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【1話】灯りの家へおかえり。-ある日、魔女は少女を拾った-

    【あらすじ】
    「あの子を見つけたとき、また面倒なことに巻き込まれたと思ったんだよ」
     魔女のおばあさんはふぅ、と息を吐く。荒々しい口調で言葉を続けた。
    「人間なんて拾うもんじゃないね。ただでさえ狭い家がもっと狭くなっちまうし、ひとりでゆっくりもできやしない」
     椅子に座りながら、膝に乗っている黒い猫を撫でる。猫は大きな瞳で魔女の顔を覗き込んだ。
    「アタシは面倒なことは嫌いだからね。これでいいんだよ」
     言い聞かせるように話す魔女を猫はただ見つめていた。
    「灯りの家はどんな人も受け入れるが、去ることも拒まない」
    魔女は猫を撫でる手を止めると、皺だらけの目元を細める。そして小さく呟いた。
    「……きっと、親のもとで幸せに暮らしているはずさ」
     そう言いながら目を閉じる。
     そして、少女との出会いを思い出した。

     これは年老いた魔女と幼い少女があたたかい家に住む話。


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    表紙:滝沢ユーイ様

    魔女と少女


     ――この森には魔女がいるそうだ。

     男の言葉に、少女はゆっくりと顔を上げた。ガタガタと揺れる荷台の上で、少女は短く暗い色の髪を耳にかけて、壁に耳を当てる。

    「何言ってんだよ。魔女狩りで魔女は全部死んだはずだろ?」

     壁の向こうには二人の男がいた。先に口を開いた男に、もう一人の男が怯えを含んだ声で尋ねる。

    「すべての魔女が死んだわけじゃないからな。近くの村の人間はこの森に近づかない」
    「どうして?」

     男は固い声で答える。

    「その魔女は人間を食べてしまうからだ」
    「…………」
    「ここは危ない。だから、人の目にもつかない。早く抜けるのが得策だ」

     壁の向こうに男たちが黙る。少女は壁から耳を離すと、耳にかけていた短い髪がぱさりと頬に落ちた。彼らに気づかれないようにそっと立ち上がる。

     周りにいる子どもたちは顔を上げることもしない。みんな、少女と同じようにボロボロの服を着ている。身を抱えるようにうずくまったまま、寒さに耐えていた。

     少女はバランスを取りながら荷台の入り口へ歩く。そこから顔を出せば、荷馬車はすごい速さで森の中を走っていた。ここから落ちたら、ケガだけでは済まないだろう。

     少女は振り向いて、子どもたちの方を見た。こちらを見ない彼らに手を振る。一人の子どもが顔を上げた。

     虚ろな瞳が少女を映す。その瞳に映る自分は笑っているように見えた。

    「…………っ」

     荷台から飛び降りた。
     肩を地面に打ち付けて、息が止まる。軽い身体が地面に転がり、小石で肌を切る。

     音に気付いたのか、馬を操っていた男が「何だぁ?」と声を上げた。痛む身体を起こして、急いで太い木の幹の後ろに身を隠す。

     息をひそめて様子を窺うと、二人の男が馬を止めて、荷台の後ろを見に来た。

    「なんだ、何もないじゃないか」
    「子どもの数は? 減ってないか?」
    「それよりも早く行こうぜ。魔女が来たらまずいだろ」

     そう言って、前へ戻っていく。荷馬車が離れていくのを確認すると、少女はゆっくりと立ち上がった。痛みに顔を歪める。それでも少女は暗い森の奥へと歩きだした。

     冷たい風が擦りむいた頬を撫でる。木の葉は地面に落ち、木々は枝だけが残っている。人のいない森は静かで、まるで一人の世界に迷い込んでしまったように感じられる。それなのに、どこからか見られているような恐ろしさを覚えた。

     少女は一歩、また一歩と歩いていたが、ふいに力が抜けて座り込んだ。木の下でうずくまり、身を縮める。ボロボロの服では寒さを到底しのげない。

     少女は声を出そうとした。

     痛い。

     そう言いたかったのに、喉を震わせることができなかった。

     お腹が空いた。痛い。寒い。眠い。

     目がとろんとしてくる。どうして眠いんだろうと思った。
     けれど、どうでもよかった。とても心地いい。

     そのまま眠ってしまおうかと思った。いい夢を見られる気がした。膝を抱えなおして、ゆっくりと目を閉じる。

    「――アンタ、ここで何しているんだい?」

     誰かの声が聞こえた。

     少女は瞼を持ち上げて、目だけで声のする方を見る。

    「死ぬつもりかい?」

     自分の顔を覗き込んできたのはローブを深く被り、顔が皺だらけのお婆さんだった。



    「またやってしまったよ」

     魔女は大きな溜息を吐いた。

     木の椅子に腰を下ろして、一つの扉に目をやる。その扉の向こうには、人間の少女が眠っている。さきほど拾ってきた少女だ。
     彼女は十歳に満たない見た目をしていた。そして、あの格好を見る限り、おそらく近くの村の娘ではない。

     着ている服も村の子どもが着ているものよりも粗末なものだった。暗い色の髪は粗雑に切られている。この国では女性は髪を長く伸ばす習慣がある。だから、本当ならあの年頃の子はもう少し長い髪をしているはずだ。肌は青白く、日に焼けた様子もない。細い手足から見るに、もう何日も食べ物を食べていないような痩せ方をしていた。
     そもそも村の人間なら、この家に近づかない。ここのところは豊作で食べ物に困っている様子もないから、労働力にもなる子どもを捨てる理由がなかった。

    「……どこから来たんだろうね」

     街からは少し距離がある。子どもの足で歩いてくることは難しい。ならば、異教徒に誘拐された子どもだろうか?

     魔女はもう一度扉に目を向けると、また大きな溜息を吐く。

    「それにしても、何でもかんでも拾うのは私の悪い癖だね」

     視線を下に向けると、黒い猫が大きな瞳でこちらを見ていた。自分のことを話しているのだとわかったのか、「にゃー」と返事をした。
     黒猫は魔女の横をすり抜けると、少女がいる部屋の前に立つ。部屋から物音がした。起きたのだろう。

     魔女は立ち上がると、猫を抱き上げて退かした。黒猫が「……にゃお」と不本意そうに鳴く。魔女はそれを無視して寝室に入った。

    「…………」

     少女は布団を身体に巻き付けて、小さく縮こまっていた。警戒した様子で魔女を睨んでいる。

    「調子はどうだい?」

     魔女の問いに少女は返事をしない。魔女は気にした様子もなく、少女に近づく。少女はビクリと身体を震わせた。魔女はそれを横目に見ながら、彼女の近くのテーブルに水差しとコップを置く。

    「とりあえず、水は飲んでおきな。落ち着いたらこの部屋から出て来るんだよ」

     魔女はそれだけ言うと、部屋を出た。

    「さあて、どうするかねぇ」

     簡単には部屋を出て来ないだろう。だが、ずっと閉じこもっているわけにもいかないだろう。

    「まったく、人間は嫌いだっていうのに」

     口では言いながらも、魔女は心配そうな目で少女のいる寝室に見た。

     魔女が長年住んでいる家は人から譲ってもらったものだ。
     小さいながらも、森の奥に建っているにしてはレンガ造りの立派な家だ。いくつか部屋があり、食事を作り食べる居間、薬を作る調合室、そして寝室が二つがある。今、その寝室の一つに人間の少女がいる。
     普段ならば魔女はもう一つの寝室で眠るが、その夜は居間で過ごした。少女がいつ部屋から出てきても対応できるようにするためだ。

     炉に薪を入れ、部屋を暖める。「ふぅ」と息を吐き、椅子に深く腰を掛けて火を眺めた。

     誰かがいる夜は久しぶりだった。自分が招き入れたくせに、この家に知らない人がいるのは妙に落ち着かない。けれど嫌ではなかった。

     ガリガリと扉を引っかく音がした。少女がいる部屋から聞こえる。

    「猫が入り込んでいたのかね」

     魔女は腰を上げると、少女のいる寝室の扉を開ける。

    「にゃあ」

     黒猫の黄色い瞳が魔女を見上げる。

    「やっぱりいたのかい」

     黄色い瞳は魔女を見たあと、部屋の奥へと向いた。その視線を追うと、ベッドには誰もおらず、窓が開いていた。

    「……逃げたのか」

     魔女は息を吐きながら、肩をすくめる。

    「なら、もう寝ようかね」

     窓を閉めて部屋を出ようとする。黒猫は窓をじっと眺めたまま、動こうとしなかった。

    「ほら。おまえもそこから出ないと閉じ込めてしまうよ」

     黒猫は魔女を見上げた。何か言いたげな瞳に魔女は顔をしかめる。

    「何が言いたいんだい」
    「にゃあ」
    「アタシにあの子を探せっていうのかい?」
    「にゃあ」
    「嫌だよ。どうしてアタシが人間の面倒を見なきゃいけないんだ」
    「にゃあ」
    「…………」
    「にゃあ」

     黒猫は立ち上がると、魔女の足元をすり抜けて、玄関の方へと歩いていく。

    「……まったく」

     魔女は黒猫のあとをついていくと、玄関を開けた。

    「……今日は眠れそうにないから、散歩でも行こうかね」

     その言葉を聞いて、黒猫は高い声で鳴いた。




     冷たい空気が喉や肺を刺激する。吐く息は白く濁っていた。

     少女は魔女の家から抜け出して、森を一人で歩いていた。自分がどこを歩いているのかわからなかった。どこに行けばいいかもわからない。

     夜の森は明るく、月明かりが足元を照らしている。けれども木々の奥深くは黒く染っていた。体がひどく痛い。荷馬車から飛び降りたときに打ち付けた肩も、地面を踏むたびに痛みが走る脚も、歩みを進めるほどに痛くなっていく脇腹も、すべてが苦しかった。だが、少女は歩みを止めなかった。行き先がどこかにあるはずだと疑わない足取りで進んでいく。

     ガサリ、と葉を踏む音が聞こえた。

    「…………」

     足を止めて音のする方に目を向ける。

     少女に気づかれないようにしているのか、それ以上の音が聞こえない。だが、少女は警戒しながら、一歩後ろに下がる。息を潜めて音のする方を睨めば、木々の陰から出てきたのは一匹の狼だった。

    「…………っ」

     少女は身体を強張らせ、一歩後ろに下がる。

     狼は鋭い目で少女を捉えたまま、近づいてくる。牙の見える口からは荒い息がこぼれる。一歩、ニ歩と下がり、耐えられず少女は狼に背を向けて走り出した。

     それが合図にように少女の目の前に複数の狼が現れた。前もふさがれ、少女は思わず足を止めて後ろを振り返った。間近に迫ってくる狼を視界に捉え、少女はギュッと強く目を閉じた。

    「――止まりな」

     その声に狼は動きを止めた。少女が振り向けば、そこには魔女が立っていた。魔女は杖を片手に狼たちに近づく。その瞳は鋭く光っており、まるで狼を捕食してしまいそうな恐ろしさがあった。

    「アンタたちは賢いはずさ。どちらが格上かわかるね?」

     魔女の低い声に、狼は怯えたように身を小さくする。鋭かった目は弱々しくなり、魔女の機嫌を窺うように泳がせていた。

    「行きな」

     魔女の言葉で狼たちは逃げるように走っていく。魔女はそれを一瞥すると、少女の方に近づいた。

     少女は魔女を睨むようにして見る。魔女はその様子に笑みを浮かべる。

    「警戒することは大事だ。アンタはまだ生きるつもりなんだね?」

     少女はうなずくこともせずに、睨み続けている。魔女は満足そうにニィと口端を上げると、杖を少女に向けた。

    「上等だよ」

     瞬間、少女の身体がふわりと浮く。目をぱちくりとさせる少女を横目に、魔女は杖を箒に変えた。

    「アンタ、高いところは大丈夫かい?」

     魔女は少女の返事も聞かずに、箒の上に乗せる。魔女は少女の背を覆うように箒に乗った。魔女の足が地面から離れていく。箒は二人を乗せて、夜の空へと浮かび上がった。

     少女がぎゅっと目を閉じていると、魔女は「目を開けな」と言った。

     言われたとおり目を開けば、星空の中を自分たちは飛んでいた。
     魔女は少女が落ちないように彼女のお腹を片手で支えながら、遠い集落を指差す。

    「あそこに村が見えるだろう? アンタが歩いていったのは反対方向だ。アンタの足だったら、半日くらいで着くだろう。次はちゃんと村に向かって歩くんだよ」

     空へ上昇するにつれて、村が少しずつ小さくなっていく。村の向こうには少し大きな街が見えた。魔女はその街を指差す。

    「村の奥に街がある。アンタがもし街から来たのなら、そこに向かうんだね。歩いていくこともできるけど、村の人間が毎日、馬で街へ行く。誰かに頼めば、乗せてくれるだろうよ。アンタはどこにでも行けるんだ」

     少女は魔女が指差したところをじっと見たあと、魔女を見上げた。その瞳には怯えの色はなかった。

    「…………」

     少女は村から離れた家を指差す。明かりの灯った小さなレンガ造りの家だ。

    「ああ。あそこがアタシの住んでいる家さ」

     魔女は家に視線を向けると、皺だらけの目元を細める。家に向かってゆっくりと降下しはじめる。

    「……『灯りの家』っていうんだ。あの家はどんな人でも受け入れてくれる。アタシみたいなやつでもね」

     地面に足を付けると、魔女は少女を箒からおろした。家に歩み寄って扉を開く。

    「……もし帰る場所がないなら、ここに住めばいい。この家はアンタも受け入れてくれるはずさ」

     家に入れば、温かな空気が身を包んだ。魔女は少女を椅子に座らせる。少女は落ち着かない様子できょろきょろとあたりを見渡す。魔女はその様子を見ながら、台所に立った。温められている鍋の中には湯気を立てたスープが入っている。しばらく食事を取っていない少女が飲むことができるように作った、出汁だけを取った具のないスープだ。

     魔女は少女の前にカップに入ったスープを置いた。いい匂いがふわりと漂う。

    「飲みな。その様子だとまともなものを食べていないのだろう?」

     少女は少し警戒しながら、カップを手に取る。冷えた手にはカップが熱かったのだろう。一度手を引っ込めながらも、またカップに手を伸ばす。すんすんと匂いを嗅ぎ、カップにふーっと息を吹きかける。そして、そっと口を付けた。

    「…………」

     少女は目を大きく開くと、ゆっくりと味わうようにスープを飲む。スープの温かさに頬を緩ませると、ボロボロと涙を流した。

    「っ…………」

     声もなく泣いた少女は泣き出す。そのとき、喋れないのだと悟った。助けを求めることもできず、一人で戦っていたのだろう。

    「アンタの居場所をこの家にすればいい」

     魔女は涙が零れる少女の頬を皺だらけの手で拭う。

    「まずはお休み。大丈夫。ここはアンタがゆっくり休める場所だよ」

     その言葉を聞いて、少女は魔女の服にしがみついた。肩を揺らして泣く姿に、魔女は何も言わずに背中をトントンと軽く叩いた。

     少女は泣きつかれてしまったようで、魔女の腕の中で眠っていた。

     魔女は仕方なさそうに息を吐く。そして、眉を下げて小さく笑った。

    「……人間ってのは、本当に面倒な生き物だね」

     少女は頬を緩ませると魔女の服をぎゅっと握った。




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