メインコンテンツへスキップ
見出し画像

もういちど弁護士やります。

    どうも、やまだです。みなさんお久しぶりです。
    さて、タイトルが全てなのですが.....

    もういちど弁護士やります!


    弁護士を辞めるときは、一大決心でした。

    が、今回色々思うことがあって、もう一回やります。

    「なぜ、一度辞めた弁護士をもう一度?」

    という疑問に端的に答えるのはむずかしいのですが、色んな出来事や人との出会いを経て、在り方が少しずつ変わっていったからだと今は認識しております。

    その出来事群と、在り方の変化をできるだけ自分に正直に書いて残しておきます。少しでもご興味ありましたら、見ていただけると嬉しいです。



    新型コロナという衝撃

    9.11も3.11ももちろんそれだけじゃない多くの衝撃的出来事が、僕の人生の中にありました。ただ、その当時の僕はそこにリアリティをあまり感じていませんでした。

    なんででしょうね?
    目の前の恋愛や遊びや勉強に夢中だったのかもしれません。

    ただ今回のコロナは、すっごくリアルです。



    もちろん自分が経営者で影響をモロに受けていること、仲の良い友達たちが大変な目にあっていること、好きなお店が危機にあることも関係あります。

    だけどそれだけじゃなく、今回のコロナは普段表に見せない色んな人の価値観を暴き、想像力の欠如や、反対に根っこにある思いやりの具体化などをものすごいスピードで進めたと思っています。

    ある出来事が目の前に現れたとき、自分はどんな存在で、それにどのような形で向き合うのか?今ある全てで。

    そんなことをずーーっと突きつけられている、そう感じてます。


    お金からの自由

    むかしからあまりお金に興味がなく、どちらかというと「お金は煩わしいもの」って感覚が強かったので、できるだけ意識しなくていい環境を作ってきました。

    十分な報酬を稼いで、それを自由に使う。残金とかそういうのを意識せずにその時欲しい物を買う、みたいな。

    ただ、2018年に起業する際、自己資金300万円、政策金融公庫から1000万円借り入れさせてもらってスタートしたとき、

    「1300万円ってめっちゃ大金!ゆっくり事業作ろ!」

    から

    「え、なにこのお金の減り方...。ヤバない?」

    になり

    「え、やばいやばい。これ払えなくない...?」

    となっていって、否応なくお金をめちゃくちゃ意識するようになりました。

    そうすると弱いもので、目の前のお金を手に入れるために、自分が大切にしている価値観傷つけてしまったり、お金の苦労をしていないように感じる他の人にあたってしまったりと、なかなかひどかったです。

    これじゃいかんと、本腰入れて「お金」を科学することにしました。
    正確に言うと、価値保存、交換、価値尺度みたいな、貨幣の本質というよりも、僕自身が「お金」をどのようなものとして捉えているかの分析ですね。

    長くなっちゃうので割愛(別に書く?)しますが、信用が溢れた結果の1つとしての「お金」ということが肌触りを持って実感できたあたりから、ちょっとずつうまくいくようになってきました。

    そうなると、お金をもらえることも、お金があることも、まだお金が手元にない状態でさえ、「あぁ、ありがたいなぁ...」。そんな風に思えるようになりました。

    お金からの自由ってのは、お金ってものがよくわかった上で、その流れみたいなものに身を任せることなんじゃないかなって今は思っています。

    ここまで来てやっと、「お金のために仕事していない」と本当に思えるようになった気がします。前からやりがいとかでやっているつもりだったんですが、それは十分な報酬があったか、手に入らなくて悔しくて言い放ってた「すっぱい葡萄」かのどっちかだったのかもしれません。


    小野田さんという異才

    小野田さんっていう弁護士さんがいて、この人やばいんですよね。

    そのやばさの一端をこのあたりから感じてもらえたらと思うのですが、

    彼の洗練された思想は、日々在り方を問われ続ける業務をしてきたからではないか、そんな風に感じています。

    小野田さんとの出会いから、弁護士というものにはじめてちゃんと興味が出始めましたw

    こんなのも一緒にはじめました。




    別れと新しい関係

    別れは苦手です。
    いずれくるかもしれない別れのために、すっごく仲良くなれそうなのにそれを抑えたりしてるくらい苦手です。

    だけど今回、会社のメンバーがそれぞれ新しい道に進むことになり、僕一人になる際、「一緒にやってくっていったじゃん!」「なんだよ嘘つき!」「裏切り者!!」みたいな気持ちがぶわぁぁって湧いてきて、でもその根っこの部分は「寂しい...」だったってすっごく気づきました。そしてその気持ちをしっかりじっくり味わうことにしました。

    そうすると今まで恐怖の対象でしかなかった「別れ」は、単なる関係の変化にすぎなかったんじゃないかと感じ始めました。

    会社のメンバーから、一緒に起業した戦友へ。

    今まで一緒にてくれてありがとう。これからもよろしくね。
    (ネテロと一緒で、感謝の時間ばかり増えてく..)



    弁護士という「枠」

    僕はもともと「弁護士」というものを硬い枠のように捉えていました。

    「弁護士なんだから、ちゃんとしないといけない」

    「弁護士なんだから、間違っちゃダメ」

    「弁護士なんだから、スーツで信頼感を与えないとならない」

    などなど、謎のルールを自分に課して、その枠の中に自分を合わせていっていた。そしてそれがどうしようもなく苦しかった。

    だから、辞めた。


    当時、その苦しさからちゃんと逃げた自分、めちゃくちゃグッジョブ!と思いつつも、あくまで逃げたわけで別にすごいことでもなんでもない。

    にもかかわらず、「弁護士の枠にとらわれない新たな挑戦者!」「あんなに頑張ってなったのにすごい!」みたいな扱われ方は正直困惑した。(ありがたいけども)

    もちろんその数十倍の批判ももらったけど、根っこは「自分には選択肢がないのに、他の選択肢があるのってずるい(羨ましい)」だと感じました。

    特に弁護士の人たちが、そう感じているのは意外、というか新鮮に驚きでした。

    当時の僕はキャパがなかったから、辞めるという選択をした上で、他のことをはじめたけど、できるんなら弁護士のままやりたいことをやればいいのにと思います。(というか、最近そういう弁護士さん増えてきてて、素直にすごいなっと)


    一度弁護士を辞めて客観的に見ていくと、弁護士だからしなきゃいけないことなんて何一つありませんでした。専門家だから、プロフェッショナルだからってやらなきゃならないことがあるってのは全部ウソで、目の前の事象に、自分として、どのように向き合って、何を考え、どう実行していくかだけだと。

    「目の前の人は不安なんだから、ちゃんとしよう」

    「大きな決定をするんだから、わかってないことはちゃんとまだわかってないといって、確定できるところだけはっきり言おう」

    「あの人と会うから、スーツきよ」


    それだけのこと。
    当たり前なんですけどね。

    おそらくこのあたりなんて全部わかった上で、諸先輩方は「弁護士として、プロフェッショナルとして」という表現をしていたのでしょう。
    何もわかってなかったですね、恥ずかしい。


    アカギが「積みすぎて身動き取れなくなってるぞ、一回崩してみろよ」的なことを言ったり、ヒソカが積み上げてたものを壊すことにゾクゾクしている、ってのにならって色んなことを辞めてきましたが、実は「辞めた」事自体にも結構とらわれていたんじゃないかなって思います。

    「弁護士辞めたんだから、〜しちゃダメだ」

    なんてその最たるもので、辞めたことにとらわれるなんておかしいですね。


    今なら、という気持ちと在り方

    関係ないように見える話を色々してしまいましたが、これらのことは僕の中では全部つながっています。
    弁護士を辞めて以来、自分の在り方が少しずつ変わっていきました。

    人それぞれ色んな根っこの部分があると思うんですが、僕にとっては

    「自分なんて矮小な存在で、何も出来ない」

    という思い込みが、自分を形成してくる根っこの部分にあったんだと思います。

    僕は今まで優秀じゃないと何も出来ない、やっちゃいけない、やるべきではないと思っていました。だってすごい人っていっぱいいるし、そんな人達の邪魔しちゃダメって思うじゃないですか?

    だけどよくよく向き合ってみると、これって自分の中の怖れだったり、不安だったりから生じている考え方だと気づきました。(優秀だからここにいても良いんだって思えるように自分を守ってくれてた考え方だとも言えます)

    過去「自分は人より劣っている」という強烈な体験をし、当時の僕は「だったら人より何倍も頑張ってすごくなればいいんだ!」と思いました。
    (ああ、とってもいじらしい...)

    何倍も頑張ると結果が出ます。
    それによって、「頑張る」ということが正解だという思いも強まってきます。

    だけどそれらはすべて、「自分は劣っている」という思い込みから始まっています。そのためいつもどこか苦しい、どこか満たされない。


    色んな人の力を借りて、多くの出会いという機会を頂いて、少しずつそこの根っこの柔らかい部分に向き合って、その怖れや不安の気持ちを味わってきました。

    ああ、怖かったんだな。
    ああ、不安だったんだな。

    と。

    ポジティブ、前向きってのが良いとされがちな社会において、怖れや不安はあまり向き合うことがないように感じます。そんな中、しっかりじっくりと味わいました。(あまり楽しいものではありませんw)


    だけどその結果、徐々にですが、できること全部で世の中と関わりたくなってきました。
    全部の自分で、世界を創造していく。



    だから、弁護士ももう一回使いながらやってきます。
    資格がなくてもできることが多いんですが、あったらできることが増えるのもまた間違いないので。

    具体的には、コロナ関連で噴出してきそうな問題だったり、友達の法律相談にのったり、企業法務だったり、一般民事だったり、一般刑事だったりと幅広く。なんでも。

    とりいそぎ、友達限定で無料相談にいつでも乗るので、友達だと思ってくれている人はFacebookでご連絡くださいませ。普段話す感じでどうぞ😊


    弁護士を辞めたり、やったりとふざけているように見えるかもしれませんが、ぼくにとって一度辞めることは必要なことでしたし、もう一回やることも大切なことだと思っています。


    長々とした文章、お読みいただきありがとうございました。
    この文章を読んでくれたみんなと共に、より良い世界が創っていけたら幸いです。一緒にやったりましょー!

    おあとがよろしいようで。




    所属事務所
    小野田高砂法律事務所
    (Webページ鋭意製作中!6月頭リリース予定)


     
     
    弁護士を辞めて、noteにエッセイ書いて暮らしています。

    あなたへのおすすめ