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Photo bynekonosara

嫌嫌煙運動

     香害こうがいという言葉を聞いたことがあるだろうか。
    香りつきの洗剤や柔軟剤が使われ出し、マイクロカプセルに合成香料を入れだした。そのために起こる頭痛やアレルギーの、化学物質過敏症による害のことだ。
     私は喫煙者である。最近は喫煙場所がなく、さがすのに苦労している。
    嫌煙を言う人の中には、たばこの臭いがだめだという人もいる。ちょっと臭うだけで苦情のオンパレードとなる。

     私は化粧の臭いが苦手だ。頭が痛くなる。
     もちろんいい匂いの香水の香りを漂わせる人もいる。でも、この臭いは何じゃ、という人もいる。ちょっと強烈すぎるじゃないか。そんな人に、「臭いです」なんて言わない。そしてそんな臭いをばらまいている女の人に限って、2~3メートルのソーシャルディスタンスをとっていても、なぜか同じ方向にいつまでも歩いて行く。後ろを歩いていると、人の少ない朝の道路の残り香がいつまでもいつまでも追ってくる。

     たばこの煙は害があると言われるが、車の排気ガスはどうだ。たばこの煙を吸っても死なないが、排気ガスでは死ぬ。工場からは数値的には有毒とはいえないまでも、健康にはよいはずのない煙が排出される。そんなものを大量に吸っていたら死ぬだろう。
     たばこの煙を出すなと言う人は、煙を出す車もなくせ、すぐにも電気自動車に全部を変えろ。煙を出す工場もすぐに閉鎖しろと言っているのか。
     なぜか、たばこだけ目の敵にされる。
     喫煙者は犯罪者扱いをされ、喫煙場所もどんどん減らされていく。そんなにひどいものなら法律で禁止すればよいが、逆に喫煙者はたばこ税によって高額納税者となっている。
     たばこを吸って幻覚を覚え殺人を起こす人はいないが、酒を飲み、アルコールの影響で事件を起こすことは山ほどある。禁酒法を作れという人はいるのか。酒は許すけど、たばこだけは許せない。
     たばこには有害物質があり、健康によくないことはわかる。だが、かつての副流煙だらけの家庭や会社で生活していた人、今や高齢者となった人たちは、どれだけ死亡率を高めているのか。たばこの煙をいっぱい吸ってきた人たちが高齢者となり、元気に活動している。
     逆に自殺者は増えている。
     人々は健康に留意しながら、健康に悪いものを排除しながら、心の健康をそこねていく。

     路上喫煙やポイ捨ては論外だ。喫煙の是非ではなく、人間としてのマナーの問題だ。喫煙者がマナーを守ろうとしても、町中に喫煙所がない。わずかにあった喫煙場所もコロナ禍で閉鎖になったまま。排煙機械がゴーゴー音を立てて換気を繰り返していた場所も閉鎖された。

     コロナ禍の自粛警察ではないが、嫌煙を言う人は、喫煙者を完全に否定して批判をする。
     これでもかこれでもかと不倫をした芸能人を非難するレポーターのようだ。まちがったことは言っていないし、視聴者の聞きたいことを聞いているのだろう。けれど、あのレポーターたちは、まちがったことはひとつもやったことのない聖人君子のような生活をしてきたのか。
     他人のことはよく見える。

     喫煙を正当化するつもりはない。
     迷惑をかけているのならば改めなければならない。たばこの煙で困っているのに何も言えずにいる人がいれば、それに気づかなければならない。
     けれど、声高に嫌煙を叫ぶ人はどうだ。他人を非難するほどに、自分自身をわかっているのか。

     もう少し心に余裕を持ってもよいのではないだろうか。

     あ~あ、喫煙者の自己弁護の文章になってしまう。
     

     
     
    神戸からの風。 歓怒の文字は「歓喜」「怒り」「喜怒哀楽」を示し、「かんど」は漢字では「神戸」とも書ける。「感動」とも書ける。 毎週、日曜日、木曜日更新。

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