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「しあげは、おかあさん」と「よい歯のバッジ」の話

    こちらのエッセイはnote公式のお題企画である#いい歯のために に参加させていただきます。

    「しあげは、おかあさん」
    母はよく子ども向けテレビ番組の歌を口ずさみながら、膝の上で僕の歯を磨いてくれた。
    僕の少年時代、「歯だけは大切にしなさい」というのが母の口ぐせだった。

    「歯をちゃんと磨かないと、虫歯で歯に穴が空いちゃうよ。」
    「将来、入れ歯になっても知らないからね。」
    僕は毎日、母に半ば脅されながら歯を磨いた。そして僕の歯磨きがだいたい終わった頃を見計らって、母は僕の頭を膝の上に乗せ、仕上げの歯磨きをしてくれるのだった。

    母は虫歯が進行して歯の神経を抜いたり、あちこちの歯が銀歯になっていたりしたので、子どもを自分と同じ目に遭わせたくはなかったのだろう。幸いにも母のおかげで、僕は一度も虫歯になったことがなかった。


    しかし、いつの間にかそんな母の優しさを煩わしく感じるようになった。
    小学2年生の頃、母の膝の上で歯を磨いてもらうことが小っ恥ずかしくなってきたのだ。きっと同級生たちは親にそんなことをしてもらっていないと思ったからだ。

    だから僕は「しあげは、おかあさん」を頑なに拒み、これからは一人で歯を磨くことにした。小さな自立である。

    そして、自立の結果はすぐに現れた。
    ある日ズキンと歯が痛み出したのだ。

    即刻、僕は生まれて初めて歯科という場所に連れていかれた。
    歯医者さんは歯鏡に映して痛んでいる箇所を見せてくれた。上の一本の臼歯の、真ん中の窪みが茶色く変色していた。
    「ああ、これは虫歯だね。だいじょうぶ。まだ酷くなってないからすぐに治るよ」

    まもなく、キーーーーンというドリルの音が耳をつんざいた。僕は歯を削られながら涙を流した。

    泣いたのは削られている歯が痛むからじゃない。せっかく意を決して自分一人で歯を磨きはじめたというのに、虫歯になってしまったのが悔しくてたまらなかったのだ。自立までの道は遠かった。

    この虫歯のせいで、しばらくの間「しあげは、おかあさん」の制度が復活してしまった。これまた悔しくてたまらない。二重の屈辱だ。



    小学4年生頃になると母もさすがに子どもを信じてくれたのであろう、「しあげは、おかあさん」のチェックは無くなり、僕は今度こそ一人だけの力で歯を磨くようになった。
    もう二度と虫歯になんかならないと誓い、毎日できるだけ丁寧に歯を磨くようにした。

    僕の小学校では年に一度の歯科検診で、歯に虫歯が無かった子どもは「よい歯のバッジ」を貰えた。バッジは真っ白い歯のビーバーの絵柄で、その年ごとに色が違っていた。

    一人で歯を磨くようになった最初の年、歯科検診で虫歯は見つからなかった。そして「よい歯のバッジ」を貰ったときは、過去の虫歯の雪辱を果たした気持ちになった。

    その後、この「よい歯のバッジ」を毎年もらうことが僕の目標になった。
    僕は一人の力で歯を磨き続けた。毎年違う色の「よい歯のバッジ」を貰うたび誇らしい気持ちになった。そして僕の努力が実り、それから6年生の年まで毎年欠かすことなくバッジを貰うことができた。バッジのコレクションは、勉強机の鍵付きの引き出しの中に大切にしまっておいた。



    それから年月が過ぎて僕は大人になった。幸い僕は比較的丈夫な歯を持っているようで、先述した小学校2年生で虫歯になった一件以来、20代後半になるまで一度も虫歯にならずに済んでおり、歯科に行くことも滅多になかった。

    しかし仕事の忙しさで疲れが溜まっていたある日のことである。

    ズキン!


    右下の奥歯の辺りがいきなり痛み出した。


    久しぶりに歯科を受診すると、右下の親知らずが虫歯になっており、その周りの歯茎も腫れていることがわかった。僕の親知らずは奥歯の隣にちょこっと顔を出すように生えており、歯ブラシが届きづらかったようだ。
    歯医者さんの歯鏡に映し出されたのは、見るも無惨に黒ずんで穴が空きそうな親知らずだった。そもそも、僕は自分の親知らずがこんな口の奥の方に生えていることを知らなかった。

    やはり虫歯が出来るのは、悔しい。
    少年時代に虫歯ができた悔しさのあまり泣いてしまったことを思い出した。


    虫歯になった親知らずは歯茎の神経に近いところまで埋まっているとのことだったので、念のため歯科から大きな病院の口腔外科を紹介してもらい、そこで親知らずを抜くことにした。

    親知らずの抜歯は、これまで手術とは無縁で生きてきた自分にとっては恐怖体験そのものだった。
    親知らずの表出しているところにドリルをあてて砕く。そして、歯茎の一部を切開し、歯の埋まっている部分を掘り起こして抜くのだ。

    ガガガガ……というドリルの音と振動が頭全体に響いた。その後、ゴリッ!という鈍い音が聞こえてくる。ペンチのようなもので歯を砕いているのだ。僕の口の中はさながら工事現場の様相を呈していることだろう。僕は目を閉じて拳を握りしめながらその恐怖と戦った。

    ありがたいことに、担当のお医者さんは実に手際よく処置をしてくれた。

    虫歯になったまま砕かれた親知らずの残骸を見せられて僕は思った。きっと忙しさにかまけて歯磨きが雑になっていたのだ。いつか他の歯も虫歯になり、こうやって抜かれてしまう前に、しっかりとケアをしなければならない。

    「歯だけは大切にしなさい」

    少年時代の母の口ぐせが脳裏に蘇ってきた。


    これはある意味でいい機会だと思って、僕はその後も歯科で定期的にメンテナンスをしてもらうことにした。
    現在は3ヶ月に1回ほどの頻度で近所の歯科に通って、主に歯のクリーニングをしてもらっている。
    担当の先生におすすめの歯ブラシを紹介してもらったり、家でのブラッシングのコツを教えてもらったり、通院というよりは歯に関するアドバイスをもらいに行くつもりで歯科に通っている。

    そして、先生から「よく磨けていますね」「前回より良くなってますよ」と褒めてもらえたときは、心の中で「よい歯のバッジ」を自分にプレゼントしてあげる。
    しかし、「最近忙しかったですか?磨き残し多いですね」などと図星を突かれることもある。
    先生はなんでもお見通しだ。少年時代、僕の歯磨きを見てくれた母のように、これからも先生には僕の歯の状態を厳しくチェックしていただこうと思う。


    今年、僕には娘が生まれた。
    まだ離乳食が始まったばかりで、歯は生えていない。でもそろそろ歯が生えてきそうで口の中がムズムズするのだろうか、周りの物をあれこれ口に入れては噛んでいる。(歯固めという行動らしい)

    この前、娘が突然僕の指をぱくっと咥えて、はむはむと噛みはじめてしまった。
    指先で初めて触れた娘の歯茎は、思ったよりも硬くてしっかりしていた。これはきっと、もうすぐ立派な歯が生えてくるに違いない。

    綺麗な歯茎を見せながら、娘がニコッと笑った。
    娘に歯が生えてきたら、何を食べさせようかな。

    そしていつか娘が自分で歯磨きをするようになったら、かつて僕の母がそうしてくれたように、出来るだけ「しあげは、おとうさん」をしてあげようと思う。

    きっとそのうち、娘は父の膝の上で歯磨きされるのを嫌がるようになるだろう。それはそれで、楽しみだ。

    この記事が受賞したコンテスト

     
     
    東京板橋区出身のアラサー社会人。 ロック・映画・プロ野球が暮らしの三本柱です。思い出を文章にして埋葬してあげようと思います。 【受賞歴】 #いい歯のために(日本歯科医師会投稿コンテスト)プロジェクト賞 #映画にまつわる思い出(WOWOW公式お題企画)受賞 ほか

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