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Photo byomosirohappy

取り憑かれたように|ペラペラエッセイ


    小学校低学年の子の書く夏休みの日記のような文章を書いてしまう。
    自分の見たこと、やったこと、考えたことを
    犬が飼い主を見つめる目のようにまっすぐに書く。
    ……実は、魔法使いになりたい子どものように、比喩使いに憧れている。
    美しい比喩、言い得て妙な比喩など、ぐさりと刺さるような比喩を使えるようになりたい。

    そこで、このように「ように」を使うように﹅﹅﹅﹅﹅している。

    直前の「使うように」は「目標・目的」を表すもので、比喩とは別の用法であるということは理解しているように思う。そして、いまの「ように」は「婉曲」であるように、「ように」にはいくつも用法がある。

    わたしが使いたいのは比喩だというのに、いろいろな「ように」と区別するような器用なところが足りない。いや、いまはただ、ようにを使うことがボールを追い続ける犬のように楽しいのだ。

    さて、ように遊びはこれくらいして、比喩を書くようにしよう。
    ──とは思うのだが、わたしの頭の中は白い紙のように真っ白だ。
    おお、なんと嘆きたくなるようなチンケな比喩なのだろう。
    なぜ、このようなことになってしまったのか。
    それは、一般人のわたしが有名人と誤認されて色紙とサインペンを同時に差し出され、なぜかわたしのほうが申し訳なくなる瞬間のように、まるで書くことがないからである。悪夢……(おっと!)のようだ。

    比喩を用いて表現したい思いが先行してなにを書くのかを決めていないのは、財布を忘れて買い物に出かけるサザエさんのようにキュートなこと、というのは比喩としてどうだろう。


    ────


    上の文章中に「ように」がいくつ隠れているか
    数える人はいませんね?
    (活用した「ようだ」「ような」も含む)




    答え:25のようだ
    文は16。
    一文に必ず「ように」を入れた。



     
     
    何者でもないことの誇りを伝えてみたいのに 何者でもないから伝えられなくて驚いた ‖‖ 2025•3•27 こんにちは!noteが楽しくなってきました。 読んだ人が楽しくなってくれたら うれしいです♪

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