メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bymori_n

目こぼしの大切さ

    何某(なにがし)当時倹約を細かに仕(つかまつ)る由(よし)申し候へば、よろしからざる事なり。水至って清ければ魚棲まずと言ふことあり。藻(も)がらなどのあるゆえに、その蔭に魚はかくれて成長するなり。少々は、見のがし聞きのがしのある故に、下々(しもじも)は安穏(あんのん)するなり。人の身持(みもち)なども、この心得あるべき事なり。

    葉隠 聞書第一 二四

    徹底的に管理され、指示されたことからちょっとでもはみ出せないことくらい窮屈で不快なことはない。独創的な発想や創造の喜びが封じ込められてしまうと人は意欲を喪失し、無気力に陥ってしまうものである。
    誰しも信頼され、任されることで情熱を燃やし、試行錯誤の後目的を達成したとき、活力も生み出され生きがいも生まれる。
    幼児にしても、悪戯(いたずら)をとおして成長していくことを考えると、咎(とが)め立てるばかりでは健全な発達もむしろ阻害(そがい)されかねないのである。
    大人であれ子どもであれ、やはり自主性を最大限尊重し、大きく見守られていると実感させることで伸び伸びと個性を発揮することができるものである。些細(ささい)な事まで暴(あば)き立て咎め立てていたのでは活気あふれる活動は望むべくもないのである。
    プライベートな空間の存在が、人々の疲れを癒し、気力を回復させることを思えば、集団におけるリーダーは、実態を十分に把握した上で、目をこぼすだけの大らかな度量も持ち合わせていなければいけないのである。

     
     
    平成21年3月末まで教育関連の仕事に従事、退任後は、清風庵と名付けた自宅で鋤散人と号し趣味三昧の日を送る。趣味:居合道(夢想神伝流)、尺八(琴古流)

    あなたへのおすすめ