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Photo byotatakahiko

【創作】ヘリオス 第2部 第11話


    「私が晃輝さんの力になんて、なれていたの?」

    「自分を過小評価するのはやめた方がいい」

    「そんなこと、晃輝さんに言われたくないよ」

    「そうか、俺たちは似た者同士だな」

    そう言って晃輝さんは笑った。

    「とにかくだから、俺の気持ちは決して軽いものじゃないんだ。何年も、凪が俺に出逢う前から、俺は凪のことを想っていた。君との婚約破棄は、あの時は、凪にとって最善の結果を出せるようにと、俺なりに必死に考えた結果だったんだ」

    そこでお茶を口に含んだ晃輝さんは、変な顔をして飲み込んでからゴホッと咳込んだ。

    「なんかこれ、しょっぱいな」

    「しょっぱい?」

    言われて私のを飲んでみる。美味しい。

    「別に普通だけど」

    「......小癪な手を......」

    「……あはは!」

    私は優成くんが綺麗な顔を歪めて、晃輝さんのお茶に塩を入れているところを想像し、お腹を抱えて笑った。

    「山田君め......。だけど山田君に言われて、俺の選択は間違っていたと気づいた。凪、俺は俺がいなくなっても、凪は山田君に支えられているうちに俺の毒が抜けて、優しく穏やかな時間を過ごす間にまた自然に、凪の演奏が出来るようになるんじゃないかと考えていたんだ」

    「毒なんて言わないで!」

    私は思わず大きな声を出した。

    「晃輝さんを、あんなに憧れた晃輝さんの演奏を、毒だなんて言わないで。大切な宝物なの」

    晃輝さんは黙って私を見つめる。

    「晃輝さんは自分を低く見積りすぎだよ。演奏だって副業なのにあんなにすごくて......能力がなかったらコンサートで満員になんてならないよ」

    幼少期からの両親へのコンプレックスだろうか。晃輝さんは自己評価が低すぎる。

    「演奏家を支える仕事も素敵だけど、演奏が本当に好きなら、演奏を続けた方がいいよ」

    「いや」

    即答だった。

    「確かに演奏は嫌いじゃない。俺の生涯の趣味の一つだ。だが」

    そこで晃輝さんはマフィアが殺るときのような、黒い笑みを浮かべた。

    「契約書作成や取り交わし等の言わば裏仕事は、凪、君を抱く時に次ぐ快感だな」

    ......ようやく私は、晃輝さんの言う志望の道に嘘はないんだと認識した。

    「愛してるよ凪。自業自得だが、凪が側にいない間、昼も夜も苦しくて気が狂いそうだった。長い間憧れの想いで見て来た君を、やっと手に入れたと思った途端、手放した自分を呪ったよ。俺は君がいないと生きていけない。やっとそう自覚したんだ。本当に、馬鹿だった」

    「長い間......だけど、晃輝さんが私の演奏を聴きに来てくれていて、それでお見合いするなんて、すごい偶然」

    すると、怖いほど真剣な顔が、私を凝視した。

    「偶然だったと思うか」

    「え?」

    「見合いは親が決めたと思うのか」

    「え?だって」

    「俺の父と家元は友人だろう。俺は父がよく川崎流のことを話していたから知っていた。父が結婚について仄めかすようになったから、それなら川崎流のあの子と見合いをさせてくれと、そう頼んだんだ」

    「え?」

    「......本当はここまで言いたくなかった。だけどこれで、俺が伝えていないことは全て話した」

    「どうして言いたくなかったの」

    「ファンが見合いにまでこぎつけるなんて、まるでストーカーで気味が悪いだろう」

    「気味が悪くはないけど......」

    「ないけど?」

    「弱みを握った」

    私は黒くニヤリと笑った。

    「......凪は俺に似て来たな」



    「一つ聞きたいの。晃輝さんは私が、例えば怪我をしたりして演奏が出来なくなったら、また私をおいていくの」

    「いや」

    即座に否定されて、緊張が少し解ける。

    「俺はもうあんな想いは耐えられない。演奏している凪も、そうでない凪も、全て好きだ。凪が川崎流を辞めても、例えば凪がMIBになっても、応援するし側にいる」

    「本当に?」

    「約束する」

    真面目な顔で晃輝さんが小指を出したので、私たちは指切りをした。

    「それで、凪。君は俺を選んでくれるのか」

    「あの、私、あのあのあの」

    「ん?」

    「……トイレに行きたい」

    途端に晃輝さんがはーっと息をつく。

    「君は緊張感がないな」

    「だって、閉じ込められていると思うと気になって」

    「山田君なら扉のすぐ近くにいるだろう。開けてもらうといい」

    「え、この部屋じゃ話も外に聞こえないのに?」

    「そういう意味じゃない。彼はいつだって、凪の不利になるようなことは決してしないだろう」

    扉をトントンと叩くと、果たしてすぐに開いた。
    優成くんは古びた長箒を手に持っている。それで扉を押さえていたのか。

    「話し合いは終わりましたか」

    扉の前にずっと立っていてくれたんだろうか。想像すると変な構図だ。長箒で押さえられている扉の前で、門番のように立っているイケメン。

    「あの、私、ちょっとトイレに行きたくて」

    優成くんはすぐに通してくれた。行こうとすると晃輝さんが出て来て、2人のこんな会話が聞こえる。

    「美味い茶をどうも」

    「熱中症予防です」

    「こんなに涼しいのに?」

    「老体に鞭打って、毎日花束を持って来ていたでしょう。敵に塩を送る、ですよ」

    「俺は君と3つしか離れていないんだが」

    2人きりにしたら殺り合いになりそうな雰囲気だ。晃輝さんは大丈夫だろうけど、優成くんが心配だ。晃輝さんは、むしろ一刺しで綺麗に仕留めて、恍惚と笑いそうな気がする。大変だ、すぐに戻らないと!

    慌てて戻ると、2人が話しているのが聞こえた。背の高い2人が対面しているのは絵になるけれど、似合わない汚れた長箒を持っている優成くんが、どうも変だ。

    「こんなことをしたら君の立場も悪くなるだろうに、山田君には世話になってばかりだな」

    「全くです。どれだけ俺を苦しませるんですか、貴方達は。早く結論を出してください」

    「本当にすまないと思っている。だけどこの状況で、俺に有利に動く君の信念を、心から尊敬する。俺に会わせないで、君が凪をさらうことも出来ただろう。演奏会の時もそうだ。俺を追いかけずに、凪をとどめておく選択肢もあったはずだ」

    「貴方は本当に馬鹿だな。そんなことをしても凪先生の心は向きません。これも全て凪先生のためです」

    晃輝さんはふっと笑って、優成くんを抱きしめた。

    「感謝する、本当に」

    ぎゃーっ!!イケメン同士のBL???

    唖然とした私と目が合い、晃輝さんは優成くんを抱きしめたまま黒く笑った。

    「凪、また変なことを考えてるな」

    「い、いえ、今どき同性間の恋愛は日本でも認められつつありまして......」

    「何言ってるんですか凪先生!そんなんじゃありません!」

    優成くんは焦って怒り出し、晃輝さんはまた天を仰いで大笑いした。


    これからの話は優成くんにも聞いて欲しいから、と、中に入ってもらった。長箒は片付けてきた。どうも優成くんが持っていると笑いそうになる。

    「あのね、私、優成くんのことが大好きなの」

    優成くんが私の正面に座るなり告げる。私の横に座った晃輝さんの動きが止まる傍ら、優成くんは憂いを帯びた笑顔を見せた。

    「はい、知っています。そういう意味でね」

    「とても大切に想っているの」

    「知っています。だけど俺の方が想いは上ですね。いつだって」

    「私ね、晃輝さんがいなくなってから優成くんがいなかったら、本当に耐えられなかった。気が触れていたか、自殺していたかもしれない」

    「俺が凪先生を少しでも支えられていたなら、光栄です」

    「私が優成くんに、『桜』から教えたの」

    「そうですね。俺は箏の何も知らなかったから、ゼロから凪先生に全て教えてもらいました」

    「私ね、優成くんを幸せにしたいの。ほんの少しだって傷つけたくない」

    「......ああ、もう、焦ったいな」

    そう言って優成くんは笑った。

    「本音を言って下さい、凪先生。俺はもう3度も貴女に振られているから、耐性もついています。罪悪感なんて要らないので、自分の望みだけに素直でいて下さい」

    「......うん。本当に、優成くんは、なんて強いんだろう」

    微笑んだつもりなのに涙が溢れて、握った両手にポタポタと落ちる。

    「......もう俺の胸は貸しません。ほら、大事なことは言わないと」

    優成くんは、いつもの優しい笑顔をしている。

    「私ね、晃輝さんを愛してるの。優成くんを、都合よく使ったみたいで、本当にごめんなさい」

    「だからそれは、俺が望んだことだって言ったでしょう。俺は何度も振られても、自ら望んで凪先生の側にいました。嫌がられても仕方のない行為でした。だけど凪先生が隣にいてくれたんだ。だからそれは、完全なる俺のエゴですよ」

    涙がますます溢れて、止まらなくなる。

    「本当に、幸せになって欲しいと思ってるの」

    「それはもう、何度も聞きました。俺も同じ気持ちです。だから今からそんな風に泣いたときは、隣のオジサンの胸を借りて下さい」

    「.....失礼だな」

    私の手を握っていた晃輝さんが呟いた。

    優成くんは急に声色を変え、晃輝さんに向き合って脅す。

    「東雲さん、これ以上凪先生を泣かせるような真似をしたら、容赦しませんよ」

    「肝に銘じておく」

    晃輝さんの声は真剣そのものだった。

    「優成くん、本当にありがとう」

    優成くんは立ち上がり、私の額に軽く優しいキスをして出て行った。

    「お幸せに」

    スッと扉が閉まる音がして、ますます涙が止まらなくなる。身体を晃輝さんの胸に引き寄せられて、思い切り泣いた。



    優成くんは、家元の弟子になることを選択した。その姿は、弟子と言うより、ひとりの演奏家のものだった。こうして大切な一番弟子は、私の手元から飛び立って行った。



    最終話はこちら。

    前回のお話はこちら。

    第1話はこちら。


     
     
    10歳男児の母。自称USCB(ウルトラスーパー超絶美女)。エッセイ&創作&ピアノ弾き語り&読書&スピ。 登録日本語教員&着付講師。advanced marketer。専門学校で、着物で留学生に日本語やマーケティングなどのビジネス科目を教えています。

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