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「嫌われる勇気」から学んだこと

    どうも、習慣応援家shogoです。

    今回はタイトル通り、「嫌われる勇気」という自己啓発本から学んだことを皆さんとシェアできたら良いなと思い、文章にしました。


    「嫌われる勇気」という書籍について

    今回の書籍「嫌われる勇気」は、発行部数200万部突破のベストセラー作です。シリーズもので続編の「幸せになる勇気」も含めて、600万部売れています。
    初版は2013年、ダイヤモンド社より発行されています。

    本文は、一人の哲学者と一人の青年による会話形式で進みます。

    内容は、青年から哲学者に「人生の生き方」について、議論を交わしながら進行します。まさに、骨太な自己啓発本です。
    自己啓発本と言えば、気難しい単語を並べて、難しい言葉回しを選んで、1ページも読んだら眠くなる・・・そんな印象を思い浮かべる方もいるかもしれませんが…

    「嫌われる勇気」では、二人の会話形式だったので、テンポよく読めます。

    自己啓発本って、読んでみたら大した内容じゃなかったり、一般的なポピュラーな部分しか書いてなかったりで、どうも自分の中の奥深くに言葉が伝わる本は少ないです。

    そうした中で「嫌われる勇気」は、ズンッと「人間とは、何ぞや」という真のテーマをアドラー心理学を通して、伝えてきます。

    ちなみに、アドラー心理学とは、アルフレッド・アドラーというアメリカの方が築いた心理学です。


    何を学んだ?

    「嫌われる勇気」という書籍を読んで、私は3つの言葉が響きました。

    ①すべての悩みは「対人関係の悩み」である
    ②他人の期待を満たす必要はない
    ③課題の分離

    一つずつ解説していきます。


    すべての悩みは「対人関係の悩み」

    悩みのない人はいないと断言できるほど、永遠のテーマだと思います。

    「モテたい」
    「お金が欲しい」
    「病気を治したい」
    など…

    人の数ほど、際限なく無限に悩みはあります。
    そんなストレスの元凶とも言える「悩み」ですが、本書では「すべての悩みは、対人関係が理由で悩んでいる」と問います。

    例えば、女性の大きな悩み=ダイエットを例に挙げると

    どうして、ダイエットしたいのか?
    ⇒理想の男子に嫌われたくない

    確かに対人関係の悩みですよね。

    もし、理想の男子に太った身体を見られても、何も感じないなら、悩まないですみますよね。

    「理想の男子=対人」に、どう思われるかに悩むからこそ、ダイエットに励むでしょう。

    べつに理想の男子ではなく、周りの女友達から「最近、○○ちゃん、あご周りがヤバくない?」なんて言われたら気になりますよね。

    「もしかして、他の人も私のあご周りを見て笑ってるのかも!?」と思うと人様の前を歩きたくないと思います。

    いずれにしても、自分以外の他人が「どう思っているのか?」に思いを張り巡らして悩んでしまいます。

    こう考えたら、悩みってシンプルだと思いませんか?

    考え方によっては「他人がどう考えようが関係ない!!」と思えれば、悩みのないストレスフリーな人生が待っています。


    他人の期待に応える必要はない

    悩みはすべて、対人関係の悩みと書籍では教えてくれました。

    先ほどの例で挙げた、ダイエットに例えると

    理想の男子にモテたい(悩み)
    ⇒理想の男子の期待するボディが欲しい

    ってことになります。

    「理想の男子の期待するボディを手に入れたい」

    期待するボディというのが重要です。

    相手の期待(自分の思い込み)に応えようとするほど、悩んでしまいます。ならば、アドラー心理学では、「相手の期待に応えない人生の選択をしよう」と説いています。

    ここで、一つの言葉がでてきます。
    「承認欲求」です。

    読んで字のごとく、承認欲求とは「承認=認める」+「欲求=欲する」=認めてもらう欲求です。

    この承認欲求…実に厄介者なんです。

    例えば…

    「上司に認めてもらいたい」
    「友達に認めてもらいたい」
    「家族に認めてもらいたい」
    「彼女に認めてもらいたい」など

    承認欲求は、悩みの塊そのもの。

    私たちは、他人に認められた(自分の考えを理解・承認してくれた)と感じると幸福感を得ます。認めてくれる相手が難しいほど、承認欲求のリターンは大きく作用します。

    「あの気難しい上司が、自分のアイデアを褒めてくれた」

    「勉強しなさいとウルサイ母親が、やればできるじゃんと喜んでくれた」

    「カワイイ女性が自分と付き合いたいと言ってくれた」

    承認欲求は、現代の物があふれた社会において、重要なモチベーションに成り代わっています。認めてもらいたい=承認欲求を満たすからこそ、仕事を頑張れるし、日々の生活を充実させてくれます。

    ただ、アドラー心理学では、最初に言ったように「相手の期待に応える必要はない」と教えています。相手の期待に応えるからこそ、悩みが尽きないし苦悩します。

    「同僚が喜ぶから仕事を手伝った」
    ⇒結果、自分の仕事がおろそかになり残業した。

    「家族の理想とする結婚相手に応えるため、高学歴の男性と結婚した」
    ⇒結果、性格の不一致で別居中…近いうちに離婚してしまうかも…

    上記の例は、相手の期待に応えたおかげで招いた結果です。

    相手の期待に応えたからこそ、人生の選択を間違えてしまった一部の例です。

    正しく自分を中心に考えていれば、相手の期待の側面にある間違った部分に気づけたと思います。

    ただ、この「間違った部分」を見つけるのが難しい…

    アドラー心理学では、どうやって承認欲求と上手く付き合えるのか、「間違った部分」を見つけられるのか、具体的な方法を教えてくれています。


    「課題の分離」

    相手の期待に応えない生き方を選ぶために、重要になること…それが「課題の分離」です。

    「課題の分離」とは、課題にたいして、それは自分の課題なのか、相手の課題なのか、ただしく仕分けしましょうという考え方です。

    仕分けるポイントは「事柄の結果、誰が最後に責任を取るか?」で分別できます。

    例えば、「同僚が喜ぶから仕事を手伝った」の場合…

    上の例は、相手(同僚)の課題です。

    相手(同僚)の行うべき仕事(責任を取る人)=相手の課題ですよね。

    自分の課題では、ありません。

    同僚に「手伝ってほしい」と言われれば、「ごめん、自分の仕事があるから」と言って断る勇気が必要です。

    けして、「同僚から嫌われたかも…」という後ろめたい気持ちを持つ必要はありません。どうしても手伝いたいのであれば、自分の課題と相談して、相手の課題に関与すること。

    相手の課題に、自ら積極的に関与してはいけない。
    むしろ、ダメなこと!

    日本人に多いのですが、相手が困っていたら助けてあげようという美学があります。大変、素晴らしい考え方です。

    ただ、自分が苦労してでも相手を助けましょうという行き過ぎた考え方に捉えがちです。自分のやるべきことは、後回しにして、相手を手伝っている場合ではないのです。

    「課題の分離」で、自分の課題なのか、相手の課題なのか、きちんと線引きをする。分けたら、相手の課題には手を出さないこと。

    自分の課題であれば、意欲的に取り組むべきで、相手の課題であれば、それは相手が頑張るべきことです。

    よく自己啓発で言われる「人は変えられない」という言葉があります。

    相手を変えよう変えようと自分が努力したとしても、結局は変わる決心をするのは相手です。相手が変わりたいと思ったその時に変わるので、自分の努力は無駄になりやすい。(アドバイス程度に留めておくことが大事)

    著書でこういった言葉が出てきます。

    「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない」

    相手の考えを変えるというのは、相手の課題。
    なぜならば、考えを変える結果を選択したことで、それに対して責任を取るのは誰ですか?
    相手でしょう。

    だから、相手の課題です。

    よくあるのが、「どうして分かってくれないんだ!!」と感情に任せて、相手を操作したくなる気持ちになります。非常によく分かります。

    そこで、土足で相手の課題に踏み込めば、戦争勃発です。

    相手にとって最後に責任を取るべき課題なのに、自分の課題と誤解して、邪魔をすることでメチャクチャになるのです。

    先ほど、言ったように「馬を水辺に連れて行っても水は呑ませられない」ので、相手が変わることを根気よく気長に待つことをおススメします。

    それでも、相手が変わらないなら、それはそれ。

    相手が変わらないことで自分にたいして、危害を加えてくるのであれば、距離を取ってください。相手の「変わるという相手の課題」に踏み込んでも、無駄足ですので。

    相手の課題に構ってないで、自分の課題に時間を割くように動いたほうが人生は効率的です。(そうじゃなくても、時間は有限)


    「嫌われる勇気」って、何??

    「嫌われる勇気」を読んで、3つの教えを学べました。

    ①すべての悩みは「対人関係の悩み」である
    ②他人の期待を満たす必要はない
    ③課題の分離

    それぞれ、社会で生きていく中で人生の指標ともいえる格言ばかりです。

    それと、最後にどうしても伝えたい言葉があります。

    「自分が自分のために自分の人生を生きないのであれば、いったい誰が自分のために生きれくれるだろうか」

    著書にあるユダヤ教の教えだそうです。


    今、生きている人生は間違いなく自分の人生です。

    相手の期待に応える必要もないし、相手の課題をクリアする必要もありません。

    いかに自分の人生をよりよくできるかに、全力を注ぐべきです。
    別に人助けするな!というわけじゃないですよ。

    人助けも、立派な自分の課題にもなります。

    ただ、冷静に考えてみて、課題に取り組んだ結果、誰が最後に責任を取るのか…という点だけ考えてみてください。

    責任の所在が相手なら、それは相手の課題です。


    書籍のタイトルにある「嫌われる勇気」とは、自分なりの解釈になるんですが…

    限られた人生という時間を、自分の課題に取り組むために持つべき勇気だと思います。

    相手の課題か自分の課題かを見極め、相手の課題なら「あなたの課題ですから頑張ってください」ぐらいの気持ちでいること。

    そうすることで、嫌われてもいい気持ちを持つこと。

    嫌われたくないと言って、何でもかんでも相手の課題に取り組んでいては、それは、あなたの人生ではなく、相手の人生を生きていることになります。

    自分のために人生はあるという深い部分に気づかせてもらえた良い書籍でした。

     
     
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