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Photo byfukkuraborisat

娘が「最悪や」と言ったときに返すべき言葉はなにか?

    今日仕事から帰ると、「最悪や」と娘が飛んできた。

    話を聞くと、宿題でやるべきページを間違えて他のページをしてしまったのだと。

    「最悪や」という言葉の裏には、
    「あんなに頑張ったのに、もう一度同じ労力をかけて宿題をしなければいけない」という気持ちがあるのだと思う。

    だが私はすかさず
    「ラッキーやん。次の宿題を先に終わらせたってことやん。」

    と言った。

    もちろん「そうだね!」とはならず、引き続き「最悪や」と言っていたが。


    『運のいい人の法則』(リチャード・ワイズマン博士)によると、運を掴む人と運を掴めない人の違いの一つに思考の違いがあるという。

    いつも「ラッキーだ」と言っている人はラッキーな理由を脳が探し出し、「最悪だ」と考える人は最悪な理由を探し出すという。

    事実は同じでも、解釈が変わるとその先の理由付けが変わり、未来に起きる出来事も変わっていくというのです。

    確かに、身近な運のよさそうな人は、いつも悩みこんでいる様子が少なく、人との接し方も自然体で、気負いしていない感じがして好印象を受ける。
    当然、また話したくなる。
    そういう人が運を掴んでいくのだろう。

    逆に運がなさそうな人は、うつむき加減で背中が丸まっていて、目にも力がなく、話しかけても盛り上がることもない。

    こういう相手とは、二度と接することはないかなと思ってしまう。
    結果的に運を逃してしまうのだと思う。


    少し話は変わるが、先日、解釈に関するある出来事があったので紹介したい。

    出張先で作業をするのに安全靴は不要と言われたので、動きやすいスニーカーで作業した。

    その結果、帰って靴の中を確認すると中敷きがすり減って穴が空いていた。

    「安全靴でくればよかった。そうすれば中敷きに穴が空くこともなかっただろう。」と、一瞬よぎった。

    だが、もしかすると以前からすでに穴が空いて、それに気づいていなかっただけかもしれないし、スニーカー自体長く履いているのですでに寿命だったかもしれない。

    そう考えると、「この靴も随分長いこと履いたし、十分お世話になった。良いタイミングで穴が空いてくれた。仕事で穴が空いたとなると妻にも説明しやすい。買い替えるいいタイミングだったんだ。」と考えたほうがポジティブになれる。


    このように、思考が幸せに与える影響は大きい。

    良い思考を身につければ幸せになりやすいことは間違いないのだ。

    であれば、私たち親の仕事は、幸せになる思考を子どもたちに教えていくことだと思う。

    今回は「最悪だ」という思考に留まってしまった娘だが、今後も「ラッキーだったね」と伝え続けていきたい。

    娘の口から「ラッキーだ」と言う言葉が出るようになれば、きっと幸せを掴みやすくなるだろう。


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