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💟ここまで解った元伊勢伝承-第5話 両朝融和計画進行中+👑特別付録!

    🎀串呂哲学研究ノート 第349号

    🟡両朝融和計画とは

    天照大御神は、崇神天皇が天照大御神の遺勅を守らず、「三品の大宝」を富士阿祖山あそやま大神宮から大和地方に奉遷ほうせんした事に非常にご不満でありました。

    しかし、天照大御神は、豊葦原の瑞穂の国が、異民族によって制圧されてしまった深刻な現実を前に、神計りに計られ、将来、大和王朝(近畿勢力)と富士王朝(関東・東北勢力)の両朝を融和合一させる計画(神策)を立てられたのです。(以下は仮説です!)

    その融和計画とは、遠い将来、両朝の嫡孫を婚姻せしめて血統を撚より合わせ、名実共に両朝を融和合一させる神策「両朝Y字型融和計画」です。

    すなわち、崇神天皇から数えておよそ百代までは大和王朝の存続を許すとし(百王説)、それ以降は遺勅通り「三品の大宝」を阿祖山大神宮の富士大宮司家の嫡孫かつ大和王朝の嫡皇孫である三浦氏に祀らせようとお考えになられたのです。

    その神策・両朝Y字型融和計画とは、下記の5つです!
    (1)大和朝廷はおよそ百代で天之岩戸籠り(終焉)する。
    (2)両朝の嫡孫が婚姻し、富士大宮司家の姓「三浦」を名乗る。
    (3)上記の事績を証明する神風クシロ(串呂)を構築する。
    (4)天之岩戸開きの為、五皇一体の再現・八幡大明神を派遣する。
    (5)劇的に進行するよう、この神策は現在も極秘で進行中!

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    🟡元伊勢伝説の各地巡行は串呂構築の旅

    そこで、元伊勢クシロ即ち神風クシロを構築することになり、その為の各地巡行がこれまで述べて参りました元伊勢伝説と言われる事蹟であります。

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    天照大御神の巡行先・元伊勢伝承地

    【参考資料】
    崇神天皇の御代に豊鍬入姫命に託して笠縫邑にお祀りした天照大神は、更に理想的な鎮座地を求めて各地を転々とされ、第11代垂仁天皇の御代、倭姫命がこれを引き継いで、およそ90年かけて現在地の三重県伊勢市の伊勢神宮に遷座された。(『ウィキペディア』元伊勢、要約)

    【参考資料】
    元伊勢伝承を長年研究した山田雅晴氏によれば、天照大御神が、各地を巡回したのは、元伊勢神宮による結界を張るためで、古神道では結界のことをクシロといい、「元伊勢クシロ」という皇室守護の結界を張るためだったと述べています。(『続・太陽の神人黒住宗忠』146頁、たま出版)

    しかし、この「元伊勢クシロ」は串呂くしろ(かんろ)であり、皇室守護の結界を張ることではありませんでした。下記で述べるように、元伊勢伝承地は、近畿地方を遠く離れた地方にまで存在するからです。

    元伊勢クシロの構築が、神風串呂くしろを構築する為だった事は、元伊勢伝承地が、近畿地方のみならず、岡山県岡山市、岐阜県瑞穂市、福井県大野市にも存在し、

    倭姫命は、愛知県三河地方(幸田町高力熊谷の高力神明宮、田原市神戸町の神明社)を巡回し、神戸町の神明社の由来記には神明社の次に「遠江国浜松へ遷幸された」と記されていることから断言できます。

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    愛知県田原市 神戸の神明社

    神戸の神明社由来
    祭神 天照皇大神
    由緒
    人皇第十代崇神天皇即位六年天照皇大神宮中を出でさせ給い豊鍬入姫命を御杖代として、大神の皇・・・伊勢国度会郡五十鈴川上に鎮座し給うまで八十九年間
    この間の遷幸の地は十二ヶ国二十九ヶ所であった。途中垂仁天皇の皇女倭姫命は豊鍬入姫命に代り御杖代となり、第七番目の遷幸地から大和、伊賀、近江、美濃、尾張を経て第十六番目の遷幸地として三河国渥美の宮即ち今の神戸川坂の地に舟行し一宿された。
    これは垂仁天皇の即位十四年八月下旬であった。大神宮緒雑事記第一垂仁天皇の条に三河国渥美郡一宿御坐国造進渥美神戸とあり、神宮雑例集巻第一の神封の事の条には、三河国本神戸廿戸號渥美神戸とある皇大神が、第十七番目の遠江国浜松へ遷幸された後この川坂の行宮の地をこの土地の神戸としてそのまま奉斎し、神戸七郷、青津、漆田、市場、新美、志田、赤松、谷口が神戸としてそのまま奉斎し、七郷の産土神となした物である。

    天照大神は、御杖代(豊鍬入姫命・倭姫命)と共に各地を巡回して、地方の神々(地霊・地神)に串呂構築への協力を要請されたのだと推察致して居ります。

    倭姫命が巡回された、⛩元伊勢内宮皇大神社、滋賀県高島市の⛩白鬚神社、三重県三重郡の御在所山、愛知県田原市日出町、同市神戸町などの元伊勢伝承地は、三浦芳聖による解明で、重要串呂地点(基点)である事が判明しています。

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    また、元伊勢伝承地を拠点として、地神・地霊に協力を呼び掛け、その近辺に重要串呂地点(地文=地名)を構築している事も判明しています。

    天照大御神の両朝Y字型融和計画は、着々と進行し、大和王朝の嫡皇孫・第百代大宝天皇は、皇后三浦佐久姫(富士大宮司家の嫡孫)の姓を名乗って三浦藤太夫と称し、三種の神器を地下深く埋蔵して天之岩戸籠りとし、五皇一体の再現・八幡大明神のご降誕を待つため愛知県岡崎市牧平町大門に移住されました。

    その五皇一体の再現・八幡大明神として、この世に派遣されたのが三浦芳聖であり、三浦芳聖による神風串呂の解明により天照大御神の悲願である「天照大御神の嫡皇孫」が誰であるかが明らかとなりました。

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    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第一章

    🔴天照大御神の両朝融和計画は、現在も鋭意進行中です。

    👑特別付録


    🎀元伊勢伝承とは

    元伊勢伝承の皇祖神・天照大御神の各地巡行は、神風クシロ構築の旅であり、各地の産土神うぶすなしん(地霊ちれい)に神風クシロ構築計画への協力を呼び掛ける遊説ゆうぜいでありました。

    元伊勢クシロは神風クシロです。天照大御神が、伊勢地方にお鎮まりになったのは、串呂の超重要起点(基点・根拠地)をここに置くためだったのです!

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    🟡ここまで解った元伊勢伝承
    💟第1話 崇神天皇、宝鏡を奉遷
    💟第2話 崇神天皇が畏怖した理由は?
    💟第3話 天照大御神は崇神王朝の祭祀を拒否
    💟第4話 各地巡行は元伊勢クシロ構築の旅


    🍀祈り
    全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします!


    💌イエローハットの創業者であり、NPO法人「日本を美しくする会」の
    相談役でもある鍵山秀三郎氏の言葉

    国民一人ひとりが、自分にとって、もしくは誰にとってよいかどうかではなく、本当に何が正しいかどうかを考えて行動するようになれば、どんな問題も解決できるでしょう。

    あなた方の議論はすべてどちらが正しいかという議論ばかりで、何が正しいかという議論を聞いたことがない。泥棒と詐欺師どちらが正しいかという議論をして、どちらが勝ったという結論を聞かされても、私から見ると意味がない。


    🔴神風串呂を学びましょう!


    💟串呂文庫

    🔴三浦芳聖著「神皇正統家極秘伝 明治天王(睦仁)の神風串呂」復刻版
    🟢三浦芳聖著「五皇一体之八幡大明神 三浦芳聖 降誕号」復刻版
    🟠三浦芳聖 著「神風串呂神伝」
    🟢三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(デジタル復刻版)
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    🔴神風串呂入門-神皇正統家極秘伝(鈴木超世志著)
    ⭕天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編 第一分冊(🌷新着)
    💟開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道


    🟡バックナンバー(総合)

    🟠情報拡散のお願い

    この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。

    三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

    串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の皇統を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。

    ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

    2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

    神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

    神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

    一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

    神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

    出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。


    著者 鈴木超世志のプロフィール
    中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
    串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ74才。
    串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。

    著 書
    「神風串呂入門」
    「ここまで解った元伊勢伝承」
    「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
    「天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編」
    など多数

    ブログ
    串呂哲学研究ノート

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    🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
    串呂哲学研究会 鈴木超世志
    ブ ロ グ 串呂哲学研究会
    メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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    青年時代に、神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂を学ぶ神縁に恵まれ、爾来、細々と串呂哲学の研究を実施して参りました一学徒です。神風串呂を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学の存在を知って頂ければ望外の喜びです。

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