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「天使って、本当にいるんだ」


    はじめに


    誰にでも、思いがけず心がほどける瞬間があります。
    それはたとえば、バス停で突然笑いかけてくれた子どもの笑顔だったり、
    通りすがりに手を振ってくれた小さな手のぬくもりだったり。

    うちの娘は、そんな“奇跡の瞬間”を、日常の中で当たり前のようにくれる存在です。

    ダウン症という個性をもって生まれてきた娘。
    最初は、不安や戸惑いでいっぱいだった私の心を、
    その笑顔が、何度も救ってくれました。

    ──「この子は、世界に笑顔を届ける天使かもしれない」
    そう思うようになったきっかけと、
    日々の中で感じた“しあわせのかけら”を、少しだけ綴らせてください。

    スーパーでも、公園でも、病院の待合室でも。
    うちの娘は、誰にでも笑顔で手を振る。
    目が合えば、にっこり。
    通り過ぎる人にも、にこにこ。

    まるで、世界中の人と友だちになれると信じているみたいに。

    そんな娘を、私は密かに“天使”と呼んでいる。

    ——そう、うちの娘はダウン症だ。
    診断を受けたときは、頭の中が真っ白になった。
    「どうして私が」
    「この子は、これから苦労ばかりなんじゃないか」
    「笑えなくなったら、どうしよう」

    そんな不安ばかりが胸に渦巻いていた。

    でも、現実はちがった。
    娘は、生まれつきの“笑顔の達人”だった。
    何があっても、ご機嫌な日が続かなくても、
    誰かがいると、ちゃんと笑う。

    そのたびに、誰かの顔がほころぶ。
    近所のおばあちゃんも、疲れた顔の会社員も、
    道行く人も、笑って手を振り返してくれる。

    「ありがとうね」
    「かわいいねぇ」
    「なんだか、元気が出たよ」

    そんな言葉をかけてもらうのは、私ではなく、娘。

    でも、私はその後ろ姿を見ながら、
    何度も救われてきた。

    この子は、“誰かの心に光を灯す”という才能を持って生まれてきたんだ。

    ふつうとは、ちょっと違うかもしれない。
    でも、ふつうじゃできないことを、娘は当たり前にやっている。

    小さな体で、世界に笑顔を撒きながら。
    誰にでも優しく、誰にでも手を振る。
    私にはできないことを、
    この子は、迷いなくやっている。

    だから、私は信じている。
    この子は、きっと天使なんだと。

    今日も、誰かに向かって
    小さな手をパタパタと振っている。

    その笑顔に、
    世界は少しずつ、あたたかくなっていく。



    あとがき


    誰かに笑いかけること。
    誰かに手を振ること。
    そんな小さな行動が、見知らぬ誰かの心をあたためることがある。

    うちの娘は、それを教えてくれました。
    言葉にしなくても、伝わる気持ちがある。
    完璧じゃなくても、愛はちゃんと伝わる。

    天使って、空にいるとは限らないのかもしれません。
    今、隣で笑っているこの子のように、
    日常の中にそっと現れて、誰かを照らしてくれるのかもしれません。

    このエッセイを読んでくださったあなたが、
    少しでも心あたたまる時間を過ごしていただけたなら、とても嬉しいです。

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    鬱も癌も、ダイエットも育児も……ぜんぶネタに変えて書いてます🤣 「笑ったらちょっと楽になる」を信条に、怪談から子育て、発信術まで幅広く発信中✍️ 日常のトラブルもユーモアに変換して、読んだ人がクスッと肩の力を抜けるような記事を目指しています。あなたのスキが、次のボケの燃料に⁉️

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