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母の日に想う「おかん」の背中ー全力で愛してくれたあの頃を振り返ってー【子育てエッセイ】

    私の母は、たしか21歳で結婚した。

    当時としても若い方だったと思う。そんな母は今、あと数年で還暦を控えている。

    そして、このタイミングで驚くことに「フルタイムで働くことにした」と言った。さらっとした口調で。まるで、ちょっと散歩にでも行くような軽やかさで。


    私は思った。
    えっ。すごい。すごすぎる。尊敬しかない。



    思い返せば、母は昔からパワフルだった。



    母には、ひとり姉がいる。

    母は私が生まれる前に会社を辞めた。けれど、母の姉はその後も仕事を続けていた。
    だから、私が幼い頃、母は私と4歳下の弟、そして母の姉の子ども(つまりいとこ)の面倒も見ていた。私の4歳上のお姉ちゃんと1歳上のお兄ちゃん。

    合わせて子ども4人。


    「みんな近所に住んでいたからできたこと」と言えばその通り。その頃は祖母も健在だったという背景もある。

    でも、私は親になった今、自分にできるかと問いかけると答えはNo。そんな余裕はない。当時の母は専業主婦だったといえど、若くして自分の子ども以外の子どももまるっとまとめてお世話するなんて、みんなができることじゃないと思う。拍手もの。



    20代にして、当たり前のように4人の子どもを育てていた母。しかもそのうち2人は、我が子ではなかった。
    それでも、嫌な顔ひとつしないどころか、分け隔てなく、自分の子ども同然に可愛がってくれた。

    今でも私のいとこのお姉ちゃんは私の母を「おかん」と呼ぶ。



    母と父は、そんな私たちを連れて、いろんなところへ出かけてくれた。水上アスレチック、キャンプ、花火大会、スキー、ディズニーランドも行った。


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    充電切れの弟と子ども3人
    私が年長さんくらいかな?


    「家族サービス」とか、そんな言葉じゃおさまりきらないくらい、全力で子どもたちと一緒に過ごしてくれた。幼いころはいつも4人一緒だった記憶がある。

    そんな私は、第一子の長女らしさの欠けた甘えっ子気質で人の気を引きたがる真ん中っ子の性格に育った。と、よく言われる。
    本当のきょうだいだと思うくらい一緒の時間を過ごしてきた。

    私は愛情が分散されることを恐れたことは一度もないし、当時を振り返ると、ただただ、楽しくて幸せだった記憶しかない。



    今、自分が2人の子どもを育てていて思う。
    私に、親戚の子どもを含めた4人の子どもを連れてお出かけできるキャパがあるだろうか?と。
    ……ない。保育士してたけど、正直、全然ない。

    やっぱり母には敵わない。
    4人の子どものお世話を通して、めきめき子育てが上手になったんだと思う。
    そしてなにより、子どもが好きで、家族を大事にしていた。



    そんな母が、50代半ばを過ぎても、今もなおハツラツと働いている。気が付けばお友達と旅行に行く。
    きっと私が子どもだった頃と、変わらないエネルギーで今を楽しく生きているんだろう。

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    子育てひと段落した母と小豆島へ旅行したとき



    私の母は、すごい。
    私の目標であり、憧れであり、眩しすぎる存在。

    母のようになりたいと思う私も、また母としての道を歩いている。そう思うとちょっぴり不思議な気持ちにもなるけれど。

    今年の母の日は、そんな母に改めて「ありがとう」を伝えようと思う。母が大好きなスイーツを実家に送った。



    明日も、いい1日になりますように。



     
     
    子育てしながら在宅ワークするフリーランスライター✍️元保育士×ママ視点で更新中|毎日更新1100日突破|100日note継続メンシプ主催|第一子(21.8)第二子(23.2)第三子(26.6)【実績】月間PV1億のライフスタイルメディア・子育てメディア執筆 🍼

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