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Photo byanzu_9194211121

ショートショート|悪口だった。


    姉が死んだ。
    事故だったらしい。

    朝起きた時、いつも忙しなく朝の準備をしている姉に会うのに、今日は居なかった。彼氏の家にでも行ってるのだろうと思っていた。

    姉のことを知ったのは、仕事中だった。
    母から急に電話があり、仕事中だったので後でかけ直そうと思っていたら、連続の着信。
    何かあったのだと思いすぐに折り返した。

    「りーちゃんが事故で死んじゃった…」

    母の声は電話越しでもわかるほどに震えていた。
    初めて聞く母の声だった。
    私も手が震えた。
    視界がぐるりと揺れる。
    足に力が入らなくなる。
    初めての感覚だった。


    その後からの記憶がない。
    多分店長に姉のことを伝えて、今日からしばらく弔い休暇を取ることになり、その足で新幹線に乗り実家のある群馬県まで帰って来たのだと思うけど。つい先日まで話していた、当たり前の存在が居なくなることは、こんなにも何も考えられなくなるのだと感じた。

    新幹線が止まる高崎駅からは父が迎えに来てくれた。いつも通りの白い軽自動車がその日はもっと小さく感じた。

    いつもだったら一番楽しくて嬉しい瞬間のはずの父との再会が、今日は冬の曇りの日みたいに重く低く私に覆い被さって来た。

    「パパ、大丈夫?」

    いつもならただいまの第一声も、今日はお互いの心境確認になった。

    「さえは?大丈夫か?」

    大丈夫なはずがない。
    その瞬間わたしは知らないうちに堰き止めていた涙がどっと溢れ出すのを感じた。堪えきれず大声をあげて泣いた。
    なんでりーちゃんなの。なんでなの。なんでなの。どうしてなの。
    理由なんてあってないような問いに父も泣いていた。初めて見る父の涙。こんなことで見たくなかった。

    実家までの道のりはとても長く感じた。
    いつも見る前橋の街並みが今日は遠くに見えて、モヤがかかっていて、初めて来た街みたいに感じた。父と二人、何も話さず、ずっと父の手を握っていた。冷たくてでも大きくて、わたしをしっかりこの世に繋ぎ止めてくれていた。どこかに私が行かないように、どこにも行かせないように。

    姉はよく、車に乗ると、後部座席から大きな声でいろんな話をして来たのを思い出した。特に意味もない話。思い出話だったり、仕事の話だったり、愚痴だったり。よく話す人だった。
    姉の存在をふと思い出したとき、わたしはまた涙が止まらなくなった。もうここにはいない、もう二度と会えないことに抗って、また姉に会いたくて。なんでもう会えないのかよくわからなくて。
    涙が止まらない。

    実家に着いた時、母が愛犬と一緒に外で待っていてくれた。多分家に一人でいたくなかったんだと思う。姉の存在が、声が、感触が残るこの我が家に、一人でいることなんて私もできない。

    「お帰りなさい。大丈夫じゃないよね」

    大丈夫じゃない。大丈夫じゃないよ。この気持ちを消して欲しい。遠くにどっかに、持っていってほしい。なんでもするから、どんなことでもするから、私をここから助けて欲しい。

    藁にも下がる思いで母に抱きついた。
    三人でたくさん泣いた。何も言わずに泣いた。
    実家の愛犬も何かを察してそばにいてくれた。
    今日から我が家は五人家族ではなく、四人家族になった。そしてわたしは一人っ子になった。

    それからというもの、葬儀や手続きなど、いろんなことが台風の前の雲のように、あっという間に流れて行った。

    姉の思い出話で笑えるようにもなった。
    けど、心はどこか静かで、笑っていてもそんなわたしを俯瞰して見ているように。

    姉のiPhoneが解除でき、写真やらLINEやら、メモアプリを整理していた。サブスクは解除しなきゃいけないし、やることはたくさんある。
    姉は几帳面だったので、メモ帳アプリにパスワードをすべて記録していた。

    その中に一つ、無題のメモがあった。


    《私が死んだ時多分読むであろうメモ》



    題名こそなかったけど、本文の最初の一行にそう書いてあった。

    死んだ時?姉は事故を予測していたの?
    見てはいけないものだとわかってはいても好奇心には勝てない。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    《私が死んだ時多分読むであろうメモ》
    今日私死んだよね。あーあ。短い人生だった。つまんねえ人生だったぜ。クソが!!
    おっと失礼、暴言を吐いてしまった。
    多分これ読んでるのちゃあちゃんだよね?まあ誰でもいいけど。
    とりあえずいつ死んでもいいように遺書書いておきたくて。遺書書いて見た⭐︎

    とりあえずさ、今までのこと書くよ。
    なんか文脈とか気にせずガン無視で書く。誤字脱字も、許せ。
    合ったら直しておけ。

    なんかとりあえず実家って間取り変だったよね?
    なんか普通の家と違って、なんか変だったよね。あとさ、ちゃあちゃんがトイレで大きい方する時、壁どんどんするのなんなん!笑まじウケた。見に行くと、見にこ〜な〜い〜でって!wwwww
    あとママ。マウスピースしながら顔だけこっち向けて夜中喋り続けるのやめてwwww眠いのに喋りかけてくるから、後半何話してたか覚えてないwwww
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    私はそっとメモ帳を閉じた。

    これは悪口だ。

    なんだあいつ。なんなんだあいつ。死んでもなお、悪口言ってるあたり、なんなんだあいつ。
    待てよ。これは崖から落とそうとしてやっぱり助けて、ごめんねを言い合うパターンのやつ?

    そう思い私は続きを読むことに決めた。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    これガチの遺書じゃないからな。
    なんかムシャクシャして“死んだ設定”で書いただけ。本気にしたらぶっ飛ばす。
    あと、iPhone勝手に見るな。キモいぞ。ちゃあちゃんだろ?わかってるよそんなこと。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    私は、思わず吹き出した。

    涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、声を出して笑った。

    なんだよ。
    死ぬ気なんて一ミリもなかったじゃん。

    姉は最後まで、姉だった。

    私はスマホを胸に抱えた。

    「うるさいよ、りーちゃん。」

    そう言って、また少しだけ笑った。

    これは遺書じゃない。

    ただの、
    性格の悪い姉のメモだ。

    死ぬ気などさらさらない、姉の悪口だった。

     
     

    湯船

     
     
    湯船です。 くだらないことを真剣に考えます。

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