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あの子はわたしの救世主になる

    私の時間は、あの日から止まったままだ。
    冷たい遺影の中で微笑む息子は、もう二度と「ママ」と呼んではくれない。
    享年十歳。
    あまりにも短い生涯を、私はただ腕の中で抱きしめることしかできなかった。
    一方、その腕の中からすり抜けていった小さな魂は、私の知らない場所で、まだ私のことを案じている。
    これは、残された者と旅立った者、そして二人を繋ぐ見えざる運命が織りなす、悲しくも壮大な愛の物語。
    絶望の淵で、私たちは何を見つけ、何を知るのだろうか。

    ✅ぼくは逝ってしまったらしい……

    ふわりと体が軽くなった、と思ったのが最後の記憶だ。
    目の前には、泣き崩れるママの姿が見える。
    ぼくの写真が飾られた小さな祭壇の前から、ママは一日中動こうとしない。
    ぼくはもう、この世にいないらしい。
    みんな、ぼくの死を「早すぎる」と言って泣いていた。
    十歳。
    確かに、クラスのみんなよりはずいぶん早く、遠い場所へ来てしまったみたいだ。

    ぼくは今、みんなが「魂」って呼ぶ状態になっているらしい。
    体の重さはないけれど、ママの悲しみはズシンと心に響いてくる。
    時々、すごく偉い感じの人が「もうこちらへおいで」と優しく呼びかけてくる。
    生きている人たちが「神様」と呼んでいる、あの人だ。
    早く行かなくちゃいけないのはわかっている。
    でも、ママのあの姿を見ていると、どうしても足が動かないんだ。
    「ママが少しでも笑ってくれるまで、ここにいるよ」と神様に伝えると、神様は困ったように微笑んで、静かに待っていてくれる。

    不思議なことに、死んでからはいろんなことがわかるようになった。
    たとえば、ぼくが五歳の頃に突然いなくなったパパのこと。
    ママは何も言わなかったけど、パパは病気で、ママを悲しませたくなくて一人で遠くへ行ったんだ。
    そして、ずっと空の上からぼくとママを見守ってくれていた。
    今ならわかる。
    パパは、ぼくがこっちに来るのを待っていてくれたんだ。
    でも、ごめんね、パパ。
    もう少しだけ、ママのそばにいさせて。
    ママの涙が、ぼくの心をこの場所に縛り付けて離さないんだ。

    ✅あたしはあの子に何ができたのか?

    「遊びに行ってきます!」という元気な声が、今も耳の奥でこだましている。
    それが、あの子の最後の言葉になった。
    玄関のドアを開けて数歩、けたたましいブレーキ音と鈍い衝撃音が、私の日常を粉々に破壊した。
    お医者様は「即死でした。苦しむことはありませんでしたよ」と慰めてくれたけれど、その言葉がどれほど私の心を抉ったことか。
    苦しまなかった?
    だとしたら、その痛みは、その苦しみは、すべて母親である私が引き受けなければならないというのか。

    あの子の温もりも、匂いも、柔らかな髪の感触も、日に日に薄れていくのが怖い。
    だから私は、この遺影の前から離れられない。
    ここにいれば、あの子がすぐそばにいるような気がして。
    時折、妹が心配して食事を運んできてくれる。
    「お姉ちゃん、食べなきゃダメだよ」と、私の口にスプーンを運びながら、一緒に泣いてくれる。
    その温情だけが、かろうじて私をこの世に繋ぎとめている唯一の鎖だ。

    夜になると、後悔の念が津波のように押し寄せる。
    あの日、どうして「気をつけて」の一言を、もっと強く言ってあげられなかったのだろう。
    どうして、家の中で遊ばせなかったのだろう。
    もっと美味しいものを食べさせてあげればよかった。
    もっとたくさん、大好きだと伝えてあげればよかった。
    母親として、あたしはあの子に一体何ができたのだろう。
    してあげられたことよりも、してあげられなかったことばかりが頭を駆け巡り、答えの出ない問いが、暗闇の中で私を苛み続ける。
    この悲しみに、終わりはあるのだろうか。

    ✅見えないぼくの大きな力

    わしは、人間たちが「神」と呼ぶ存在だ。
    あの子の命を、わしが呼んでしまった。
    いや、正確には、わしを通して、この宇宙を統べる大いなる意思が彼を呼んだのだ。
    母親の悲しみは、わしの胸にも痛いほどに伝わってくる。
    だが、これだけは伝えねばなるまい。
    あの子の死は、決して無意味なものではないのだと。

    あの子の魂は、次に生まれ変わるための準備をしているのではない。
    彼の次の「生」は、人間が想像する輪廻の輪からは外れている。
    彼は、わしと同じ、いや、わしを遥かに超える上位の「神」と呼ばれる存在になることが定められているのだ。
    その魂の純粋さと、母親への深い愛情こそが、彼をその高みへと引き上げる源となる。

    遠くない未来、この宇宙は未曾有の危機に直面する。
    それは、人間の知恵や科学では到底太刀打ちできない、次元の異なる災厄だ。
    その時、人々を、そしてこの宇宙そのものを救うのが、神となったあの子なのだ。
    彼は、母親から受け取った無償の愛を力に変え、すべての生命を守る盾となる。

    だから、母よ、今はただ泣きなさい。
    その涙は、救世主を育て上げた聖なる証なのだから。
    あなたの悲しみは、やがて宇宙を照らす大いなる光へと昇華される。
    今は見えなくとも、あの子の大きな力は、すでにあなたのすぐそばにある。
    そしていつか、その力が宇宙を救い、巡り巡って、あなたの凍てついた心をも、温かく溶かすことになるだろう。
    絶望の先にある真実を、今はまだ知る由もないあなたに、わしはただ、静かに寄り添うことしかできぬのだ。


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