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【創作大賞感想】⑥「彩野リィさん」ひらがなに沼って|第1回「い」はいつだって優しいから

    ひらがな、というのは何とも艶めかしいものだ。

    それは知識がそうするのだろうか。

    かつて、ひらがなを書くのは平安時代、女性の文字としてだったという。

    いや、そんな成り立ちでそう思うのではないと思う。

    「いろはにほへと」

    キーボードで打っただけでも、頭の中で音を鳴らせば、なんと美しい音がするんだろう。

    今回、彩野リィさんの『ひらがなに沼って』を読んで、私もはっと気が付いた。

    いや、音ではない。その美しいかたちに、私たち日本人は何度うっとりと魅入ってきたのだろうか。

    柔らかな曲線が描かれる。角々しい(この言葉初めて使ったわ)漢字にはない、ふわりと浮くような線を、私たちはずっと書いてきた。

    でも、その優しさに甘えすぎていないだろうか。

    ひらがなに沼って

    彩野さんの言葉にはっとする。
    これは、「い」について書かれた文の中。

    私は、「い」に対してここまで心をはせて書いたことがあるだろうか。
    「あぁ、「い」ね」とか思って、さらりと書いてしまっていないだろうか。

    日本語は美しく、その中でもひらがなというのはとびぬけて美しい。

    一文字一文字の成り立ちがまず愛おしい。

    漢字から砕けてゆき、かつての宮廷の女性たちが色鮮やかな袖を持ち上げ、筆の先だけで力を入れず、それでも思いを馳せて、さらりさらりと書かれたあろう、ひらがな。

    愛されるという形ではない。もはや日本人とは切って切り離せない間柄になり、共にあるのが当たり前の、ひらがな。

    彩野さんは、「い」「ろ」「は」「に」「ほ」「へ」「と」の一文字ずつに心を馳せて文章を書いている。

    ……読んだ当初、すごいと思った。

    確かにひらがなは愛おしい。けれど、私は一文字一文字に思いを馳せて、ここまで寄り添うような文章を書くことはできないだろう。

    繊細で優しい思いが溢れた連作、ぜひ読んでみてください。



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