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Photo byplastic_girl

ヘリオス 外伝 第1話


    美しいものに興味がある。

    衣服、建築、美術、舞台、木々のざわめき、鳥の毛並み、雨上がりの空、人の声、箏、凪先生。

    「優、あたしね、結婚することになったの。だから優とはこれでおしまい」

    シャツのボタンを留めている時にされた奈津の話に、目を見張った。

    「随分急だね。それで奈津は、幸せになれそうなの?」

    「うん。相手は優みたいな王子様じゃないけど、優みたいに優しいからいいかなって思ってて」

    「俺は王子様でも何でもないよ」

    言われて苦笑する。俺はただ、天に恋焦がれるだけの人間だ。

    「優も来る?結婚式」

    「セフレなのに?」

    身体については隅々まで知り尽くしている奈津を見つめて、俺は笑う。

    「とにかく、奈津が幸せになれるなら良かった。奈津に会えて良かったし、楽しかったよ。お幸せに」

    つい最近あの人に言ったようなセリフを、ただ思い出して奈津に伝える。

    「じゃあ俺は帰るね」

    荷物を持って出ようとすると、後ろから奈津にしては大きな声で話しかけられた。

    「優、あたし、本当はずっと前から優のこと大好きだった!お互い好きにならないって約束、破っちゃってごめんね」

    悲壮なその声に、俺は荷物を置いて奈津の方を向き、近づいて隣に座る。

    「そっか......ごめん。気づかなかった」

    奈津は眉を寄せて笑う。眼から涙が溢れそうになっている。

    「何で優が謝るの。あたし、セフレでも幸せだったよ。いつも優しくて、気が利いてて、優は最高の男だよ」

    「だから、俺はそんなんじゃないよ」

    暫く俺は奈津の長い髪を撫でていた。絹糸のようなすとんと落ちる髪が、こんな時でも俺の心を別の人物でいっぱいにする。

    「優。お願いだから幸せになって」

    これも最近、似たようなセリフを聞いたばかりだ。

    「無理してでも先生のことを忘れて」

    「......俺に、そんな技が出来るのかな」

    自分に呆れて、奈津に問いかける。

    「お願い。せめて恋人を作る努力をして。幸せになろうって、ちゃんと考えて。あたしはもう優に会わないから、最後に約束して」

    あまりに真剣な奈津の顔に、俺はこう答えるしかなかった。

    「分かった。努力するよ」

    そんなこと、出来るはずがないのに。



    「だからさ優成、香織に頼んで俺が合コン設定してやるから、来いよ」

    海鮮の味が良くて個室も清潔な、居心地の良い居酒屋。最近は昴とこの店に入り浸っている。

    「俺は合コンは苦手なんだ」

    「優成、囲まれるもんな。だけどこれ以上、引き摺ってる訳にもいかないだろ。何年片想いやってて、何回同じ人に振られてんだ、お前みたいな容姿で性格の奴が。似合わないことは、もうやめろって」

    昴はたこわさを頬張りながら説教をする。ウォールナットの板張りの壁が、何故だか昴に良く馴染む。

    「仕方ないだろう。あんな魅力的な人がいたら、他が見えなくなっても」

    昴はそこで他人に聞こえもしないのに、声を落とした。

    「お前さ、聞くけど、ずっと女の子抱いてないわけ?」

    「いや」

    「......買ったのか?」

    「いや、セフレ」

    「マジか。似合わない台詞吐きやがって、お前何やってんの」

    昴が俺の目から視線を外さず、嫌悪した顔をする。

    「お互い合意の上だから、問題ないだろう。長年順調な昴に、俺の気持ちが分かるかよ」

    そう言って俺は生ビールをあおった。喉を通る冷たさが、精神を少しは落ち着かせてくれる。

    「俺は心配してんだよ。病気とかヤバいんじゃねえの。何人いんの」

    「1人だったけど、もういない。先週、解消された。それに、奔放なタイプの子じゃないから大丈夫だ」

    長年の友人は、唐揚げへ向けた手を止めて俺を凝視した。

    「解消されたって、お前が?」

    「そう」

    「そういうのって、後腐れなく別れられんの?お前好きになられたりしなかったの.....図星かよ」

    俺の表情を読んで昴は呆れる。

    「最後の日に言われるまで気づかなかった。悪いことをした。俺、凪先生の代わりに、ずっとあの子を抱いてたから」

    「マジでお前、何やってんの。俺はセフレも1人なら健全だと思うけどさ、お前みたいなのがなんで不遇なの」

    頼んでいたカレイの唐揚げや追加の刺身が来て、話は一旦中断した。質の良さそうな油の匂いが充満する。

    「優成、箏から離れた方がいいんじゃねえの。家元に師事したって、会っちまうだろ先生に。次に行けなくなるだろ」

    「昴だったら、やめられるのか、箏」

    俺は太陽の光のように鮮やかに見えるレモンの果汁を、最後の一滴まで出しきるようにカレイに搾りながら聞いた。香りが部屋いっぱいに広がる。

    「いや、無理だな」



    「悪かったよ」

    「何が」

    「川崎流に優成を引き込んで」

    「別に俺は後悔してないよ。それどころか、感謝してる。凪先生に出逢えたのも、箏に出逢えたのも」

    「またお前は本当に優等生だな......優成、俺はお前に幸せになって欲しいんだよ」

    「......そのセリフ、最近流行ってるのか?」

    昴は酒のペースが速い。もう酔いが回っているのかもしれない。

    「馬鹿、本音だよ。お前次に女の子に告られたら、他に好きな人がいるとかゴネてないで、少し気に入った程度でも付き合ってみろよ。何とかしてその沼から這い上がれ」

    「それで好きになれなかったら、可哀想だろ」

    「お前な、恋愛なんてお互い様なんだよ。そんなとこまで考えんな」



    その日は変わった日だった。稽古に行ったら中島さんにショッキングピンクの花柄の封筒を無言で差し出された。隆々とした筋肉でスキンヘッドの中島さんには到底似合わなくて、俺は顔が強張ってしまった。

    「そんな顔すんな、坊。お前さんの相方に渡すように頼まれたんだ」

    開けてみると、白い花の形をした御守りが入っていた。「東京大神宮 縁結び 鈴蘭守り」と書いてある。恋人の香織ちゃんから貰ったんだろう、子猫の絵のある可愛い便箋に粗雑な字で書かれた手紙を読んでみる。

    喜べ優成、デートのついでにお前の恋愛成就祈願をしてきてやったぞ  

    昴、頼むから大御所の中島さんを、こんなことに使わないでくれ。



    稽古の後では、家元に呼ばれた。

    「山田君、少しいいか」

    家元の演奏は、音に天性の貫禄があって気に入っている。凪先生ほどの瑞々しさはなくても、それを経験により凌駕する圧倒的な演奏力がある。

    「君は渇いた土が水を吸うように上手くなるな。私も師として誇らしい」

    「光栄です。ありがとうございます」

    ただ褒めるだけのために、俺を引き止めたのではないことは分かっている。不審に思っている俺の顔を読んで、家元は続けた。

    「晃輝君が君に話があるそうだ」

    不快な名前を聞いた。もう二度と会いたくないのに、箏を続ける限りそれが叶わない男。嫌な人間だったら良かった。それならすぐに凪先生を奪って、凪先生が嫌がってでも自分のものに出来たのに。

    「俺は用はないんですが」

    容姿が整っている類なら、俺も同じ範疇に入るはずだ。身長だって大して差はない。だけど俺が中性的と言われるのに対して、完全な男性性を備えた人間。

    「山田君の気持ちも分かるがな、そう言わずちょっと時間を作ってくれ給え。君にとっても悪い話じゃないはずだ」

    「......分かりました」

    全く、俺は何をやっているんだろうな。

    あの人に会うと否応なく、凪先生を思い出してしまう。あの人に抱かれて、甘い声を聞かせているんだと思うと、血が逆流して気が狂いそうになる。その度に自分の弱さや欠点が浮き彫りになって、惨めな想いをする。

    これだけ苦しい想いをするより、いっそのこと環境を変えてしまえば良い。凪先生の弟子を止めて家元の弟子になったとは言え、この家には凪先生との思い出がありすぎる。ふと指先を見つめて考える。自分の箏捌きは、指遣いも腕の動きも、凪先生一色に染まっている。

    独立するには能力が足りない。別の家門に入るような仇は到底出来ない。箏を棄てることなど、俺にはもう不可能なんだ。それほど箏は俺の生活に染みついている。俺がここにいることで、凪先生もあの人も、不穏になることは分かっている。それでも。箏を続ける我儘だけは、許して欲しい。

    嫌な相手を、箏を弾いて待つ。入り口に人が立った気配を無視して弾き続ける。食えない相手だ。弾き終わるまで声をかけないつもりなんだろう。演奏を聴く者の嗜みを弁えている。太陽のような完璧な人間の前に、自分がどんなに努力しても高みに行けない、虫ケラのように感じてしまう。あの眩しい光のもとに、凪先生はいる。

    「相変わらず見事な腕前だな」

    「俺は貴方に用は無いんですが、東雲さん」

    冷たい声で返すも、ふっと笑って斜向かいに座る。

    「時間を取らせて済まないな。山田君に聞きたいことがある。君は仕事を何のためにやっている。何のために.....生きている」

    俺はあからさまに嫌な顔をしてみせた。

    「就職面接ですか。俺は転職する気は更々無いんですが」

    「そうじゃない。山田君はアパレルで働いているだろう。どうしてそこを選んだ」

    意味の分からない不快な質問だ。だけど俺は、この人との会話を極力早く終わらせたい。正直に答えなければ、きっと長引くんだろう。

    「美しいものを世界に増やしたい。そう思っているからです」

    その人は満足したように笑った。

    「さすがだな。そこで君に頼りたい。ジュエリーメーカーのennuiは知っているね」

    職場で出ないことはないその社名を聞き、思わず目を見開く。その繊細なデザインセンスに、勤務先のProofreaderが喉から手が出るほど取引を拡大したい相手だが、後発の当社は正直上手く商談が進んでいない。

    「そのennuiが君のYouTubeを見てね、イメージがぴったりだから、今度の広告に是非とも君をモデルとして起用したいんだそうだ」

    「どうして貴方が、こんな話を持って来るんですか」

    難攻不落と言われるennuiの話を、こんなに簡単に。

    「ennuiのチーフデザイナーが、俺の知り合いなんだ」

    俺は何も言えず、信じられない顔で彼を見つめた。

    「前から名前は挙がっていたらしいが、決め手が無かったそうだ。君も忙しいだろうから、返事はどちらでも構わない。ただ、君のその恵まれた容姿を、美しいものを広めることに使っても良いと俺は思うけどね」

    「......上司に確認を取ってからの返事でも良いですか」

    「勿論。結果が分かったら俺に連絡してくれ。LINEを交換してもいいか」

    嫌そうな顔をしてしまったんだろう。東雲さんは身体を逸らせ、声を上げて笑って言った。

    「師弟は似ると言う通り、顔に出るところは負けていないな」




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    10歳男児の母。自称USCB(ウルトラスーパー超絶美女)。エッセイ&創作&ピアノ弾き語り&読書&スピ。 登録日本語教員&着付講師。advanced marketer。専門学校で、着物で留学生に日本語やマーケティングなどのビジネス科目を教えています。

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