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Photo byyukko_96

私の長男への思い💛【企画参加】

    長男は、一般的には、仕事もバリバリ、結婚もして子どももいる年齢かもしれない。
    でも、長男の人生はなかなか簡単には語れない。。。

    今日は心を開いて、私の長男への思いを書いてみようと思う。

    一度、長男についてnoteでも書いてことがある。



    上記の記事の中にこんな一文がある。


    その後のS、今でも夢を追いかけ、挫折を繰り返しながら東京で一人暮らしをしている。




    挫折を繰り返しながら、それでも「自分らしくありたい」と思い続け、今を生きている長男。

    そんな長男を見て、親として何度葛藤があったことか・・。
    そして、どれだけのことを教えてもらえたか・・。

    大学入学までの長男

    どちらかというと、気が弱く、とにかく優しい長男。

    いつも飄々としているけれども、やるときはやる、というのは小さいころからあった。(上記記事参照!)

    小学校高学年になってからは、学童保育主催の、「白馬岳縦走」も参加したし、「駅でシュラフで寝る」なども経験した。

    学童の指導員からは

    「Sは、どんなところでも寝れるし、人を笑わすし、いいやつだ」と言われていた。

    小学校高学年から、地域の剣道クラブに、中学でも剣道部、そして、高校は空手部という、いがいと「硬派」なところもあった。

    剣道では初段、空手では黒帯。。

    高校時代、多くの仲間や親友と出会い、勉強はしていなかったが(笑)
    本人にとっては良い時だったと思う。

    思春期は、私と口もきかず、写真を撮るのも嫌がった時もあった。

    それでも、祖父母(私の父母や義父母)には、いつも笑顔で接していた。

    普通の男子高校生だった。

    長男の人生(大学入学から)での挫折

    希望の大学に入学したにもかかわらず、初めは田舎から上京したこともあり、自分の居場所や友達ができず、大学に行かなくなってしまったり、

    自分の場所を見つけた場所にのめり込み(音楽サークル)、授業には出ない、バイトに明け暮れる、そんな生活を繰り返し、4年では卒業できず、留年1年半。

    2年目の留年は、たった一つの単位が取れなかったから・・・

    その時の長男の挫折は大きいものだったと思う。

    その授業が後期にあったため、前期は休学し、ひたすらバイトをして授業料を稼ぐ生活。

    そして、夢は「作曲をする仕事、音楽関係の仕事」

    そのために、卒業が確定した後、どうしても「音楽関係の専門学校」に2年入学したいと頭を下げてきた。

    その願いを伝えに来た時、バイトで稼いだお金を「50万円」持参して、「挑戦させてほしい」という。(バイトは、楽曲提供と、「魚屋」の仕事)

    私は、ずっと長男の夢を応援していた。
    もし私達(夫と私)が、その挑戦を認めなかったとしたら、「本気で応援している」ことにはならないのではないか、と考え、その思いを受けいれた。

    思い返せば、大学を決める時にも長男は、「音楽の専門学校」に行きたいと言っていた。
    その時は、学校の先生も大学に行くことを薦めてくれたし、私もせっかく合格した大学は実は私が、行きたくて受験して落ちた大学だったこともあり、その大学に行ってもらいたいと薦めて、長男は入学したのだ。
    今思えば、親として決して良い対応ではなかったと思う。
    もちろん本人だって喜んで入学したし、そこで生涯の友とも知り合った。
    だから、長男はそこに行ったことも今でも否定はしていない。むしろ、薦めた私のことも感謝してくれてはいる。

    でも、彼は音楽への夢を諦めてはいなかったのだ。

    そして、2年「専門学校」で学び、好成績も実績も積むことができ、希望の会社でインターンをして経験も積んだ。

    でも、採用されたのは、一緒にインターンで行っていた同じ「専門学校」の仲間。
    彼もまた、違う大学を卒業してからその専門学校に入学した友だった。

    長男は、「専門学校」に行きながら、楽曲を提供したり、CDを出したりもしていた。

    親バカの私は、「いい曲じゃん」と思っていたし(笑)、ひそかに元職場の運動会でその曲を使ったりしていた。

    でも、やはり音楽業界は実力勝負、

    そこでも、長男は大きく挫折した。

    それでも、楽曲の提供をしながら、就活を続けていた。

    何度も『お祈りしてます』メールを受けとりながら…

    そして、やっとホームランではなくて、クリーンヒットになる(本人曰く)会社に採用され、音楽を作ったり、音楽スタジオを運営したり、と楽しそうに働き始めた。

    ところが、数年経ち、ここでもまた長男は苦しい選択をしなければならなかった。

    会社の方針が変更される提案がされ、長男は「未来のためにも、これは大事にすべき」と主張したが、通らず、悩んだ末、退職を決意。

    無職になった・・。

    私は、「無職」になったのなら、東京にいなくても実家にとりあえず戻ってもいいのでは?と言うこともあった。

    ところが、私の不安とは別に、長男は、

    「イギリスに行ってくる!仕事していないからいけるんだから(笑)」

    と言って、友達とイギリス旅行に出かけた。
    もちろん、自分で働いてお金で・・・

    でも、自分の思いを大切にして、選択をした結果だったので、今回の退職は、挫折ではなかったようだ。

    その経験が、長男の力になった。

    帰ってきてから、昔のスタジオで仕事を受けたり、魚屋で働いたり、をしながら、今は自分の納得のいく仕事に就くことができている。

    長男は、今の職場(音楽業界)で働きながらも、自分の夢を諦めてはいない。
    職場でできる夢を追いかけながら、個人としても
    作曲活動は続けているようだ。

    「実力の世界」だから、なんてきっと頭ではわかっている。

    きっとこれからだって、順風満帆とはならないだろう。

    長男が諦めないのであれば、私も諦めずに応援しようと思う。


    長男と父から学んだこと

    長男を見ていて、学ばされていることがある。

    「夢をあきらめない強さ」

    「挫折しても、立ち上がる強さ」

    「自分らしく生きる大切さ」

    そして、親として私も成長させられた。

    長男の人生は、本人のもの、私の課題ではない。
    全ての人生の選択は長男の課題だ。

    でも、私は最後まで、ずっと応援者でいるし、彼が必要と言って来れば、いつでも支えるつもりだ。

    長男も、それなりに恋愛もしてきているようだ。
    だから、私以外にも彼を支えている人がきっといると思う。

    競い合うことはないが(笑)、
    私は親として、ずっと見守っていきたいと思っている。
    決して、前には出ず、それでも、彼が本当に辛い時、打ち明けられる存在であり続けたいと思う。

    長男は、色々な悩みの時、人生で数回、私に長い電話をかけて相談をしてきたことがある。

    その時に私が意識していたこと。。
    それは長女に教えてもらったことだ。

    気持ちに寄り添いつつ、「こうすべき」「こうにしたら?」とは言わない。

    長い長い話を聴きながら、子ども達が自分で自分のこれからを決めていけるように、私はただただそれを応援していることを伝え続ける。


    私の父は、いつでも、どんなに世間的に見て、不安があっても、
    長男に「私は、君が好きだよ」と言い続けてくれた。

    そして、いつも、私に
    「恵子は、良い子を二人育ててくれたね」

    と言ってくれていた。

    私は、それを受け継いで実行してきたいと思う。

    最後に


    父の記事の中で、父の長男への思いを書いた箇所がある。


    長男は、「山あり、谷あり」の人生で、なかなか人に認められることも少なかった。そんな長男のことを
    「私は、Sくんが大好きだよ、あの子はいい子だよ」といつも言ってくれた。長男に対しても、「私は君が大好きだよ」といつも言っていた。
    決して、「頑張れ」とは言わなかったが、どれだけ長男を励まし支えてくれていたか・・感謝に堪えない。
    そんな父のおかげで、長男は、父と同じように、優しくて穏やかに成長している。


    長男のことを書いた記事の中で、こんな一文を書いた。

    「にんげん、やさしささえあれば、やらなきゃならねえことは、きっとやる」


    大人になった今でも愛情深く、優しく、「いざというときには頼りになる」頑張り屋に成長し続けている。「にんげん、やさしささえあれば、やらなきゃならねえことは、キッとやる」人になっている。(親ばかかもしれないけど・・)
    そして今も妹を可愛がり、妹も兄が大好きな仲良しの兄妹だ。


    長男のことを書いた上記の「長男はモチモチの木の豆太」の記事で書いている。

    その優しさは、父の「大好きだよ」が影響してると思う。

    だから、私も『大好きだよ』を伝え続けたい❗

    私は、「親バカ万歳!」と思っている。

    子どもを信頼して、子どもの生き方を信頼して、必要な時に、しっかり手を差し伸べられる距離(物理的に離れていても)にいること、そして、見守り続けること、

    何歳になっても、私は彼の親であり、彼は私の子どもだ。
    子離れもしているつもりだし、親離れもしているお互いだが、

    それでも、長男のことが

    「大好きだ~💛」


    挫折した経験をしている家族への思いを書くことは勇気がいることだが、素直な思いを書くことで、誰かを応援することができたらという思いで書き始めた。

    でも、書きながら、長男や家族に向けて、愛おしさをあらためて感じることができた。

    私は、家族を愛してる😌💓✨

    noteってやっぱり素敵だな~💛


    今日も読んでくださり、ありがとうございました<m(__)m>

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    【書いた人】
    江村恵子@終活ワーカー/ゆるふわおしゃべり相談所
    「恵子」さん、または「ゆるふわ」さん 
    と呼んでください(*^-^*) 
    保育業界を退職して、
    縁あって 
    『終活』に関する学びと 
    広める活動をしています。
    今は、群馬県の 
    『終活アドバイザーサークルの代表』を
    担っています。 
    Noteでは、 
    『喜んで豊かに生きる素敵な人生』 
    について、 
    『終活』(人生の終わりのための準備) 
    について、 
    また趣味である畑仕事や旅行、
    家族のこと・エッセイ 
    などを書いています。
    今後は、 
    終活ワーカー(終活のお手伝いをする人)として、 
    「素敵に生きる人生について」
    オンライン、オフラインで
    「ゆるふわに」お話し会や 座談会、
    相談会などを開催予定です。
    Twitterもしています。 
    Twitterでは、
    特に自分で撮った花や自然について 投稿したり、 
    同様の投稿をしている人をフォローしたり 
    RTしたりしています。 
    Noteとも共有で投稿することも多いです 
    https://twitter.com/mix8853
    よろしくお願いいたします<m(__)m>



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    旅と温泉と縄文時代が好きです💗 私自身の心と身体を大切にして、日々送られてくる様々なメッセージを素直に受け取り「赤ちゃんから終活まで 喜んで感謝して豊かに生きる素敵な人生」を目指して歩みます(^^)/ 「夢💗相談室」を仲間と共にゆるふわに開催中。

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