
マルハラに思う
先日、ニュースで「マルハラ」という言葉が流れた。
最初は「何ハラスメントだろ?」ってクイズ感覚で考えたけど、思い浮かばず、意味を聞いて驚いた。
「マルハラ」とは、LINEやチャットなどで文の終わりに「。(=マル)」をつけることで、「冷たい」「怒ってる?」と受け取られること。またはそれを責めたり注意する行為なんだそうだ。
たとえば、「了解。」と送っただけで、「なんか怖い」と思われることもあるという。
それじゃ、最後に全部「!」や絵文字を付けて終わらせるんだろうか?
「ありがとう!」なら、元気そう(明るく、楽しそう)に見えるのかな?
でも、毎回、これじゃ、テンション高すぎて疲れそう…。
ニュースでは、それに対応した文字入力アプリがあって、微妙な表現に対して、入力例を表示してくれるんだとか…。
結局、何でもアプリやAI頼みになっちゃうかぁ。
それなら、折り合いのつくゴール地点だけ決めて、そこまでのやり取りは、全てAI同志でやり取りしてもらった方が楽ってことになっていくんだろうな。人と人のつながりがどんどん希薄になっていく。
それにしても、今のネット文化では、句点ひとつで人間関係がこじれちゃうんだね…。
最近、更新できていないけど、短歌(のようなもの)を作っている身とすれば、「。」を使う・使わないにはそれなりに拘るから、「。」自体に意味を感じる人たちの感覚は分からなくもない。
それでも、何でも「ハラスメント」でまとめてしまうのは、少し気持ちが萎えてきます。NOTEを利用している方々はどう思っているんだろう。
炎上目的のSNSであれば、仕方ないけど、普通の投稿の語尾のニュアンスに絡まれることや知人とのLINEのやり取りで変な空気になっちゃうことって、あるよね。行間のニュアンスの取り方ひとつなんだと思います。
極端だけど「それって、あなたの感覚でしょ?」な気分。
結局、句点が悪いんじゃなくて、受け取り方の問題なんだと思う。文字だけに頼らず、ちゃんと相手の気持ちを想像することかな。
まぁ「文章=人」なので、たまには直接、話すこと(コミュニケーション)が、大事だと思う。
えっ?コミュハラってのもあるの?
おいおい…。もう、一人でクルマ旅に出たくなりました(笑)