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Photo bykotobukito8_125

父と言う存在。

    私の記憶には、まともな父親の記憶が無い。
    数少ない記憶の中で、唯一残る父との思いでは、

    父の膝の上に座って居た記憶。
    父の無精ひげが、私のおでこや頬に、チクチク当たり痛かった。
    この程度の記憶しか無い。

    父が居なく、生活は困窮していたが、
    今になって思う。
    父と言う存在は、あって当たり前だが
    居なくても、子供は育つ物。
    少々、強くなる必要があったが、
    少々だから、塩コショウ程度だったかな。

    今あちらに、逝って。
    貴方の娘が、貴方の事を、塩コショウと言ってるけれど
    どう思ってるだろうか?
    ちょっと、笑える。

    お父さん、私を強くしてくれてありがとう。
    塩コショウが、効いたわ。

     
     
    15歳で両親が離婚、父の酒乱と、母との確執、宮崎から名古屋へ 今は結婚して40年。自然の大好きなシニアです。 これまでの自分史と経験から得たドラマ、天然の私が日々感じたコラムなど、自分史、遠い記憶は、二十六話より有料とさせ て頂いております。 2021.2.12より、note開始

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