
#拝啓文芸部【拝啓、信じていた嘘】
拝啓文芸部にまた参加させていただきます。Mr.Q様素敵なお題をありがとうございます。
また前回スキをしてくださった方々、励みになります。ありがとうございました😊
拝啓、信じていた嘘。
あなたは、もう浮気はしないと言った。
「あの人とは、もう終わった」
そう言って、あなたは笑った。
私は、その笑顔を信じた。
だから、あなたのそばにいる彼女のことも、見ないふりをした。
ところが、彼女は消えなかった。
いつも私たちの間を歩いていた。
名前は、噂。
細くて、つかみどころのない女だった。
どこから来たのか分からない。
けれど、いつの間にか私の耳元にいる。
「まだ会ってるらしいよ」
「この前も一緒だったみたい」
「急な出張って、本当かな」
噂は、いつも小さな声で囁いた。
私は耳を塞いだ。
「あなたは嘘つきじゃない」
そう言うと、噂は楽しそうに笑った。
「本当に?」
私は答えなかった。
噂は、それ以上何も言わなかった。
ただ、私の心に小さな種を置いていった。
その種は、日に日に大きくなった。
突然の外出。
急な出張。
遅い帰宅。
あなたは、そのたびに理由を説明した。
私は頷いた。
「分かった」
そう言いながら、胸の奥では噂が笑っていた。
それでも私は、あなたを信じた。
噂よりも、あなたを。
疑いよりも、愛を。
そう思っていた。
ある夜、あなたが眠ったあと、私は偶然、写真を見つけた。
そこには、あなたと彼女がいた。
二人は笑っていた。
とても楽しそうに。
写真の中で、あなたは私に見せたことのない顔をしていた。
私は写真を閉じた。
そして、初めて噂を呼んだ。
「あなたの言っていたことは、本当だったの?」
噂は首を傾げた。
「全部じゃないよ」
「どういうこと?」
「私は、嘘をつかないもの」
私は驚いた。
「嘘をつかない?」
噂は笑った。
「私は聞いたことを言うだけ。見たことを言うだけ。誰かが言ったことを、別の誰かに渡すだけ」
そう言って、噂は私の目の前に立った。
近くで見ると、不思議な女だった。
顔の半分は嘘でできているように見えた。
けれど、もう半分は――
真実だった。
私は気づいた。
だから、噂はこんなにも厄介なのだ。
嘘だけなら、いつか見破れる。
真実だけなら、傷ついても受け止められる。
けれど噂は違う。
真実の隣に、嘘を置く。
嘘の隣に、真実を置く。
そうして、どちらが本当なのか分からなくする。
「あなたには、もう会いたくない」
私は噂に言った。
「私たちの間から消えて」
噂は寂しそうに笑った。
「それは無理だよ」
「どうして?」
「だって、私は真実のそばにいるから」
その言葉を聞いて、私は黙った。
嘘と真実は、表と裏。
本来なら、二つだけで世界は成り立つ。
嘘があるから、真実がある。
真実があるから、嘘が嘘になる。
けれど、その間に噂が入り込むと、表と裏の境目が曖昧になる。
人は迷い、疑い、傷つけ合う。
だから私は願う。
あなたと噂が、もう一緒にならないことを。
嘘は嘘のままでいてほしい。
真実は真実のままでいてほしい。
そして、噂には二人の間に入らないでほしい。
そう願いながら、私はあなたへの最後の手紙を書いている。
あなたは嘘をついた。
私はそれを信じた。
だから、この手紙の宛先は――
信じていた嘘。
けれど、手紙を書いている私は、
疑っていた真実。
そして、私たちの間で笑っている彼女は、
惑わせる噂。
三人は、よく似ている。
だからこそ、もう二度と一緒になってはいけない。
私はそう思っていた。
最後まで。
――噂が、真実に一番近い女だと知るまでは。