた。
    「〇〇さん(隣の席の同僚)、近々辞めるらしいよ。もう次の道も決めてるんだって」

    耳を疑った。あの、仕事の鬼ともいえる彼が? 私よりも先に?
    私の頭の中は「?」で埋め尽くされた。しかし、よくよく話を聞いてみれば、彼は数年前から仕事の傍ら、独立のための準備を着々と進めていたという。
    私が見ていたのは、彼のほんの一側面に過ぎなかったのだ。
    「いつも頑張っている」という事実から、「この仕事が天職で、ずっと続けるに違いない」という物語を、私が勝手に作り上げていただけだった。

    盲信は、時に心地よい安心感を与えてくれるかもしれない。
    だが、その裏側では、現実は刻一刻と形を変えている。
    その変化のサインを見落としたとき、私たちはただ「ビックリする」しかなくなってしまうのだ。

    ✅できるだけいろんな可能性を考える癖

    「ビックリした」で済むなら、まだいい。
    笑い話になったり、今回の私のように、少しばかり世間知らずを恥じる程度で済むのなら。
    しかし、一つの情報を盲信し続けることは、時として表現しきれないほど大きな被害を自分にもたらす危険性をはらんでいる。

    例えば、仕事の取引。
    A社は盤石な優良企業だという数年前の評判を信じ込み、何の疑いもなく大きな契約を結んだとする。
    しかし、水面下では経営が悪化しており、ある日突然、倒産の知らせが届くかもしれない。
    これは、単なる「ビックリ」では済まされない、深刻な事態だ。

    プライベートな人間関係においても同様だ。
    あの人はきっと自分のことを理解してくれている、という思い込みが、いつの間にか大きな期待となり、相手への負担になっていることもある。
    そして、ある日突然、関係が終わりを告げる。なぜ?どうして?と嘆く頃には、もう手遅れなのだ。

    だからこそ、私は意識して「できるだけいろんな可能性を考える癖」をつけたいと思っている。
    これは、常に物事を疑ってかかれ、ということではない。むしろ逆だ。
    目の前にある事象や人物に対して、「きっとこうに違いない」と一つの側面だけで判断するのではなく、「こういう可能性があるかもしれないし、まったく別の側面もあるかもしれない」と、多角的に、立体的に捉えようと試みること。
    それは、思考の柔軟性を保つための、大切なトレーニングなのだ。

    同僚が辞めると聞いて驚いたときも、「彼が仕事を頑張っていた」という事実に、「もしかしたら、次のステップのために頑張っていたのかもしれない」という可能性を付け加える想像力があれば、私の驚きは少し和らいでいたはずだ。
    むしろ、彼の決断を心から応援できたかもしれない。

    ✅まとめ

    この世は、本当にビックリすることばかりだ。
    人の心も、会社の状況も、社会の常識も、昨日と同じとは限らない。
    私の知らないところで世界は絶えず更新され、新しい物語が紡がれている。

    その変化のスピードに、時々私たちは戸惑い、驚かされる。古い地図を握りしめたまま、新しい道を歩こうとして迷子になる。
    しかし、それは決して悲観すべきことではないのかもしれない。

    「盲信」という思考停止から抜け出し、「いろんな可能性を考える」という癖を身につけること。
    それは、不確かな世界を生き抜くための、ささやかな処世術だ。
    それは、世界や他者に対して心を開き、その複雑さや豊かさを丸ごと受け入れようとする、誠実な姿勢ともいえる。

    世界が「ビックリ」に満ちているからこそ、私たちは学び、成長することができる。
    知らなかったことを知る喜び、見えなかったものが見えるようになる面白さがある。

    久しぶりに会った友人が見せてくれた新しい顔も、黙々と未来を切り拓いていた同僚の姿も、私にとっては大きな「ビックリ」だった。
    でも、その驚きは、私の凝り固まった世界に新しい風を吹き込み、視野を広げてくれた、かけがえのない贈り物だったのだ。

    さあ、次はどんな「ビックリ」が待っているだろうか。
    古い地図はそっとカバンにしまい、少しだけワクワクしながら、明日という未知の道を歩き出してみようと思う。


    ✅LINE公式アカウント

    画像

    心を整える事のご相談、家事育児の悩みのご相談は
    LINEでご連絡くださいね。
    😊


    ✅お知らせ

    りんだーくの定期マガジン【エッセイ集】を発行しました。
    毎日更新のこの記事よりも、より細かく人生の生き方のコツや日々思った事を書いたエッセイを書いています。
    気になる方はこちらをどうぞ。
    ✅りんだーくの定期マガジン【エッセイ集】


    ✅合わせて読みたい


    ✅インフォメーション

    画像

    🐰X(旧Twitter)(フォローお願いします😊)
    🐰Instagram(見に来てね😊)

    📖Blog
     🔹主夫の楽しい生活Blog(主夫が楽しく暮らすあれこれのBlog)
     🔹
    リン☆だあくの家事MAX(主夫になりたい人を応援するBlog) 
     🔹
    リン☆だあくの副業術(主夫をしながらでも副業をやる情報のBlog)

    🔵お仕事依頼(グラフィックデザイン)
    🔵お知らせ
    🗺サイトマップ

    画像

    🙌サポートして頂けると飛び上がって喜びます!😍

    #エッセイ #コラム #生き方 #毎日更新 #毎日note #楽に生きる #楽しく生きる #人生

     
     
    🐰【主夫/営業/デザイナー/オンライン秘書🧑🏻‍🎨】うつ病・パニック障害だった私が、妻が単身赴任でワンオペ育児兼業主夫を10年間経験▶おかげで考え方激変し楽に生きてる😊|ブログ/note/SNS毎日更新▶note毎日連続更新1000日達成❗▶鬼継続人間|育児経験:育児相談に乗ります!👶

    あなたへのおすすめ