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碓氷峠とアプトの道。横川にきて峠の釜めしを食わないなんて・・ ー 旅の栞 みなかみ紀行編 ー

    まいど、なぐなぐツーリスト(なぐツー)に参加いただき、ありがとうございます。なぐツー版「みなかみ紀行」本日より本格始動です。

    初日は、かつての難所「碓氷うすい峠」を歩きます。

    電車好きの方ならご存知ですよね。(当時)日本で唯一アプト式電車が走っていた路線です。先人が、犠牲を伴って切り拓いた路線。その鉄道遺構を、丹念に巡ります。

    それでは、はじまりはじまり~

    ▼ 峠の釜めし

    『クリープを入れないコーヒーなんて
     横川にきて「峠の釜めし」を食べない、ようなもの』

    クリープのコマーシャル、覚えてますか?
    こんな感じでしたよね?

    えっ?
    クリープのコマーシャル知らない?
    おとーさんおかーさんに聞いてみよう。

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    そう、言いながら

    なぐツーは
    峠の釜めしを

    華麗に、スルー


    えーー!


    ▼ 朝に弱い

    ひねくれもの
    じゃないですよ。

    峠の釜めしは、朝に弱いのだ。
    早朝7時50分、高崎駅の駅弁コーナーには、釜めしの姿が なかったんです。ぐすん。そして、横川駅前の本店は、10時開店との情報あり。

    ということで、
    高崎駅で、他の駅弁を購入し、弁当持参で電車に乗り込んだ。東京ドームのライトスタンドに 阪神の応援ユニフォームで登場したような気分、なのだ。


    ここで、クイズっ!
    さて、お弁当は、なにを買ったのでしょうかっ?
    簡単ですよね。高崎駅ですもんね。ちなみに妻と私で、2つ購入しました。

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    正解は、あ・と・で


    ▼ 電車旅

    ここで、今回の行程を紹介しよう。
    高崎駅を出て、電車に揺られること30分で横川駅に到着。

    横川駅で下車、その後、熊ノ平という場所まで遊歩道(アプトの道)をひたすら歩きます。片道2時間、往復4時間。途中で、なぐツーお得意の道草もします。しめて、5時間の滞在時間となっています。

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    現地の看板より

    歩きやすい靴をご用意ください。
    飲み物とお弁当もね。

    ▼ 大失態

    実は・・・やらかしたのだ。

    さかのぼること3時間前。
    5時半起床!

    身だしなみを整え、ホテルの朝食会場へ
    おっと、その前にカメラのテスト・・・

    あれ?


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    電池忘れた・・・

    一眼も、電池忘れりゃ、ただの箱

    なぐなぐ


    ということで、本日の「アプトの道」は、スマホ写真だけで勝負! いつもと作風が違うかもしれませんが、これはコレで、お楽しみください。

    ▼ しゅっぱーつ

    前置きが長くなりましたが、「アプトの道」出発です。

    五月初旬は、新緑の季節。
    大きく深呼吸をしてみる。
    体の隅々まで、五月の空気がいきわたる。なんだか体が軽くなったようだ。また、人影が少ない早朝は、それだけでも気分アゲアゲなのだ。

    人影が少ない理由は、もうひとつある。アプトの道から見える、コイツたちが、鉄道ファンに人気で、横川駅からの人流は、コチラ(碓氷峠鉄道文化村)に向かうのであった。

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    人混みが嫌いなオイラ達は、アプトの道を行こう。
    (やっぱり、ひねくれもん、じゃないかーい!)


    ▼ 早くも寄り道・・

    歩き始めて10分
    脇道に逸れると
    中山道にぶつかる。

    というより、アプトの道が中山道と並走しているのだ。

    そこにあるのが

    碓氷うすい関所

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    徳川家康の命によって設置された関所。教科書的に言えば「入鉄砲出女」ですよね。みなさん、覚えてますか?

    江戸と京都を結んだ街道「中山道」に設けられた関所(ゲート)だが、よくよく考えると不思議だよね。だって、裏道からこっそり江戸に入ればよいじゃん。逆に、江戸から逃げるなら、幹線道路を通らずこっそり別の道を歩けばいいじゃん。

    それが、できなかった厳しい地形。深い山に阻まれ、必ずここを通らざるを得なかったんだ。

    って、言うのが、よくある碓氷峠の説明。
    なぐツーは、さらに深掘りします。

    最初に関所を設けたのが、1590年なので江戸幕府ができる前、豊臣秀吉が天下統一を果たした年なんです。その年、徳川家康は関東に左遷(移封)されてます。その、辺境の地を守るための拠点として碓氷峠に目を付けたんですね。家康くん、さすがっす。(なぜか上から目線)

    ▼ 平安時代も・・

    実は、歴史をさかのぼると、既に平安時代(醍醐天皇時代)に、朝廷の命を受けて、この辺りに関所が造られています。東山道と呼ばれる当時の道(官道)が、滋賀から岐阜、そして長野、群馬を通って東北地方まで延びていました。

    朝廷は、東国へ向かう人や物の往来を管理するため、関を設けました。その場所として、碓氷を選んでいたんです。
    それだけ、碓氷峠がここを通らないと、にっちもさっちもいかない重要な場所だったってことです。

    ▼ 明治政府だって・・

    そして、明治になると鉄道網の整備が始まります。

    そうなんです、鉄道もやっぱり、碓氷を通るんです。
    古代の官道も、江戸時代の中山道も、そして近代の鉄道も、時代が移り変わっても、この場所の重要性は変わらなかったんです。

    旅をしていると、偶然の地形の特長が、必然的に歴史に繋がる面白さに気づきます。そこに紡がれてきた歴史に思いをはせるって、ワクワクしませんか?

    はぁはぁ、

    歩く前に歴史を語りすぎました。次回こそ「アプトの道」を歩きます。碓氷峠、興味がでてきたでしょー


    ではでは
    次回も、おったのしみにー!


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    (つづく…)


    鉄道遺構が好きな方、コチラもどうぞ
    旧篠ノ井線を歩く。

    旧北陸本線を巡る

    井川線の廃線散歩


     
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