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Photo bymuoland

「はじめまして!」のあなたへ伝えたい、「うつぬけマンのアレコレ」


    どーも、うつぬけマンです。

    うつ経験を歌で伝える講演をしたり、ときにはカウンセラーとして、うつで悩む人のこころに、そっと寄り添ったりしてます。


    「うつぬけマンは、いったい、何者なの?」

    「なぜ、うつになったの?」

    「どうやって、うつヌケできたの?」

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    なんて声が、最近よく、寄せられるようになりました。

    よーく考えてみれば、ボクのことを、ゆっくり、お話ししたこと、ありませんでしたよね。

    ということで今回は、「はじめまして!」のあなたへ伝えたい、「うつぬけマンのアレコレ」を、暴露させていただきます(笑)。

    この記事を読むだけで、「うつぬけマンが、何者か」が、ひとめでわかります。

    また、「うつヌケのコツ」を、手に入れられます。

    魂をこめて書いたので、4,500文字超の長文となりました。

    どうぞ、目次を活用して、興味がないテーマは、お気軽に、スルーしてくださいね〜。


    ▪️いったい、何者なの?

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    稲田貴久です。

    1971年生まれ、今年で53歳になります。

    愛知県で、愛犬チワワたちと、静かに暮らしてます。

    好きな食べ物は、餃子とパフェです。

    最近は、メンタルを整える「筋トレ」に、ハマってます。

    将来は、ストレスをかかえ、疲れた人たちが、土いじりをして癒される「居場所畑」を、つくりたいと、こっそり計画中です。


    ▪️いったい、何してるの?

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    講演したり、カウンセリングしたり、してます。

    学校や病院、行政や福祉団体などで「こころの健康づくり講演」をしたり、企業で「メンタルヘルスセミナー」したり、してます。

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    ※愛知県田原市立亀山小学校にて

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    ※トヨタ自動車本社にて(2018.12)


    また、東日本大震災被災地(岩手県陸前高田市、大船渡市)で「被災者のこころの支援」をしてます。

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    ※東海新報社(2014.4)


    ほかにも、大学の学祭に出演したり…

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    最近は、ひきこもりを経験した若者たちへ、楽曲を提供して、一緒にライブしたりしてます。

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    ※一般社団法人「SHINY」


    「経験者の言葉に背中を押された」「生きるヒントをもらった」という感動の声が多く寄せられ、反響を呼び、私のうつぬけエピソードが、ドラマ『うつヌケ』(第1話)モデルにも、なりました。

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    ※ドラマのもとになった30万部超のベストセラー漫画『うつヌケ』の著者、田中圭一先生と。


    ▪️うつになった「きっかけ」は、何だったの?

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    きっかけは、「仕事のストレスと、人間関係」です。

    うつになる前、私は旅行会社で働いてました。

    添乗員として、世界中を旅しながら、営業もこなすというハードワークでした。

    月の半分は出張で、休みも少なく、ストレスをかかえながらも、「次期社長」として、バリバリ仕事をこなしてました。

    ところが、9.11(世界同時多発テロ)や、格安旅行会社の進出により、仕事が激減し、お客様が離れていったのです。

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    また当時、結婚していた妻と、すれ違いが多くなり、次第に2人の距離は遠ざかっていきました。

    喪失感に、さいなまれるなか、「自分は何のために、頑張ってきたのだろう?」「生きる意味は何だろう?」と、考えるようになりました。

    ご飯が、「砂」のように感じ、食欲がでない。

    時計の秒針の音が、「工事現場の騒音」のように感じて、布団に入っても寝られない。

    人と会うのが、「ノルマをかかえた営業」のように感じ、億劫になる。

    次第に、「自分の殻」に、閉じこもるようになりました。

    気づけば、いつも「死ぬ」ことばかり考え、自傷行為をくりかえすようにも、なり…

    「このままだと、ヤバい…」

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    そう気づいているのに、誰にも相談できない。

    「大丈夫?どうしたの?」と、声をかけられるのを、ひたすら待ちつづける日々。

    そんた自分の状態を、必死に隠そうとするため、家族からは「なんで、そんなに怠けてるんだ!」「もっと頑張りなさい!」と責めたてられました。

    こころが音を立てて、崩れていくのを、感じるようになった。

    もう誰も、信じられないし、頼りたくない。

    もう、生きている意味は、ない。

    ためこんでいた睡眠薬を一気にのみほし、目が覚めたとき、私は病室で、点滴につながれていたのです。


    ▪️うつになった「原因」は、何だったの?

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    原因は、「幼少期に、すりこまれた考え方」です。

    父と母と、11歳はなれた姉と、4人家族。

    待望の長男として生まれた私は、親から大きな期待を、かけられました。

    中学を卒業して、若くして田舎を離れた父は、職を転々としました。

    私が生まれた当時は、タクシーの運転手をしていた。

    「この子だけには、自分のような苦労をかけさせたくない」

    そう感じた父は私を「一流に育てよう」としたのです。

    「歯医者に、なりなさい」

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    物心ついたころ、父から、そういわれました。

    「◯◯大学をでて、歯医者さんになります」

    そんなセリフを覚えさせられ、何度も練習させられた。

    父は私を職場や親戚の集まりに連れだしては、セリフを連呼させたのです。

    「たかちゃんは、すごいね」

    そういわれると、父は、いつも誇らしげに目を細めてました。

    小学5年生になると、突然、父が、こういいました。

    「歯医者はやめて、パイロットになりなさい」

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    「◯◯航空大学をでて、パイロットになります」というセリフを覚えさせられたのです。

    「大きくなったら、警察官になる」「野球選手になる」「看護師になる」「漫画家になる」という、自由な夢を語る、友達がうらやましかった。

    夢をもてず、「父の期待に必死に応えようとする自分」が、とにかく、しんどかったです。


    いっぽう母は、私を「強い男に育てよう」としました。

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    友達にいじめられて、泣きながら学校から帰ると、「あんたが弱いから、ダメ」といわれた。

    「もっと頑張らなきゃ」「もっと強くならなきゃ」「もっと、もっと…」

    ただでさえ、父からのプレッシャーで、おしつぶされそうだった私は、さらにおいうちをかけられ、めちゃくちゃしんどかった。

    「素の自分」を押し殺し、いつも「良い子」を演じるように、なりました。

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    つまり、自分より、他人を最優先に、生きるようになったのです。

    「頑張ること」が、唯一、「親から認められること」だと信じ、がむしゃらに頑張りつづけた。

    疲れても「疲れた」といえず、休むことを許されなかった。

    そんなしんどい考え方をかかえながら、大人になった私は、親の夢にやぶれ、途方にくれ、ひきこもるように、なりました。

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    「パイロットには、なれなかったけど、旅行会社で働けば、飛行機にのれるから、父にも納得してもらえるだろう」

    そう考えた私は、知人の紹介で、旅行会社に就職したのです。

    このような、「幼少期にすりこまれた考え方」がボクを生きづらくさせ、「仕事のストレスと人間関係」が起爆剤となり、うつへと導いていったのです。

    ここで1つ、言いたいことがあります。

    私は、親を一度たりとも、憎んだことがありません。

    むしろ、必死になって、親を守ろうとしました。

    だからこそ、わをかけて、しんどかったことは、いうまでも、ありません。


    ▪️どうやって、「うつヌケ」できたの?

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    結論は、「生きづらかった考え方を、180度変えた」です。

    28歳でうつを発症した私は、仕事、お金、パートナーなど、多くのものを失いました。

    しかし、逆に、「それがよかった」と、感じています。

    私にとって、「重い荷物」を、いったん降ろすことができたから、です。

    つまり、うつを「生きなおしの、きっかけ」にしたのです。

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    入退院を繰り返し、時には「精神障がい者」と偏見をうけ、それはもう、本当に本当に、苦しい闘病生活でした。

    「10年ひとむかし」といいますが、私にとっての闘病10年は、生まれてから、うつになるまでの28年を「リスタート」させるのに、必要な時間だったと感じてます。

    ここで、あえて「リスタート」という言葉を使ったのには、大きな意味があります。

    それは、つらかった経験を「ゼロ」にするのではなく、その経験を糧にして、「新たな自分に生まれ変われる」から、です。

    つまり、うつになったのは、「全て意味があった」と、いうこと。

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    うつになっていなかったら、間違いなく、「生きていない」と思います。

    つまり、うつは「これ以上、頑張るとヤバいよ!」という体からの警告だったのです。

    この警告を、どうやって聞き、どうやって自分に落としこめられるかが、大きな分かれ道になります。

    「人生の悲劇」と、とらえるか。

    はたまた…、

    「人生の起点」と、とらえるか。

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    それは、あなた次第です。

    いずれにせよ、「うつになる前のあなたが、あなたを、うつにさせた」という事実には、間違いありません。

    「原因」があり、「きっかけ」があり、あなたは、「うつ」になった、のです。

    だから、うつになる前の考え方や、生き方の「舵をきる」ことが、どうしても必要になります。

    うつになると、多くの人は「うつになる前の自分」へ戻りたくなります。

    しかし、「あの頃のあなた」に戻ろうとするのは、「うつのトンネルの入口へ逆戻り」する行為。

    やはり、「うつのトンネルの出口を目指す」必要が、あるのです。

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    うつのトンネルの出口の先に、どんな自分が待っているかは、誰にもわかりません。

    しかし、その未来は必ず、「いまよりも、生きやすい未来」のはず。

    なぜなら、いまの、あなたはは、「どん底」だから、です。

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    どん底からは、はいあがるしか、ありません。

    だから、どうか、あきらめないでほしいのです。

    いま、あなたを襲う、苦しみや悲しみは、全て「うつの症状」です。

    だから、「あなたのせい」じゃ、ありません。

    うつの症状を和らげるには、薬があります。

    でも、もっと症状を和らげられるのは、「誰かに、話を聴いてもらう」ことが効果的です。

    近くに話を聴いてもらえる人がいないときは、こんな窓口がありますので、よかったら活用してみてくださいね。

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    また、あなたが感じる、ダルさや、しんどさといった身体の症状は、「いままで、あなたが頑張ってきた証し」です。

    必死になって、頑張りつづけてきたからこそ、身もこころも、疲れ果ててしまい、ダルさや、しんどさを感じているのです。

    まずは、ゆっくり自分を休めてあげて、くださいね。

    この場合の「休める」とは、「自分が、心地よいと、感じることを、する」です。

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    たとえば、きれいな景色を眺めたり、好きな音楽を聞いたり、美味しいものを食べたりするように、「心地よい」を五感で満喫すること。

    「あっ、ちょっぴりラクになれたな」と感じるようになれたら、少しずつ、体を動かせるようにしましょう。

    近所を散歩したり、ジョギングすることで、体力をとりもどせられます。

    最後に。

    ▪️「はじめまして!」のあなたへ

    うつで、しんどいあなたが、心穏やかに、過ごせられる日が訪れるのを、切に願っております。

    それでも、うつを治せず、しんどい人は、よかったら、私が書いたこちらの記事を、参考にしてみてくださいね。

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    【プロフィール】うつヌケ講演家・カウンセラー。1971年生まれ、愛知県出身。度重なるストレスから28歳でうつを発症。2度の自殺未遂、3度の閉鎖病棟入院、10年に及ぶ壮絶な闘病生活を送る。考え方と生き方を180度かえて、うつを克服。2010年より学校、病院、行政、被災地などで経験を歌で伝える講演活動をはじめ10年で1万人超のこころに寄り添う。「経験者の言葉に背中を押された」「生きるヒントをもらった」という感動の声が後を絶たない。ドラマ『うつヌケ』モデルのほかテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、Yahoo!ニュースなどメディアに多数出演。現在はメンタルソングライターとして、精神障がい者支援団体への楽曲提供やイベントプロデュースをしながら、自らも再発予防を実践している。





     
     
    うつぬけ講演家|28歳で重度のうつ病を発症|3度の入退院を繰り返し10年に及ぶ壮絶な闘病生活を送る|考え方と生き方を180度変えて克服|経験を歌で伝える講演活動を続け1万人超の心に寄り添う|ドラマ『うつヌケ』第1話モデル。※このブログは“うつぬけ”を保証するものではありません。

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